第16話:カイル皇太子の想い
私とカイ様が突然会場を出ていったものだから、そこにいた皆が「あれ?」となっていた。
でも、カイ様はもちろんお構いなしで、察したアンディとケイティが皆に上手いこと伝えてくれたようだ。それは後で分かることなのだが……。
「エリアナ、二人で話しがしたいんだけど、ここで良いかな?」
そう言って通されたのは、カイ様が宿泊している部屋だった。隙間時間に執務をこなしているのか、机の上には書類が積み重なっている。
私は頷いて、案内されたソファに座った。カイ様は水魔法と魔道具を使い、自らお茶を淹れてくれた。
「まぁ! すみません、私が淹れるべきでした」
「いや、自分でもある程度出来るから気にしなくて良い」
「カイ様は何でも卒なくこなされますね……ありがとうございます」
皇太子だから「全て侍女や侍従がやるのが当たり前」となってもおかしく無いのに、カイ様は自分で出来ることは自分でやるスタンスなのだ。それは凄いことだな、と改めて感じた。
お茶を淹れたカイ様が、私の隣に腰を降ろす。
「まず、先ほどは急に会話に割って入ってしまって、すまなかった。でも、どうしても我慢できなかったんだ」
「我慢できなかったと言うのは……?」
「好きな女性が、他の男に口説かれているということが、かな?」
こちらにニコッと笑みを向けながら、ストレートに言われる。カイ様に想われていること、そしてかなりのヤキモチ焼きであることが分かり、急に顔に熱が帯びた。
「クリス王太子に先に伝える形になってしまって申し訳ないけれど……私はエリアナのことが好きなんだ」
「カイ様……」
「エリアナにとって、この気持ちは迷惑かな?」
「……いえ、好いて下さって嬉しいです。むしろ、私もカイ様と一緒に過ごすうちに、徐々にお慕いしておりました」
真剣な表情だったカイ様の顔が、みるみる赤く染まっていく。どういうことだろう? と思っていると、思わぬ反応が返ってきた。
「すまない、自分の想いは伝えようと思っていたんだが、まさかエリアナから同じように気持ちを返してもらえると思わなくて、嬉しくなってしまった……」
「フフ、カイ様ったら、顔が真っ赤ですよ?」
「以前はエリアナが顔を真っ赤にしていたのに、今回は逆だな。でも、嬉しい。本当にありがとう」
そう言って、カイ様はふわっと私を抱きしめた。伝わる体温が心地良く、嬉しい気持ちを噛み締めがら、そっとカイ様の背中に手を添えた。二人で寄り添っていると、突然カイ様が体を放して話しを続けた。
「いつから私はエリアナのことを好きだったと思う?」
「グラニットで再会してからでしょうか?」
「いや、もっとずっと前からだよ」
「えぇ! では、魔法学園にいた頃からですか?」
それに対して頷くと、カイ様は学園時代に一目惚れしたことや授業で手合わせした時に感じたこと、休み時間に私が本を読んでいる姿を度々見かけたことなど、これまで知らなかったことを沢山話してくれた。
中でも、私が異国の料理本をニヤニヤしながら読んでいたことは、あまりの恥ずかしさに体がのぼせてしまいそうな気分になった。
「もうっ、本を読みながらニヤニヤしていたなんて……好きになる要素ありましたか?」
「いつも凛としている君の気の抜けた表情が可愛らしくて、余計好きになったよ」
「カイ様……ちょっと変わっているんじゃありませんか? それにグラニットで再会してからは余計、学園の頃と違う私をお見せしていたと思うのですが」
「あぁ、それもまた良かった。違う一面を見れてもっと魅力的に思ったよ」
「カイ様は、お転婆な令嬢がお好きなのでしょうか……?」
学園を卒業して前世の記憶を思い出した私は、本当に自由奔放に行動していたと思う。女性としてどこが良いのか、ますます不思議に思ってしまった。
でも、私が思う私と、カイ様から見た私は少し違っていたようだ。
「エリアナは自由奔放に行動しているように見えて、実は、いつも誰かの為を思って動いていると私は思ったよ」
「え、それはどういう……?」
「夢で魔獣が現れる場所を見たとしても、大抵の人は知らないふりをすると思う。女性で、貴族なら尚更。
でも、エリアナは私が止めれば一人でも魔獣の場所に向かっていたと言ったよね? それはこの国や国民が危険な目に遭わないよう、出来ることをしたいと思ったからじゃないかな?」
「それは、確かに……そうかもしれません」
カイ様が言うような「国」とか「国民」とか大それたことは思っていなかったけれど。今まで出会った住民や大事な人に何かあってからでは嫌だ、と思っていたのは事実だった。
「それに、エリアナが作る料理に皆が笑顔になっていたね。自分では好きなことをやっているだけ、と思っていたかもしれないが、それを独占せず惜しみなく分け与えた。
対価としてお金はもちろんもらっていたが、時にはレシピも無償で提供していたし……それがどれほど凄いことだと思う? 見返りを求めていないエリアナは、何とも思っていないようだけど」
「はい、目の前の人が笑顔になってくれれば、それだけで私も幸せな気持ちになっていました」
「そうだろうね、君はそういう人だ」
『ククク』と喉の奥を揺らすように笑いながら、カイ様は話しを続けた。
