第15話:クリス王太子からの誘い
「カイ殿、全体の指揮、見事だった。まぁ、私でも出来たのだが」
突然話しかけてきたのはクリス様だった。クリス様の隣には、マリア様も一緒にいる。
若干、自分が指揮できなかったことへの当てつけというか、皮肉混じりにも聞こえたのは気のせいだろうか……。
「いえ、殿下も駆けつけて下さってありがとうございます。皆さんのお陰で無事退治できました」
カイ様はクリス様の皮肉も笑顔で躱す。感謝の言葉まで伝えられるんだから、大人な対応だなと感心してしまった。
「以前カイ殿は瘴気の調査をしていると言っていたが、次はどこに行く予定なんだ?」
「我々は魔獣の王が住む魔窟に向かおうと思っています。ね、エリアナ?」
「はい」
「……我々もその予定なのだが。それにしても、なぜ毎回行く先が一緒なのだろうか? グラニットはまだしも、ドルフ村も、この街メーアでも、ましてや魔窟に向かうタイミングまで同じだなんて。
まるでこの先何が起こるのか把握しているようだな」
クリス様の発言で『ぎくぅっ』と心中冷や汗が止まらない。
私は乙女ゲームのシナリオ通りに動いているから、『この先何が起こるのか』を把握しているのは正しいからだ。カイ様は、普通であれば信じ難いことを平然と告げた。
「我々は、エリアナが夢の中で見た魔獣の出現場所に合わせて行動しています。実際にその通りに魔獣が現れていますし、闇雲に動くよりは信憑性が高いと判断しました。以前、殿下に『エリアナ嬢が料理に目覚めたそうで、各地を旅していると言っていました』と言うのは、嘘ではありません。現に各地で彼女は料理を振る舞っておりますので」
「そうか、それにしても夢でのお告げか……」
クリス様が怪しむように私を見ている。隣にいたマリア様がピンときたような顔で、私に話しかけてきた。
「エリアナ様! 次の場所に移動する前に、二人でお茶をしませんか? 料理についても伺いたいですし、私達もこの後魔窟に向かいますので、協力し合った方が良いと思うんです!」
「え、えぇ……もちろんですわ?」
マリア様に何を聞かれるのか、不安が無いと言ったら嘘になるが。私の料理に『胃袋を掴まれた』と言っていたような人だ。きっと大丈夫だろうと思い、後日二人で会う約束を交わした。
***
後日。
ジャンさんの宿の料理人と仲良くなっていた私は、キッチンの一部を借りてレモンのパウンドケーキを作っていた。出来上がったケーキと紅茶を持って、マリア様のもとへ向かう。
「わぁ! レモンのケーキですか? 輪切りにしたレモンピールまで!」
「えぇ、是非召し上がっていただきたくて。作ってしまいました」
感激するマリア様。ここまで喜んでもらえると、作った者としてはとても嬉しい。「待ちきれない!」とばかりに早速食べ始めると、「美味しい〜!!」と絶賛してくれた。そして……
「エリアナ様って、異世界転生者ですよね? あ、私と同じで転移者ですか?」
あぁ、やっぱり今日の本題はそれか、と思った。でも、ゲームでは脇役令嬢なのだから、特に隠す必要も無いのかなと感じていた。
「マリア様には分かってしまいますよね。はい、少し前に思い出したばかりなのですが、前世は『高梨えりな』という名前の日本人でした。ですので転移ではなく、転生者ですね」
「わぁ! やっぱり!! パエリアやカプレーゼ、このレモンケーキも。この国では食べたことがないものばかりで、魔獣が出る場所も把握しているというのが繋がって、もしや……と思いました! 改めまして、私は佐々木麻里亜です!」
佐々木麻里亜さんことマリア様は、この世界にどうやって来たのか、これまでどれだけ心細かったかなど、喋り続けた。そして、大好きな乙女ゲームの話になるとさらにヒートアップしていく。私もプレイしていた、というのが余計それを助長したのかもしれない。
「私、『聖女マリアと魔法の国』が本当に大好きで。主人公の名前が自分と一緒、というのも親近感が湧いた理由かもしれません。音楽もイラストも、世界観も最高ですよね! あ、ちなみにエリアナ様は誰推しだったんですか?」
「え!? えぇっと、私は箱推しというか、特定の誰かを推してた訳じゃなく……」
