第12話:思っていたより、大きいのですが!?
次の日、目覚めて外の様子を見ていると、外でカイ様とアンディが剣の訓練をしていた。
「お嬢様、あのお二人は朝から訓練をしているようなのですが……一体何があったのでしょうかね?」
「さ、さぁ? 練習熱心なのは素晴らしいことね!」
(まさか、私が『鍛え抜かれた筋肉が好き』と言ったからではないわよね? まさか、ね……?)
そんなことを考えながら外の二人を見ていると、視線に気付いたカイ様が見上げて手を振った。
「エリアナ、ケイティ! おはよう! よく眠れたか?」
「はい! よく眠れました!お二人は朝から稽古ですか?」
「あぁ、接近戦に備えて鍛えてるんだ!」
「素晴らしいです! この後皆さんで朝ごはん食べましょう!」
「すぐ戻る!」
そんなやり取りをして、4人で朝ご飯を食べた。魔法使いのニール様含め王太子一団もいることだし、我々はもう次の街に向かっても良いのでは、と話していた。すると……
『ドォーーンッ ドォーーンッ』
「な、なんですかあの音は!?」
「もしかしたら、大物が来たかもしれないな」
「大物とは……」
「元々、我々が探していた方の魔獣だ。よし、まだ村の方まで降りていないようだし、急いで行こう!」
「「「はいっ!」」」
いっそ王太子一団に丸投げしたいが、魔獣が村に降りてからでは被害が拡大するかもしれないし、その前にこの温泉宿が丸ごと潰されてしまうかもしれない。
(こんなに素晴らしい温泉宿だもの……! この場所や人達を守りたい!)
私たち4人は、急いで音のする方向へ向かった。そこに現れたのは、昨夜退治した魔獣より一回り大きい土の塊をした魔獣だった。感じ取れる魔力も、昨日より格段に強い。
「カイ様の風魔法なら大丈夫だと思いますが、わたし一人の火魔法だとかなり厳しいと思います……! ど、どうしましょう……」
「エリアナ、落ち着いて! ひとまず、いくつか魔石は持ってきてる?」
「はい、こちらにいくつか。火魔法はクリス様の方が圧倒的に得意なので、足止めくらいしか出来ないかも……」
魔獣のあまりの大きさに、珍しく足がすくんでしまう。そんな風に自信を無くしている時だった。
「「「エリアナ様ーーー!!」」」
「えっ!? 宿のご主人に、他の皆さんまで!! どうされたんですか??」
「俺の宿、火魔法や水魔法を使える人間が多いんだ! あと、土魔法使いもいる! 何か手伝えるんじゃないかと思って、駆けつけたんだ!」
「そんな、皆さんも一緒に戦ってくれるんですか……?」
「あったりめーよ! 散々ご馳走してもらってレシピまでくれて、挙句逃げるなんてそんなことはしたくねーんだ! それに、エリアナ様が作るご飯を食べたら、不思議と魔力が増えた気がして。なっ?みんな!」
「そうなんですよ、エリアナ様! なぜか、魔力量が増えたみたいで! なので、何でも指示してください!」
「そんなことが……いえ、今はとにかく皆さんで協力しないとですね! 是非皆さんの力を貸して下さい!!」
昨日魔獣退治した時よりも、人手が倍以上に増えている。これほど心強いことは無かった。
昨日と同じ戦い方でカイ様が指示を出し、皆で魔獣に対して水魔法を発射する。全身がドロドロに溶けたところで、火魔法に切り替えた。隣で宿屋の主人が、もの凄い威力の火魔法を放出している。
「ご主人、火魔法が得意なのですね! 砂状にするどころか、焼き尽くしてしまいそうな勢いです!!」
「いやぁ、こんなに魔力が出ることはないんだが。なんだか力がみなぎるぜ!」
「このまま一気に畳み掛けましょう!!」
自分の出す火魔法から、キラキラと光が舞っているように見えたが、それが何故なのか分からない。昨夜のように砂状になるどころか、魔獣のサイズが少しずつ小さくなっているように感じた。
(これは一体どう言うこと……? でも、今は考えている時間がない!)
