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第五話 黒い翼のエンジェル降臨! ~ライバルと共演、新たな私、始まる!~

 数日後、私はテレビ局の大きな会議室にいた。『ひだまりのエンジェル』の第一回台本読み合わせだ。ずらりと並ぶキャスト陣の中に、私の席も用意されていた。役名は…『黒崎レイナ』。これが、私の演じるダークエンジェルだ。


 隣の席には、当然のように森崎美優ちゃんが座っている。彼女が主役、花寺みちる。目が合うと、小さく頷き合った。私たちはライバルだけど、今は同じ作品を作る仲間でもある。


「それじゃあ、始めようか」


 監督の合図で、読み合わせがスタートする。主演の美優ちゃんは、さすがだった。セリフの一つ一つがキラキラしていて、聞いているだけで心が洗われるような、完璧な天使っぷり。


 そして、私の番。黒崎レイナの最初のセリフは、みちるに対して放たれる、冷たく謎めいた一言だ。


 あかり(レイナ役)「…あなた、本当に『天使』なの?」


 息を呑む音が、会議室のあちこちから聞こえた気がした。悪女役で鍛えた、底冷えするような声色。でも、ただ冷たいだけじゃない。そこには、好奇心と、ほんの少しの寂しさみたいなニュアンスを込めたつもりだ。


 読み合わせが進むにつれて、ざわついていた周囲の空気が、少しずつ変わっていくのを感じた。最初は「あの炎上した椎名あかりが、どんな役を?」と好奇や警戒の目で見ていたスタッフさんや共演者の人たちが、次第に私の演じるレイナに引き込まれているような…。


(…悪くないかも)


 悪女の経験も、天使を目指した経験も、全部無駄じゃなかった。その両方を知っているからこそ、この「ダークエンジェル」黒崎レイナを、私なりに表現できるのかもしれない。


 読み合わせが終わると、翔太さんが私のところにやってきた。


「いやー、あかりちゃん! 最高だよ! あの冷たい視線、ゾクゾクしたねぇ! もっと謎めいて! もっと掻き回して! 天使ちゃんを翻弄しちゃってくれたまえ!」

「は、はい…(この人、やっぱり面白がってるだけだ…)」


 でも、翔太さんの無茶ぶりも、今はなぜか少しだけ、頼もしく感じられた。


 ◇


 衣装合わせの日。用意されていたレイナの衣装は、私の想像を超えていた。

 黒を基調としているけれど、シルクのような光沢のある生地や、レース、羽根飾りが使われていて、どこか退廃的で美しい。悪魔のようでもあり、堕天使のようでもある、絶妙なデザインだ。


 フィッティングルームで衣装に袖を通し、鏡の前に立つ。

 そこに映っていたのは、悪女・麗華とも、素の私とも違う、「黒崎レイナ」だった。黒い衣装が、不思議と私の肌の色や髪の色にしっくり馴染んでいる。


(…これが、私だけの役)


 ふつふつと、役者としての喜びと興奮が湧き上がってくるのを感じた。キャラクター手帳を取り出し、『黒崎レイナ』のページに新しいメモを書き加える。


『衣装:黒。だが、光の加減で虹色に見える生地も使用。→彼女の多面性、善悪の曖昧さの象徴?』

『表情:基本は無表情。だが、瞳の奥に様々な感情が渦巻いているように見せる』

『みちる(天使)への感情:最初は興味本位? それとも同族嫌悪? あるいは、自分にないものへの憧れ…?』


 役を掘り下げていく作業は、悪女役の時と同じように、苦しくも楽しい。


 ◇


 そして、いよいよ『ひだまりのエンジェル』の撮影が始まった。

 私の最初の撮影は、美優ちゃん演じる花寺みちると、黒崎レイナが初めて出会う、重要なシーンだった。


 公園のベンチで無邪気に歌うみちる(美優ちゃん)。その前に、音もなく現れるレイナ(私)。


 レイナ「…いい歌ね。まるで、けがれを知らない天使みたい」

 みちる「えっ? あ、あなたは…?」

 レイナ「私はレイナ。黒崎レイナ。(みちるに顔を近づけ、囁くように)…ねえ、教えてくれる? そんな風に、どうしたら世界を信じられるの?」


 美優ちゃんの瞳が、戸惑いと、ほんの少しの恐怖に揺れる。完璧な天使の表情だ。それに対して、私は底の知れない笑みを浮かべてみせる。天使とダークエンジェル。光と影。二人の対比が、このシーンの肝だ。