ここは騎士団長のレオナルド様、と言うべきか悩んだが、もしマリア様がレオナルド様推しだとややこしくなる。敢えて黙っておいた。
「えーっ! 特定の『誰推し』を語るのが楽しいんじゃないですか! 私は神官のアンジェロ様なんですけど、私に聖女の力が無いからか全然好感度が上がらなくて……でも! 推しは見れるだけでも尊い! と思うことにしました」
「え!? クリス様では無いのですか!?」
つい大きな声を出してしまう。
あ、ここには王太子殿下一団が宿泊していて、今は皆さん執務中だった……。
「あ、そうですよね……エリアナ様から奪い取るような形になってしまったのに、アンジェロ様推しだなんて失礼ですよね……」
「いえ、それは大丈夫なのですが……クリス様と婚約するで宜しいのですか?」
「クリス様ももちろんかっこいいですし、転移した時はこの婚約に拒否権は無かったというか……私もこの世界でなんとか居場所を作るのに必死で。旅をして皆さんの好感度が上がれば、アンジェロ様エンドもあったかもしれないのですが、今はどのルートも厳しそうですね。
あぁ、せっかく転移したのに全然乙女ゲームのシナリオを堪能できないなんて! 本当酷です!!」
「それはごもっともですわね……」
「でも、眼福なイケメン達と旅が出来るし、もしかしたら途中で光魔法が発現するかもしれない、と思って開き直りました! もしそれも無理だったら、なんとかして帰れば良いですし。以前お会いした、臨時侍女のオフィーリアさんに言われたんです。帰れる方法もあるかもしれないって」
オフィーリアの名前に『ぎくぅっ』と反応してしまいそうになるが、努めて平静に「そうだったんですね」と笑顔で返した。
私、無責任なことを言ってしまったかしら……。そんなことを考えていたら、マリア様から驚くべき事実が明かされた。
「あ! エリアナ様と一緒に旅をされているカイ様って、マリン帝国の皇太子、カイル・フェザー様ですよね!? 第二シーズンのメイン攻略対象者ですよ! あんなにかっこいい人と一緒にいられて、うらやましい〜!」
「……えぇぇぇぇっ!?」
(第二シーズンなんてあるの? というかカイ様は隣国の皇太子!?)
情報量が多過ぎてプチパニックを起こしてしまう。マリア様は気にせず話を続けた。
「はい! あ、エリアナ様は第二シーズン、プレイされていないんですか?」
「えぇ、その前に死んでしまったみたいで」
「そうだったんですね……。第一シーズンが好評だったので、第二シーズンが発売されたんです! カイル・フェザー様や護衛騎士のアンディ様も攻略対象で、主人公は第一シーズンと同じように聖女様の設定なんですよぉ! それがまた魔法を使うシーンもイラストが美麗で……あぁ、またプレイしたいです……。
ってエリアナ様、大丈夫ですか?」
「あ、いえ、主人公の女性がいるのね……」
カイ様と一緒に過ごすうちに、徐々に惹かれていっていると自覚していた。
でもいざ、『他の女性とカイ様が愛し合う可能性もある』と分かると、胸がぎゅぅっと締め付けられるような気持ちになる。想像するだけで苦しい。この気持ちは……。
「エリアナ様、カイ様のことが好きなんですね?」
「え……? やっぱり、そうなのかしら……」
「悩んでいる表情が、恋する乙女です! それに、カイ様は完全にエリアナ様のことが好きですよ! もうあからさまにクリス様とバチバチしてますし、牽制しているのも目撃しました!」
「でも、他の誰かに心を奪われてしまうかもしれないのね……」
(この気持ちは諦めた方が良いのだろうか? でも……)
先ほどまで美味しく食べていたレモンケーキも、途中から食欲が無くなり残してしまった。
***
マリア様とお茶をした次の日の夜、魔獣退治の祝勝会と、次の魔獣の王との戦いに向けて決起会を兼ねてパーティーを開くことになった。
参加者は王太子殿下一団の5名と、私たち4名の計9名だ。マリア様の光魔法が発現していないとなると、ここはお互い協力して戦った方が良いという判断になったようだ。
場所はまたしてもジャンさんの宿屋で、広間を貸し切って行われた。ちなみに料理は、王族の専属料理人によって振る舞われることになっていた。一番それを楽しみにしていたことは内緒だ。