「カイ様!! 風魔法をお願いします!!」
「あぁ! 任せてくれ!!」
ビュオォォォォォッ
カイ様の魔法で、一気に風が舞っていく。魔獣のサイズが少し小さくなったからか、カイ様はいとも簡単に魔獣を退治してしまった。魔獣についていた魔石を拾い上げると、辺りの瘴気がだんだん和らいで、爽やかな山の空気に変わっていった。
「カイ様、皆さん、やりましたね!!」
「みんな、ありがとう。お疲れ様」
その場で、ワァッと歓声が上がる。
「いやぁ、まさか本当に倒せるとはな! 皆よくやったな」
「殿下達が出て来ずとも、退治できましたねぇ!」
そんな話を聞いて思い出す。クリス様達に、これまでの経緯を誰がどう説明すべきなのだろうか……。
「アンディ、クリス王太子への説明はお前に任せて良いか? エリアナとケイティ、そして私も次に魔獣が出る街に向かおう」
「カイ様こそ、風魔法でひとっ飛び出来るのですから、ご自身で説明されても良さそうですが」
「そうなのだが……でも、エリアナは王太子と会いたくないだろう?」
「えぇ……異物混入事件の件もあるので、なるべく会うのは避けたいのですが……でも大丈夫ですよ? 私とケイティは先に移動しますので、カイ様はすぐ飛んできてくださいね?」
「あぁ、分かった。そうしよう。あ、そうだエリアナ」
そう言って、カイ様が私の側に来て、耳元で囁いた。
「今回の退治で結構魔力を使ったから……エリアナの作るパンが食べたい。後で、私のために作ってくれる?」
「えぇ、もちろんですよ? でもなぜ皆から聞こえないようにしているのですか?」
「私がエリアナに甘えてばかりだと、後ろの二人が怒るからな」
カイ様が言う『後ろの二人』というのは、アンディとケイティのことだろう。二人とも「カイ様がまた甘えている……!」と険しい顔をして立っていた。
「お嬢様、カイ様の『おねだり』ですが、負担であれば断っても良いのですよ? 先ほどもお嬢様が大活躍だったのですから!」
「エリアナ様、私にできることであれば何なりとおっしゃってください」
「フフッ 二人とも、ありがとう! でもカイ様は特に頑張ったから、後で労ってあげないとね!」
満足げな顔をするカイ様と、心配するアンディを残して、私たちは馬車に乗って先に移動することにした。
そして、お世話になった温泉宿の主人や従業員の皆さんにも、別れを告げたーー。
***
「なんだって?! もう魔獣を倒しただと? どうやって倒したんだ!?!」
「クリス殿下、落ち着いてください」
「落ち着いてなどいられるか! ニールやマリアの力がなくとも、巨大な魔獣を退治できたなど信じられないじゃないか……」
遅れて温泉宿近辺にやってきたクリス王太子一団は、既に魔獣の退治が終わった旨をカイ、アンディから説明を受けていた。
「こちらが魔獣を退治した証拠です。もう一つは既にお見せしましたが、昨日倒した魔獣の魔石です」
「この魔石は……明らかに大きいし、流れる魔力も力強いな。確かに、カイ殿が言った通り退治したのだな。しかし一体どうやって……」
「いや〜〜エリアナ様の作るご飯は本当に美味しかったなぁ!!」
「は?」という顔で、向こうを歩いていた温泉宿の主人をクリス王太子が見る。
「おい、エリアナと言うのは、あのエリアナ・エンフィールド公爵令嬢のことか!? エリアナがここにいたと言うのか!?」
ビクッと肩を震わせる主人と従業員達。カイは(あぁ、バレてしまったか。まぁ仕方がないか……)と思った。
「そこの主人、エリアナがいたと言うのはどういうことだ? 説明するんだ」
「あ、はい、えーと……エリアナ様は料理が得意とのことで、我々に料理を振る舞ってくれまして。なんならレシピまで提供して下さいました。その後、魔獣退治にも参加されていたので、我々はエリアナ様の援護をしました」
「なに!? エリアナが魔獣退治に参加していただと? それで、彼女は今どこにいるんだ!?」
「もう既に次の場所へ旅立たれましたが……」
「パンを売っていたと思ったら、次はこんな所まで来てレシピを配ったり魔獣を退治したり……彼女は一体何がしたいんだ……?」
この時、カイはクリス王太子の発言を聞き逃さなかった。そして鎌をかける。
「パンを売っていたと思ったら、ですか。殿下は、エリアナ嬢がパンを売っていたことをご存知なのですか?」