 監督「はい、カットー! いいよ、二人とも! すごくいい!」


 カットがかかった瞬間、張り詰めていた糸が切れて、私と美優ちゃんは思わず顔を見合わせた。


「…先輩、怖かったです」

「美優ちゃんこそ、天使すぎだよ」


 ふふっ、と二人で同時に笑い出してしまった。ライバルだけど、こうやって一緒に芝居を作り上げるのは、やっぱり楽しい。


 ◇


 撮影が進むにつれて、現場の空気も確実に変わっていった。

 最初は遠巻きに見ていたスタッフさんたちが、「椎名さん、あのシーンの表情、すごく良かったです!」と声をかけてくれるようになったり、共演者の人たちも「レイナ役、ハマってるね!」「あかりちゃんじゃなきゃできない役だよ」と言ってくれるようになった。


 もちろん、ネットの炎上の件が完全に消えたわけじゃない。撮影所の隅っこで、ゴシップ記者の神崎さんが双眼鏡でこちらを窺っているのを見かけた時は、さすがにギョッとしたけど…。


(でも、大丈夫。私は、私のやるべきことをやるだけだ)


 真摯に役に向き合う姿は、ちゃんと伝わるんだって、少しずつ自信が持てるようになってきた。


 そんなある日、涼さんとの共演シーンの撮影があった。涼さんは、みちるを優しく見守る幼馴染の好青年役。レイナとは、みちるを巡って対立する場面もある。


 撮影の合間、二人で役について話す機会があった。


 涼「レイナって、ただ冷たいだけじゃないですよね。すごく繊細で、傷つきやすい部分も隠してる気がする」

 あかり「えっ、わかりますか? 私も、そう思ってて…」

 涼「うん。だから、椎名さんの演じるレイナ、すごく引き込まれます。目の奥の感情が、見ていて切なくなる時がある」

 あかり「(ドキッ)そ、そうですか…? ありがとうございます…///」


 涼さんに演技を褒められると、やっぱり顔が熱くなる。でも、前みたいにただ赤面して固まるだけじゃなく、「嬉しいです! もっと頑張ります!」って、ちゃんと笑顔で返せるようになっていた。仕事仲間として、対等に話せている感じが嬉しい。


(…うん、私、成長してるかも!)


 ◇


 ドラマの放送開始が近づくにつれ、ネット上でも『ひだまりのエンジェル』の情報が出回り始めた。特に注目を集めていたのが、私の演じる「黒崎レイナ」についてだった。


『椎名あかり、悪女からダークエンジェルに転身!? 絶対ハマり役!』

『天使役よりこっちの方が100倍いい! むしろヒロイン食っちゃうんじゃない?』

『炎上したけど、この役で完全復活するかもな』


 意外なことに、肯定的な意見がすごく多いのだ。もちろん、「どうせ性格悪いんでしょ」みたいなアンチコメントもまだあるけど、以前のような一方的なバッシングとは明らかに違う。


(…そっか。悪女イメージも、武器になるんだ)


 無理に消そうとしなくても、それも私の一部として受け入れて、役に活かせばいい。翔太さんの手のひらの上かもしれないけど、結果的に、私は自分らしい道を見つけ始めているのかもしれない。


 私は久しぶりに、匿名じゃない方の、公式SNSアカウントを開いた。そして、レイナの衣装を着た写真と共に、こう投稿した。


『ドラマ「ひだまりのエンジェル」、黒崎レイナ役を演じさせていただきます。私にしかできないレイナを、皆さんにお届けできるよう頑張ります。応援よろしくお願いします!』


 すぐに、たくさんの「いいね」と応援コメントが寄せられた。中には、『裏垢の毒舌も好きでした!』なんてコメントもあって、思わず苦笑いしてしまったけど。


 ◇


 撮影は順調に進んでいる。

 今日も私は、黒崎レイナとしてカメラの前に立っていた。目の前には、戸惑いながらも懸命に光を放とうとする天使、花寺みちる。


 監督の声が飛ぶ。

「レイナ、ここでみちるを見て、不敵な笑みを!」


 私はゆっくりと口角を上げる。それは、かつての悪女・麗華の嘲笑でもなく、素の私の困った笑顔でもない。

 光と影、善と悪、強さと脆さ…その全てを内包した、ダークエンジェル・黒崎レイナだけの、ミステリアスな笑みだ。


(これが、今の私)


 完璧な天使でも、完璧な悪女でもない。

 不器用で、矛盾だらけで、それでも前を向こうとする、等身大の私。

 その私を通してしか、演じられない役がある。


 カメラの赤いランプが光る。私の新しい物語が、今、始まっている。


(第五話 了)

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