第六話 喝采!ダークエンジェルは止まらない! ~悪女と呼ばれた私が見つけた、本当の輝き~
『ひだまりのエンジェル』第一話の放送日。私は心臓をバクバクさせながら、自宅のテレビの前に正座していた。隣には、コンビニで買い込んだ大量のポテチとチョコレート。(結局、甘いものとジャンクフードはやめられない…)
ドラマが始まり、キラキラしたオープニング映像が流れる。主演・森崎美優の文字が大きく映し出され、続いて私の名前、椎名あかり、そして役名の黒崎レイナが表示された。
(うぅ…本当に放送されてる…!)
物語は、美優ちゃん演じる天使・花寺みちるの日常を中心に進んでいく。うん、やっぱり美優ちゃんは完璧なヒロインだ。表情一つ一つが愛らしくて、応援したくなる。
そして、ついに私の演じる黒崎レイナが登場するシーン。息を呑んで見守る。
(…大丈夫かな。ちゃんと、ダークエンジェルに見えてるかな…?)
テレビ画面の中の私は、自分でも見たことのないような、ミステリアスな雰囲気を纏っていた。冷たい視線、謎めいた微笑み、そして、みちるに向ける複雑な感情…。
その瞬間、スマホの通知が鳴り止まなくなった。恐る恐るSNSをチェックすると――。
『ダークエンジェル、キターーー!』
『黒崎レイナ様、美しすぎる…そして怖い…最高!』
『椎名あかり、マジで化けたな! この役、完全にモノにしてる!』
『天使とダークエンジェル、どっちも推せる!』
『#ダークエンジェル沼 にハマった』
『#黒崎レイナしか勝たん』
(う、嘘……!?)
予想を遥かに超える、絶賛の嵐! 悪口や批判的なコメントはほとんど見当たらない。以前の炎上が嘘みたいだ。私は呆然としながら、次々と流れてくるコメントを追いかけた。
◇
『ひだまりのエンジェル』は、回を重ねるごとに視聴率を上げ、社会現象と言われるほどの大ヒットとなった。特に、私の演じたダークエンジェル・黒崎レイナは、ミステリアスな魅力と、時折見せる人間らしい弱さ、そしてみちるとの奇妙な関係性が視聴者の心を掴み、熱狂的なファンを生み出した。
街を歩けば、「あ! レイナ様だ!」「応援してます!」と声をかけられることが増えた。以前のように「睨んで!」とリクエストされることはなくなり、代わりに「レイナ様のグッズ、全部買いました!」「次の登場シーンが待ちきれません!」とキラキラした目で言われる。戸惑いつつも、素直に嬉しい。
ゴシップ記者の神崎さんも、最近はゴシップネタを探すというより、真剣な表情で私の演技について取材してくるようになった。「椎名さんの演じるレイナの多面性について、ぜひ詳しく聞かせてほしい」なんて、本格的なインタビューを申し込まれた時は、本当に驚いた。(もちろん、翔太さんのGOサインが出ないと受けられないけど!)
撮影現場の雰囲気も、最高潮に達していた。主演の美優ちゃんとは、今ではすっかり打ち解けて、良きライバルであり、大切な仲間になっていた。
「あかり先輩、この前のシーンのレイナの涙、すごくグッときました!」
「美優ちゃんのみちるが、あまりにも真っ直ぐで眩しかったからだよ。こっちまで泣けてきちゃった」
休憩中にカフェラテを飲みながら、そんな風に笑い合える日が来るなんて、少し前までは想像もできなかった。
「私たち、なんだかんだ言って、いいコンビになれたかもですね」
「…うん、そうだね」
照れくさかったけど、心からそう思えた。
◇
ドラマの打ち上げパーティーの日。会場は、キャストやスタッフさんたちの熱気で溢れていた。私も、たくさんの人に「レイナ役、最高だったよ!」と声をかけてもらい、少しだけお酒も入って(もちろん未成年は飲んでません!)、ふわふわと幸せな気分だった。
ふと気づくと、テラスで一人、夜景を眺めている涼さんの姿があった。私は吸い寄せられるように、彼の隣へ行く。
「涼さん、お疲れ様です」
「あ、椎名さん。お疲れ様」
涼さんが柔らかく微笑む。
「ドラマ、大成功だったね。本当に、おめでとう」
「ありがとうございます。涼さんのおかげでもあります。たくさん支えてもらいました」
「そんなことないよ。椎名さんの実力だよ。…やっぱり椎名さんは、すごい女優さんだね」
涼さんが、じっと私の目を見て言う。その真剣な眼差しに、心臓がまたドキドキと跳ねる。
「俺、あのオーディションの時から、椎名さんのこと…」
涼さんが何かを言いかけた、その時!