「な、あ、いや……風の噂で聞いたものだからな。私も婚約破棄した立場だ。復讐でもされたら困るだろう。動向は多少気にかけているんだ」
「ほう? 復讐ですか」
「そ、それよりっ! エリアナが魔獣退治に参戦していたなら、カイ殿やアンディ殿も一緒にいたということだろう? なぜ君たちは一緒にいたんだ?」
クリス王太子はやはりエリアナのことが好きで、ずっと気になっているんだな、とカイは改めて思った。
なら何故、婚約破棄などしたのかと思うのだが、この王太子のことだ。彼女の気を引きたかったんじゃないか、とも思い始めた。
「彼女と会ったのはたまたまですよ。なんでも料理に目覚めたそうで、各地を旅していると言っていました。我々がここにいるのは、マリン帝国の貴族の間でもこの国の瘴気や魔獣のことが噂になっていて、不安に感じている者が多いからです。国際問題に発展する前に、自分の目で現状を確かめに来ました」
「なっ……マリン帝国でもそこまで噂になっているのか……」
クリス王太子が青ざめた顔をしている。隣にいた聖女マリアも自分が何もできないからか、落ち込むような、沈んだ表情をしていた。
「では、我々は他の地域も回りますのでお先に。あぁ、エリアナ嬢が作るパンやご飯は本当に美味しいので、急いでまた食べに行かないと。それでは!」
カイとアンディは急いで温泉宿を出て、風魔法を使って一気にその場から離れる。
本来、風魔法では一人しか移動できないのだが、カイは規格外なのでアンディも一緒に移動させることができた。カイとアンディの足元から、クリス王太子の叫ぶ声が聞こえる。
「おい! 二人はエリアナの手料理を食べたのか!?」
それを聞いたカイは「プハッ」と吹き出してしまった。
「ハハッ あの王太子は、エリアナの手料理が食べられなくて悔しがってるのか! この瘴気や魔獣を解消できないことを、悔しがるべきなんだが」
「……カイ様も悪い人ですね。わざと挑発するような言い方をしましたよね?」
「いや? エリアナのご飯を食べたいのは本当だが?」
「フッ あなたも素直じゃないですね」
そんなことを話しながら、カイとアンディは馬車で移動するエリアナ、ケイティの元へ急いで移動した。
***
「カイ様、早かったですね! クリス様とお話しできたのですか?」
「あぁ、もちろんだよ。たまたま温泉宿の主人がエリアナのことを話していて、君がいたことがバレてしまったんだが……」
「まぁ! 何か言われましたか?」
カイ様、アンディと合流した私たちは、途中からカイ様・私の馬車と、アンディ・ケイティの馬車に分かれた。今、私はカイ様と向かい合って座っている。
「君が魔獣退治に参加したことにとても驚いていたよ。あと、君の動向を追っているようだった。君の作ったパンやご飯を食べたことがないことを悔しがっていたな」
カイ様はクリス王太子と話していたことを思い出し、「クク」と笑っていた。
「もう、クリス様は何がしたいのか、本当によく分からないですね!」
「ハハ、エリアナは分からなくて良いよ。そうだ、次に行く街は海辺にある『メーア』と言う場所だったね」
「えぇ、メーアは王都からも距離があるので、私は行ったことが無いんです。カイ様の故郷、マリン帝国も首都が海の近くでしたよね? どのような場所なのですか?
以前、何の食材が有名なのかは聞いたことがあるが、それ以外は地理の授業で学んだことしか知らなかった。
「キアラ王国は北にあるけど、マリン帝国は南にあるから年中暖かいし、国民も陽気な人が多いね。もちろん魚もとても美味しいよ」
「まぁ、レモンやオリーブ、香辛料だけでなく魚も! ますます行ってみたいです」
「……いつか、私の故郷に一緒に来てくれるか?」
カイ様が私の空いた手を取り、微笑みながら真剣な眼差しを向ける。
『ただ一緒に食材を探しに行く』以外の意味が含まれているように感じた。この誘いも、『元同級生』以上の距離感になっていることも、どれも嬉しかった私の答えは一つだった。
「はい、もちろんです。カイ様が案内してくださいますか?」
「あぁ、エリアナに見せたい景色が沢山ある。必ず行こう」
こうして私達を乗せた馬車は、海辺の街・メーアへと到着したーー。
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