第14話:クリス王太子の突撃
王太子殿下一団が宿に到着した。
ジャンさんが対応に追われているが、私が料理人として表に出ることはないよう手筈を整えている。一応、この宿には料理人が二人いるので、もし呼ばれるようなことがあっても大丈夫だろう。
「お嬢様、昨日お出ししたメニューと同じものを振る舞うのですよね?」
「えぇ、ディナーにお出しするわ。何も問題ないと良いのだけれど……」
その後、用意していたカプレーゼ、アクアパッツァ、パエリアを出していく。聖女マリア様にはレモネードを、男性陣はお酒が良いとのことで白ワインを合わせて提供した。
ディナーの途中で抜けてきたジャンさんが、私たちに声をかけてくれた。
「エリアナ嬢! 皆さんすごく喜んでくれているよ! 料理人はどんな人なのか聞かれたけど、レシピを伝授してもらっただけだと伝えてあるから。ひとまず満足したようだし、明日以降は王家の専属料理人が対応してくれるそうだ。じゃあ、一旦戻るよ」
「ジャンさん、ありがとうございます! では、明日以降こちらを使えるよう、少し片付けておきますね」
「あぁ、恩に着るよ!」
ジャンさんの報告を聞いてホッとした私たちは、少し気が抜けていたかもしれない。宿の料理人の二人も含めて、他愛のない話をしながら食器や食材を片付けていた。
「お二人は体調不良などにはなっていないですか?」
「俺たちは特に問題ないですよ。でも、最近海で大きな影を見たっていう奴がいて……もしかしたら魔獣なんじゃないかって噂になってますね。なぁ、お前も聞いただろう?」
「そうだな、最近本当に物騒だよな。あ、でもこの宿に来てるのって聖女様なんだろう? 早くなんとかしてくんねーのかな」
異世界から召喚された聖女マリアが、まさか『無属性』であるとは誰も思うまい。それを知っている私たち四人は、神妙な面持ちで目を合わせた。
その時、突然キッチンの扉が開いて皆の視線が移る。そこにいたのは……
「やっぱり、エリアナだったのか!!」
「えっ!? クリス様?!」
突然の王太子殿下の登場に、料理人の二人は急いで頭を下げる。クリス様のすぐ後ろには、マリア様もいた。心なしか、私を見つめる目がキラキラと好奇心で輝いているような……。さらにその後を追うように、息を切らしてジャンさんが走ってきた。
「王太子殿下、何もキッチンに突撃されなくても……」
「お前が本当のことを言わないからだろう? 王家に対する不敬だぞ?」
「申し訳ございません!!」
平謝りするジャンさん。でも、ジャンさんは何も悪くないし、『レシピを伝授した』というのも嘘ではない。
「クリス様、ジャンさんにレシピを伝授したのは本当ですし、何も嘘はついておりませんよ?」
「しかしだなっ エリアナ、一体君は何が目的なんだ? まさか、料理に何か入れたのか?」
「まぁ! 私がクリス様を陥れようとしている、と思われたのですか? 滅相もございません! 『王太子殿下から、ここでしか食べられない魚料理を食べたいと数日前に言われた』とかで、とても困っている様子のジャンさんを助けてあげたいと思っただけでございます」
「そ、それはっ……カイ殿に挑発されて、私も美味しいものが食べたいと思ってしまったのだ」
「……カイ様が原因なのですか?」
カイ様は『はて、何のことかな?』とでも言うような顔つきで、目を逸らしている。隣にいたアンディがコホンと咳をした。
「エリアナ様、カイ様が王太子殿下に『エリアナ嬢が作るパンやご飯は本当に美味しいので、急いでまた食べに行かないと』とおっしゃったのは事実です」
「カイ様ったら、本当に私が作るご飯が好きなのですね!」
「お嬢様、感心する所がちょっとズレてます……」
そんなやり取りをしていると、マリア様がおずおずと会話に割って入ってきた。
「あの、エリアナ様……!」
「はい、マリア様。どうされましたか?」
「私、以前いた世界で食べたような美味しい料理を食べられて、本当に感動しました……!! もちろん、王家専属の料理人が作るものも美味しいのですがレパートリーが少なくて。私、この世界に来るまでは食べるのが好きでも料理は全然出来なかったので、最近ではもう諦めてました。ですが……エリアナ様に、すっかり胃袋を掴まれてしまいました!」