「最初は料理に関係なく君の人柄を好きになったが、さらには胃袋まで掴まれてしまった。これからも、エリアナの作る料理が食べたい。あ、これは料理人として君を好きになったという訳ではなくて、恋人として君と色んなことを楽しみたい、ということなんだが……」
「フフッ ありがとうございます。カイ様のためなら料理人にもなりますよ?」
「いや、だから、料理人ではなくて……そう聞こえてしまうのが嫌で」
カイ様が『恋人』と言ったあたりから、ごにょごにょと歯切れの悪い感じになってしまう。自分で言っておきながら照れてしまっているのが、可愛い人だなと思ってしまった。
ふと、先ほどのクリス様との会話で気になっていたことを思い出した。
「あ、カイ様、お父様に婚約の了承を得たと言うのは本当なのですか?」
「あぁ、婚約願いの手紙を出したのは本当だ。グラニットで再会した後に手紙を出して、その後も逐一報告の便りは送っている。
今回旅に出ることも、何かあったら私が自分の命に替えてでも守るからどうか見守って欲しいと伝えた。そうでないと、あの過保護な公爵では旅に出ることを許さなかっただろうな」
「まぁ……!そろそろお父様に連絡しなければと思っていましたが、カイ様が根回しして下さっていたなんて……本当にありがとうございます」
手紙のやり取りからも『過保護なお父様』が見て取れたのだろう。我が親ながら、少し恥ずかしくなってしまった。
でも、私だけでなく家族のことまで考えてくれたことが何よりも嬉しい。そして隣国の皇太子が求婚したというのは、さすがに我が家も断れないと思うが……あのお父様が、すんなり認めたのだろうか?
「求婚に関して、具体的にどのようなお返事があったのですか?」
「公爵からは、『無事にエリアナを帰してくれたら結婚を許す』と言われたよ。まぁ、命に替えても守ると言ったし、無事に送り届けるのは当たり前だと思うから」
「お父様ったら、皇太子様に対してそのようなことを……申し訳ございません。でも、カイ様もマリン帝国で沢山お見合い話もあるのではないでしょうか? 例えば聖女様とか……」
クリス様に婚約破棄された時のことを思い出して、少し気分が暗くなってしまう。
あの時は自由の身になれてむしろ晴々とした気分だったが、カイ様に同じことをされたら耐えられないと思った。それに、彼は乙女ゲームの第二シーズンで主要キャラなのだ。
「エリアナ、まずは私が皇太子だったことを隠していたのは申し訳なかった。カイ・クロフトは偽名で、本名はカイル・フェザーと言うんだ。でも、愛称はカイだから、これからも今まで通りカイと呼んでほしい」
「分かりました、カイ様で良いのですね。隠していた件は理由があってのことでしょうし……でも、今も知っているのは限られた人だけなのですよね?」
「あぁ、でももう隠す必要はないよ。学園にいた頃把握していたのは、学園長と国王くらいだね。学生でいられる間は国のことは気にせず、自由に過ごしたかったと言うのもあるし……
爵位が分からない者への対応を見て、相手の本質が見えると思っていたんだが」
「なるほど、そういうことだったのですね」
「それと、エリアナを婚約者として迎えることは、マリン帝国の皇帝である父にも伝えてあるんだ。先に想いを伝えず外堀を埋めるようなやり方をして申し訳ないけれど……私にはエリアナ以外を妻として迎える気は無いから、もうお見合いは用意しなくて良いと言ってある」
「まぁ……!」
他国の公爵令嬢を迎えると言うのは、喜ばれることなのだろうか? カイ様ははっきりと意思表示をしたものの、実際のところ皇帝の心中はどうなのか心配になった。
でも、そんな頭の中もカイ様にはお見通しのようだ。
「エリアナ、心配しなくて大丈夫だよ。今までどの女性にも興味を示さなかった息子が、突然婚約者を見つけたと言い出したんだ。父は早くエリアナに会いたくて仕方が無いと思う。……今回の魔獣退治が終わったら、私と一緒にマリン帝国に来てくれる? もちろん、婚約者として」
「……はい、ぜひ。これからもカイ様のお側にいたいです」
「そうか、ありがとう。……エリアナ、愛してる」
そう言って、カイ様は私の唇にそっと優しく口付けた。初めてのキスは甘やかで、でも胸の高鳴りも止まらなくて、それら全ての感情を受け止めることにした。
唇が離れたと思ったら、カイ様が真剣な表情で私を見つめる。
「絶対に、君を危ない目には合わせない」
そこには一切の迷いがなく、まるで本当に私のために命を差し出してしまうんじゃ無いかと思うくらいだ。少し、怖い気持ちになった。
「カイ様……『命に替えて』だなんて言わないでください。私はカイ様と一緒に生きていきたいのです。カイ様に盾になってもらうのではなく、私も一緒に戦います。私が言い出したことに巻き込んでおりますし」
「そうか、エリアナは守ってもらうだけの『お姫様』ではなかったな。あぁ、共に頑張ろう。この王国の全ての魔獣を牛耳るくらいだから、一筋縄ではいかないだろうけど」
こうして、想いを通わせた私達は「必ず皆無事に帰ってこよう」と約束した。
この時、私は魔獣の王の強さを、甘く見ていたのかもしれない。だから、まさかあんなに酷いことになるとは、露にも思っていなかったーー。
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