「今日のディナーは何が振る舞われるのかしら……」
「お嬢様、心の声が漏れ出ていますよ?」
「だって……ケイティだって楽しみでしょう?」
「私は侍女ですので、本来は同じ席で食べるのは阻まれるのですが……」
「あら、ケイティは侍女と言っても男爵令嬢なのだから。それに一緒に戦ってきた同士じゃない」
「そうおっしゃるのはお嬢様くらいかと……でも、今回はお嬢様の言う通り、参加させていただきますね」
「そうこなくっちゃ!」
その後、振る舞われた料理はとても豪華だった。
魚介を使ったパスタとパン、ラディッシュとレモンを使った白身魚のカルパッチョ、そしてワインと、この国の食文化が壊滅的なことを忘れそうなくらい気合いが入っていた。
不思議に思っていると、クリス様に声をかけられる。
「今日はエリアナがディナーを食べることを知って、うちの料理人達がかなり気合いを入れて作ったようだ」
「え、私ですか?」
「あぁ、君はこの国でちょっとした噂になっているからな」
「それはどういう……?」
「エリアナ・エンフィールド公爵令嬢は、美味しいご飯やパンを振る舞い国民から慕われている、と」
「まぁ! それは少し話が大きくなっておりますね。慕われるほどやっているつもりは無いのですが……」
そんな話をしながら、早々にご飯を食べ終え、各々がワインを片手に話していた。アンディと騎士団長のレオナルド様は、お互いの雷魔法や剣技について議論をしていた。そこにニール様も面白そうに話に乗っている。
マリア様は推しのアンジェロ様に話しかけており、とても幸せそうだ。
私は久しぶりにお酒を飲んだので、バルコニーに移動して夜風に当たることにした。
「エリアナ、ここにいたのか」
「クリス様。少し夜風に当たりたいなと思いまして」
「そうか、確かにここは気持ちが良いな」
そう言って、クリス様が私の隣に立つ。こうして近くで二人きりで話すのは、とても久しぶりのような気がした。
「エリアナ、君は前から料理が得意だったのか? あの公爵殿が娘に包丁を持たせると思えないのだが……」
「え、えぇ……魔法学園を卒業してから、料理を練習したのです。思いほか、夢中になってしましまして」
「そうか、私が婚約破棄してから……」
クリス様はいつになく、真剣な表情をこちらに向けた。
「エリアナ、私の側妃にならないか?」
「……へ? えぇっ!?」
(婚約破棄しておいて、次は側妃の打診!? し、信じられない……やっぱりクリス様は何も変わっていないわ……)
異世界から召喚したマリア様は聖女としての力が出せておらず、瘴気も魔獣も収まっていない。それ故、クリス様の国民からの評価はかなり落ちていると耳にしたことはあった。
名誉挽回のためなのか、よく分からないが……何と返事をしたら良いのか迷っていた時だった。
「エリアナが移動販売を始めた時、異物混入騒動を起こすよう指示したのは殿下ですよね? そのようなことをしておいて、しかも側妃の打診とは……少々虫が良すぎませんか?」
「カイ殿」
「カイ様……」
突然バルコニーに入ってきたカイ様が、静かに、でも怒気を含んだ挑発的な言い方でクリス様に話しかけた。
「それは証拠があっての発言か? 場合によっては王家に対する不敬になるが」
「もちろん証拠もあるが……クリス殿の発言もこちらに対する不敬ではないか? 私はマリン帝国の皇太子、カイル・フェザーだからな」
「なっ……マリン帝国の皇太子だと!?」
「それに、エリアナは私の婚約者だ。彼女の父上にも婚約の了承は得ている。私の婚約者にそのような物言いをしないで欲しい」
「婚約者、だと……?」
まさかの婚約者発言に呆気に取られていると、カイ様は私の手を取った。
「さぁ、私のお姫様。あまりヤキモチを妬かせないでほしい。二人で話そう」
「は、はい」
呆然とするクリス様をその場に残し、私たちはひと足先に宿泊している別の宿に戻った。戻るまでの間、カイ様にぎゅっと手を握られたままーー。
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