「まぁ、マリア様まで!」
マリア様の熱弁に驚いていると、遅れて騎士団長のレオナルド様、魔法使いのニール様、神官のアンジェロ様もやってきた。
「まさか、エリアナ・エンフィールド公爵令嬢が料理長だったとは。驚きました」
と、言うのは魔法使いのニール様。そしてレオナルド様が視界に入らないようにしたいのか、カイ様が私の前に立つ。
「皆さん、温泉宿でお会いして以来ですね。エリアナ嬢はレシピ提供や現場の指揮を取っており、とても疲れております。今日の所はこの辺で、失礼いたしますね」
そう言って、カイ様は私の手を取りキッチンを出ていく。それに続いてアンディとケイティも退出した。
***
次の日、ケイティと二人でまた市場にやってきていた。
「それにしてもお嬢様、昨日は驚きましたね。まさか王太子殿下自ら、キッチンまで来られるとは」
「えぇ、あそこまで来るとは思わなかったわね」
そんな話をしている時だった。「キャーーーッ!?」と女性の大きな悲鳴が聞こえてきた。
「な、何!?」
「お、お嬢様……本当に魔獣が出てきてしまったようです……!!」
「え、もう!? 想定より早かったわね」
そう言ってからペンダントを握り締める。カイ様に繋がったので、状況を報告した。
「カイ様! 市場近くの海辺に、魔獣が現れました! タコのような形をした、巨大な魔獣です!!」
『エリアナ! 連絡をありがとう! アンディと風魔法ですぐに行く!!』
「宜しくお願いします!……ケイティ、カイ様もアンディもすぐ来てくれるそうよ!」
「安心しました……お嬢様どうされますか?」
ケイティがそう話す横では、多くの逃げ惑う住民が走っていく。私は住民達が向かう方向と、逆の方向に足を踏み出した。
「今回は水属性の魔獣で私は相性が悪いけれど……アンディのために手伝えることを探しましょう!」
「……そうおっしゃると思いました!」
そうして私たちは、魔獣がいる方向に向かって走り出した。
***
「カイ様! アンディ! こちらです!」
魔獣から一定の距離を取りながら、動きを観察していた私たちは、カイ様・アンディと無事合流することができた。
「アンディ、何か作戦は立てられた?」
「それが、あまり有効な戦い方が見つかっておらずでして……マリン帝国で海に魔獣が出た場合は、とにかく数で圧倒しておりました。
今回はマリン帝国を挟んだ海に出現することもあり、援軍を要請していたのですが……想定よりかなり早く現れてしまったようです」
「アンディ、私は剣で応戦しよう。ケイティの土魔法で足止めするにも、砂浜では粒子が細かくて扱うのが難しそうだな」
「そうなんです……お役に立てず申し訳ございません……」
「エリアナも、今回は水魔法と火魔法では分が悪い。二人は、住民に被害が及ばないよう注視してもらいたい」
「「かしこまりました!」」
私とケイティは、戦う二人の邪魔にならないよう一定の距離を保つようにした。アンディはやはりカイ様の護衛騎士だからか、そこらへんの雷魔法の使い手より圧倒的に強い。
何度も魔獣に狙いを定めて、高速で雷を落としていく。魔獣は攻撃を受けて呻き声をあげているが、致命傷ではないのか、反撃の手を緩めなかった。
「ケイティ、何だか、どんどん出会う魔獣が強くなっていない? それに、大きさも」
「えぇ、明らかにレベルが上がっていますね。雷魔法の使い手が束になってかからないと、とても厳しそうです」
「あら、あれは……クリス様かしら?」
「えっ?」
こちらに向かってくる人影に見覚えがあった。王太子殿下を含めた5人だ。
「魔法使いのニール様は全ての基本属性の魔法が使えるけれど、戦闘に特化していないのよね。残るは……あ!レオナルド様がいるじゃない!」
「お嬢様、お二人で戦えばいけるかもしれないですね! それに、あのレオナルド様ですし! 10人馬力くらいは出せるのではないでしょうかっ」
興奮した様子のケイティを見ると、その視線の先でクリス様とばっちり目が合ってしまった。
