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2.再会

土曜日に職場のバーベキューに参加した翌日の日曜日、この日も仕事は休みだが、私的に寄稿を頼まれている法律関係の記事の資料を探しに図書館に来ていた。


「ここはコピー用紙が藁半紙なんだ。貼り紙も全部藁半紙だ。いまどき珍しいな・・・。」

「もしかして、矢島君?」

資料をコピーしている最中、突然背後から声をかけられ、ドキッとしながら振り返るとそこには見知らぬ女性が立っていた。

年のころは僕と同じか少し若いくらいだろうか。スレンダーな体形にグレーのスーツを着て、さらさらのストレートのロングヘアにフレームの細い眼鏡をかけた、いかにも知的な才女といった美貌は大学時代に密かに憧れていた先輩に少し似ている気がする。だけど、さすがにその先輩ではないだろう。他に心当たりはないが・・・。


「忘れちゃった?中学の同級生の那波だよ。」

彼女は、訝し気な僕の態度に気を悪くした様子は一切見せず、歯並びのよい白い歯を見せて微笑みながら自己紹介してくれた。


「あ、那波さんか・・・。当時とは全然違うから気づかなかった。」

そう。僕の記憶の中での中学時代の那波はお世辞にも美人なんて思えなかった。

当時は小太りだったし、髪も天然パーマが爆発してメデューサみたいだったし、歯並びもこんなにきれいじゃなかった。


「あれから15、6年になるもんね。矢島くんもすっかり変っちゃって。」

「ハハッ、もうおじさんだからね。ところで今日はどうしてここに?那波さんも調べもの?」

「ううん。実はこの図書館に勤務しているんだ。」

「ああそうか。ここは県立図書館だもんね。県庁に勤めているとは聞いてたけど、ここにいたんだ。」

「うん。矢島くんも県庁の政策企画部に出向で来てるんだよね。人事広報で見たよ。」

「ああ、よく知ってるね・・・。」


那波は僕の手元のコピー用紙をじっと見つめ、視線を僕の方に移してニコッと笑った。目尻が下がった優し気な笑顔だ。

「知ってる?その藁半紙、私が提言して導入したんだよ。これからは公的機関もSDGsに配慮しなきゃでしょ?」

「そうなんだ。相変わらずなんだね・・・。」

ちょうどその時、「那波さ~ん」という声が聞こえてきた。

「ごめんね。勤務中だった。また連絡するね。」

そう言って那波は小さく手を振りながら、カウンターの方に歩いて行った。

しかし女性って変わるもんだな、あの那波があんな美人になるなんて・・・などとぼんやりと思いながら僕はコピー機の前に戻った。


ーーー

月曜日の朝、職場で業務用PCを立ち上げると、週末にいくつか届いていた電子メールの中に、那波から届いたメールが混じっていた。

日付を見ると日曜日に図書館で再会した直後に送られたものらしい。


『今日は久しぶりに会えて嬉しかったよ。矢島くん、だいぶかっこよくなっててびっくりした。あの頃もかっこよかったけど。またゆっくり話せる時間をとってもらえるとうれしいな。 那波』