「おーい! あかりちゃん、涼くん! こっちでプロデューサーの話、聞かなくていいのかーい?」
翔太さんの大きな声が響き渡った。…この人、絶対ワザとだ!
「あ、は、はい! 今行きます!」
涼さんは「また今度、ゆっくり話そう」と苦笑いして、会場の中へ戻っていった。
…また今度、か。うん、それでいい。今はまだ、女優・椎名あかりとして、もっともっと成長したいから。でも、いつか…。
◇
パーティー会場の隅で、翔太さんに捕まった。
「いやー、大成功、大成功! ダークエンジェル、見事に当てたろ?」
「…まあ、結果的には」
「ほら、言った通りだろ? 君の悪女イメージも、使い方次第で最高の武器になるんだよ」
ドヤ顔の翔太さんに、私はふふっと笑って返した。
「翔太さんのおかげ…だけじゃないですよ。これは、私が見つけた、私のやり方です」
悪女のレッテルも、炎上した過去も、全部ひっくるめて、私だけの表現に変える。もう、誰かのイメージ戦略に振り回されるだけじゃない。
「ほう? 言うようになったじゃないか」
翔太さんは、目を細めて面白そうに私を見た。
「ま、その調子で、これからもガンガン稼いでくれたまえよ、僕のダークエンジェルちゃん?」
…やっぱり、この人には敵わないかもしれない。でも、それでいいか。この人とだからこそ、面白い仕事ができる気もするし。
◇
ドラマの撮影も全て終わり、私は久しぶりに自分の部屋でゆっくりと過ごしていた。机の上には、使い込まれたキャラクター手帳。最後のページを開き、ペンを取る。
『演じることの正義とは?』
以前、自問したこの問いに、今の私なら答えられる気がした。
『悪役か、ヒロインか。天使か、悪魔か。そんな肩書きは関係ない。どんな役でも、その人物の心に寄り添い、光も影も、強さも弱さも、全部抱きしめて、自分というフィルターを通して、誠実に命を吹き込むこと。それが、私の見つけた「正義」であり、女優としての喜びだ』
書き終えて、顔を上げる。窓の外には、満月が綺麗に輝いていた。
◇
数週間後。ドラマ『ひだまりのエンジェル』の大ヒット御礼ファンイベントが開催された。会場は、ファンの熱気でむせ返るほどだ。ステージには、私と美優ちゃん、そして涼さんたちが並ぶ。
以前の記者会見とは違い、私に向けられるフラッシュは温かく、質問も好意的なものばかりだった。
「椎名さん、ダークエンジェル役で大ブレイクされましたが、これで完全に悪女イメージは払拭できたと思われますか?」
司会者から、そんな質問が飛んできた。以前なら、きっと言葉に詰まっていたと思う。でも、今の私は違う。
私はマイクを握りしめ、会場のファン、そしてカメラの向こうで見ているであろう人たちに向かって、はっきりと答えた。
「払拭するんじゃなくて、それも私の一部です」
会場が、一瞬静まり返る。
「悪女役を演じた経験も、皆さんにご心配をおかけした過去も、全部今の私を作っています。悪女も、ダークエンジェルも、そしていつか演じるかもしれない天使も…全部、私、椎名あかりを通して、皆さんに最高のエンターテインメントとしてお届けしていきたいです!」
言い切ると、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。隣に立つ美優ちゃんが、いたずらっぽく私の肩を叩く。涼さんも、優しい笑顔で頷いてくれた。
私は、込み上げる熱い想いを胸に、カメラに向かって、とびっきりの笑顔を見せる。
それは、天使のように無垢でもなく、悪女のように冷たくもない。
ほんの少しだけ、ダークエンジェル・レイナのような悪戯っぽさを乗せた――今の私の、最高の笑顔だ。
私の女優としての物語は、まだ始まったばかり。
悪女と呼ばれた私が見つけた、本当の輝きを、これからもずっと、届け続けるんだ。
(了)