「エリアナっ!? 君はこんな所で何をしているんだ! いや、ここは私がどうにかするから、早く逃げるんだ」
「え? クリス様の火魔法ではかなり分が悪いのでは……」
その言葉も聞こえていなかったのかもしれない。なぜかクリス様は魔獣に突進していき、強力な火魔法を放った。
轟々と音を立て、タコのような魔獣が少し焼けたようになっている。でも、すぐに海に潜り、再浮上してきた。そして墨のようなものをひたすら吐いている。
「なるほど……クリス様はたこ焼きにでもしようとしたのかしら? それにしても、なんでこんな無茶な戦い方を!?」
「お嬢様、『たこ焼き』が何かわからないのですが……! 殿下は、エリアナ様に良い所を見せたかったのだと思います!」
「え!私に? でも、そんなことをして、何の意味があるの?」
「それは、まだエリアナ様のことをお慕いしているからですよ!!」
「……えぇぇぇえ!?」
作戦も無いまま突っ込んでいったクリス様を前にして、『この国の未来は大丈夫なのだろうか……』と一抹の不安を覚えた。
そんな中、アンディと騎士団長のレオナルド様が息を合わせて、雷魔法で攻撃を重ねていく。隣にいたケイティは、アンディの姿を惚れ惚れとした様子で見届けていた。
(フフッ ケイティったら。やっぱりアンディのことが好きなのね? あら……あの人だかりは)
街の住民はほとんど逃げたはずだが、なぜかジャンさんを筆頭に人が押しかけていた。
「ジャンさん! どうされたんですか!? ここは危ないですよ!!」
「あ! エリアナ嬢!! 雷魔法の使い手を連れてきたんだ! みんなエリアナ嬢のご飯を食べた奴らだ! 加勢するから任せろー!」
「皆さん……! 本当にありがとうございます!」
顔ぶれをよく見ると、一昨日ご飯を食べに来てくれた人々だった。なるほど、この街の人は雷魔法の使い手が多いのか。
私はペンダントをぎゅっと握り、少し離れたカイ様に話しかける。
「カイ様! 街の皆さんが魔法で加勢して下さるそうです! 皆さんに指示を出してくださいますか?」
『あぁ、分かった! エリアナ、連携ありがとう!!』
その後は、カイ様の指示もあり、皆で一斉に雷魔法を魔獣に打ちつけた。
カイ様が剣で触手を斬っていたこともあり、動きが鈍くなっていた。魔獣はプシューッと音を立てながら、体がどんどん小さくなっていく。
そうして砂浜に流れついた魔石を、カイ様が拾った。
「皆のお陰で無事退治することができた! 特にレオナルド殿とアンディは素晴らしかった! ありがとう!」
それを見た住民たちから、ワーッと歓声が上がる。
「やったぞー! 魔獣を倒したぞ!」「カイ様、素晴らしい指揮でした!! まるで英雄です!」と、カイ様を褒め称える住民もおり、その様子を見ていたクリス様は歯軋りをしているような様子だった。
(そんなことで悔しがっている場合では無いのに。この次は魔獣の王と戦わなければならないのだから……)
そんなことを考えながらクリス様の様子を見ていると、カイ様がこちらに近づいてきた。
「エリアナ、サポートしてくれてありがとう。助かった」
「とんでも無いです、私は皆さんの勇姿を見ていただけで何も」
「皆さん、か。レオナルド殿に見惚れてるんじゃないかと、ヒヤヒヤしていたよ」
「カイ様ったら。戦いながらそんなことを考えていたんですか?」
「私はいつもエリアナのことを想っているからな」
カイ様の真剣な眼差しと優しい笑みに、また心が揺さぶられてしまう。どう返したら良いのか考えていると、カイ様から切り出した。
「エリアナに話したいことがあるんだ。次の場所に移動する前に、二人きりの時間を作れる?」
「えぇ、もちろんです」
(話したいことって、何だろう……?)
私は私で、カイ様に対するこの気持ちが何なのかもう分かっていた。ただ、それを受け入れて、言葉にする勇気が無かっただけだ。
「私もカイ様にお話ししたいことがあります」
「エリアナも? そうか、楽しみにしてるね」
そんな見つめ合う私たちを、遠くからクリス様が見ていることには気付いていなかったーー。
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