文面を見た時、一瞬ニヤッとしてしまった。「あの頃もかっこよかった」だってさ。

まあ社交辞令だろうから、僕も軽く社交辞令を返しておくか。

『那波さんも美人になってて驚いたよ。また機会があったらぜひ話しましょう。矢島』

まあそんな機会があるかはわからないが・・・。そう思っていたが、意外にもその機会はその日のうちにやってきた。


「矢島くん、これからお昼?」

急に会議が入ったので少し時間をずらして取ったお昼休み、食堂へ行こうと廊下を歩いていると那波に声を掛けられた。

「あれ?今日は本庁に用事があるの?」

「うん。ちょっと部長に直接説明しないといけない話があって。よかったら一緒にお昼ご飯食べない?」

僕に異論はなく、二人で県庁の食堂へ行った。

お昼時を外していたから空いていて4人がけのテーブルに向かい合って座ることができた。


「それにしても奇遇だよね。中学の友達と再会してまた一緒に働けることになるなんて。」

「ああ、そういえば同じクラスだった山本美香さんも一緒に働いてるんだよ。まあ地元の県庁だから珍しくないよね。」

「地元に残ってる人だったらそうだけど。矢島くんは大学から東京へ行ってそこで就職しちゃったし、まさか戻ってくるとは思わなかったよ。」

「まあ出向だし2~3年くらいでまた東京に戻るけどね。那波さんはずっとこっちなの?」

「うん・・・。地元の大学を卒業して、そのまま県庁に就職したんだ。」

「ああ、中学の時は社会に尽くしたいとか言ってたもんね・・・。」

実際には、自分が権力を持ってこの間違った世の中を変えてやるとか身の程知らずで過激なことを言ってた気がするが・・・と内心でほくそ笑んだ。

僕の内心が態度に出ていたとは思えないが、那波は急に顔を赤らめた。

「あの頃はまだ世間知らずだったし、考えも未熟だったから今思うと恥ずかしい・・・。でも理想は忘れないようにしてるよ。あの頃、矢島くんだけが私の話を真剣に聞いてくれて、私ならきっとできるって励ましてくれたから今も頑張れてるんだよ。」

そんなこと言っただろうか・・・?

正直、那波と何を話したかなんてほとんど覚えていない。だけど、那波から優しげだが熱のこもった視線で見つめられると、那波と話していた当時のことが、よき思い出の1ページであったかのように思えてくるから不思議だ。二人ともクラスから完全に浮いていただけなのに。


「そういえば矢島くんって、独身なの?」

「ああ、うん。一応・・・。機会がなくて。」

「よかった。私も同じだ。これまで全然良縁がなくて・・・。よかったら今度一緒にご飯でも食べにいかない?二人で・・・。」

ちょっと上目遣いで熱い視線を送ってくる那波の誘いを断る理由はなかった。その後、僕たちは連絡先を交換して、また連絡すると約束して仕事に戻った。


『さっきはありがとね。ご飯だけど今週の土曜日はどうかな?よければお店予約しとくね』


食堂で別れて執務室に戻るわずかな間に、那波からLINEにメッセージが届いていることに気づき、僕は少し心が浮き立った。


「あれ?矢島さん、ちょっとご機嫌ですね。いいことありました?」

浮かれた気持ちが表情に出てしまったのか、それを目ざとく見つけた美香が声を掛けてきた。


「そんなことないよ。やらなきゃいけないことが山積みで、逆に開き直ったのかな。ハハッ。」

さて、土曜日まであと4日半か・・・と思いながら午後の仕事に取りかかった。


★★

土曜日の夜、僕は那波が予約してくれた割烹のお店に行ったところ、もう那波が先に着いてカウンターに座っていた。

「ごめん。待たせて。」

「ううん、楽しみで早くに着いちゃっただけだよ。」

僕に気づくなり、すぐにうれしそうな笑顔でそう言われると、自然と僕の口角も上がってしまう。

僕と那波は再会を祝しビールで乾杯した。


「那波さんは、地元の友達とよく会ったりするの?」

「ううん、あんまり。なんか地元の友達とは話が合わなくて。いつも人の噂話とか、子どもの話とか、新車を買ったとかの自慢話とか、そんなの聞かされるのが耐えられなくて・・・。」

那波は軽く首を振った後、僕に対して優し気な、それでいて少し熱っぽい眼差しを向けてきた。


「だから今日は楽しみにしてたんだ。矢島くん、国土交通省に勤務してるんでしょ?きっと最先端の政策の話とかも聞けるかなって。」

「ああ、期待に応えられるかわからないけど。前の部署ではスマートシティとかMaaSとかを担当してて・・・。」

「ああ、そういえば今の県知事がやたらとスマートシティを推してるよね。」

「そうそう、それでその知見を期待されてこの県に出向で来ることになったんだけど・・・。」

「わたしは、スマートシティは反対だな!!」

突然、那波はキッと目を吊り上げて僕の説明を遮った。口調も断固として一切異論を挟ませない意思を感じる。

「データを生かしたまちづくりとか言って、結局、わたしたちの個人情報がすべて吸い上げられて、行政とか大企業に都合がいいように使われるだけでしょ。」

「あ、ああ。もちろん個人情報の保護とかへの配慮は必要だけど・・・。」

「そんな風になったら個々人の活動が行政に監視されて、自由やプライバシーなんかがなくなっちゃうよ。そんなジョージオーウェルの『1984』みたいな世界、わたしは嫌だ。」

興奮して、僕の話を聞かず、一人語り続ける那波の声はどんどん速くそして大きくなっていく。

「那波さん、ここお店だから少し声を抑えて。」

「ごめんなさい。でも言わせて。スマートシティ構想なんてまったく間違ってると思う。まちづくり課にいた時は、あのダメ上司にさんざん教えてあげたのに全然わかってくれなくて。」

「那波さん。」

「天下りの県知事の思い付きでこの県がめちゃくちゃにされるなんて絶対に納得できない!!!どうしてみんなあんな無能を担いで野放しにしてるんだろう!!!」

「那波さん、興奮しないで!!」

僕が那波の肩を叩いて強い調子でたしなめると、那波は驚いたようでようやく黙ってくれた。

「仕事熱心なのはわかるけどさ。ここには他の人もいるし少し声を抑えてね。それから仕事の話もやめよ。」

「ごめんなさい・・・。」

「うん、いいんだよ。そういえば那波さんって休みの日とかどうしてるの?」

那波はおとなしくなり、その後は休日に見に行った映画の話とか、最近読んでいる本の話とか当たり障りのない話をした。

そういえば中学の時も、那波は一度スイッチが入ると止まらなくなって今みたいにまくしたてることがあったな・・・。

ちょうどその時、ポケットに入れたスマホが振動した。

「あっ、ごめん。たぶん仕事の電話だ。外で話してきていい。」

「うん・・・ここで待ってるから。ゆっくり話してきて大丈夫だよ。」

那波は穏やかな笑顔で送り出してくれた。微笑んだ横顔を見ていると、やはり憧れだった先輩に似ていて少し胸がドキッとした。


外に出て電話をかけ直すとワンコールで志乃が出た。学生時代から長く付き合っていた恋人だが、僕が東京からこの県に転勤になった時に満を持してプロポーズしたら「東京を離れられない」とあっさり断られてしまい、最近まで疎遠になっていった。

電話で話すのも久しぶりだったので用件を聞くと、「なんかさみしかったから電話した~」と何事もなかったかのような甘えた口調だった

しかし今日は外にいるので電話で話している時間がないと伝えると、急に不機嫌になりついには泣き声になったため、時間をかけてなだめ、明日東京で会ってゆっくりと話を聞くと伝えて何とか機嫌を直してもらった。

「ハアッ・・・志乃の豹変ぶりも相変わらずだな・・・。」

ため息をつきながらも、もしかしたら復縁できるかもとの期待を持たせる内容に気持ちが上向き、店内に戻ると、那波が若い女性の店員さんと何か話しているようだった。なぜか店内のお客さんは一様に押し黙り、空気が張り詰めているようにも見える。

「ちょっと・・・何度も話しているとおり、個室をお願いしましたよね。」

「いえ・・・あのお二人で座敷を使っていただくのは難しいので・・・。ご予約の際に団体さんの予約が入らなければとお伝えしたと思うんですが・・・。」

「それならそんな予約を受け付けるべきじゃないでしょ!カウンターに案内されたせいで大事な話ができなかったんですよ!!どう責任をとるんですか?」

「そんな・・・。」

向こうを向いている那波の表情は見えないが、こちらを向いている若い女性店員さんの表情は硬くこわばり、今にも泣きそうに見える。

「遅くなってごめんね!!」

僕はわざと大きな声で二人に話しかけると、那波が振り向いたので、その隙に店員さんに目で合図して奥に下がってもらった。

那波はさっきまで店員さんに苦情を言っていたことが嘘のように豹変し、優し気に微笑みながら、「そろそろ出て次のお店で飲み直しましょうか~」とのんびりと話しかけてきた。


その後、別のお店で飲み直し、遅くなったのでタクシーで那波を家まで送ることになった。

「今日は楽しかったね。また二人でご飯に行こうね。」

そう言って那波はそっと僕の手を握ってきた。特に抵抗せずされるがままにしていると、那波は僕の胸にこつんと頭を預けてきた。

「さっき邪魔が入っちゃったけど、ゆっくりお話ししませんか。わたしの家はすぐそこなので・・・。」

う~ん・・・どうしようか・・・。その瞬間。ポケットに入れたスマホが振動した。

「明日、早起きして東京に行かなきゃいけないから。また今度ね。」

「あっ、お仕事?ごめんね。遅くまで連れ回して・・・。さようなら、また今度・・・。」

「うん、また今度。」

那波はあっさりとタクシーを降りて近くのマンションに入って行った。それを見届けてから、スマホを取り出し志乃から届いたメッセージを読んだ。


『明日、久々に会えるのを楽しみにしてるからね♡』


「何か予感があったのかな?志乃からのメッセージが届いてなかったら、ちょっと危なかったかも・・・。」

小さくそうつぶやいた後、運転手さんに僕の住所を伝え、家路に急いだ。



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