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第三話 宣戦布告!? ライバルは完璧天使(パーフェクトエンジェル)! ~悪女、オーディション会場に殴り込み(?)ます!~

「…………はぁ!?」


 スマホの画面に表示された『最終オーディション』『有力候補、森崎美優』の文字を三度見くらいした。……見間違いじゃない。


(オーディション!? しかも美優ちゃんもライバル!? 翔太さーーーん!! 話が違うじゃないですかーーー!!!)


 心の中で絶叫したけど、もちろんあの策略家プロデューサーに届くはずもない。きっと最初から、私と美優ちゃんを競わせて話題を作るつもりだったんだ! あの人の手のひらの上で、私はまんまと踊らされていたわけね…!


 怒りと、騙された悔しさと、そしてヒロイン役が確定じゃなかったことへの不安で、頭がぐちゃぐちゃになる。もうやだ、この業界!


 …でも。


 スマホの画面には、まだ涼さんからのDMが表示されていた。


『俺は、椎名さんの頑張り、知ってますから。応援してます』


(……そうだ。ここで諦めたら、応援してくれてる涼さんにも、心配してくれた(?)美優ちゃんにも、そして何より、変わりたいって思った自分に嘘をつくことになる)


 SNSで炎上したって、オーディションになったって、ライバルが完璧天使パーフェクトエンジェルな美優ちゃんだって、関係ない! やるって決めたんだから!


「…上等じゃない…!」


 私はスマホをぎゅっと握りしめ、呟いた。悪女モードの時の、低い声で。


(見てなさい、翔太さん! 美優ちゃん! そして世間様! 悪女だって、天使になれるって証明してやるんだから!)


 炎上したばかりの匿名SNSに、新しい決意を叩き込む。


『オーディション、どんとこい。#悪女の本気 #見てろよ世界 #天使への道』


 …うん、タグがちょっと物騒だけど、今の私の気持ちはこれだ。


 ◇


 数日後。私は再び事務所のレッスン室にいた。最終オーディションに向けて、天使役…花寺みちるの役作りに励むためだ。


 ドアを開けると、そこには既に先客がいた。ストレッチをしている、しなやかな体。…森崎美優ちゃんだ。


「…あ、あかり先輩」

「…美優ちゃん。奇遇だね」


 気まずい空気が流れる。私たちは、ヒロインの座を争うライバルなのだ。


「オーディション、聞きました」美優ちゃんが口を開いた。「まさか先輩も受けるなんて、驚きましたけど」

「…私も驚いたよ。てっきり主演は決まってるのかと」

「ふーん。まあ、どっちが選ばれても、恨みっこなしですよ?」

「…望むところ」


 バチバチッ! …と、目に見えない火花が散った(気がした)。


 私たちは距離を取り、それぞれのレッスンを始める。鏡越しに見える美優ちゃんの動きは、完璧だった。優しい笑顔、柔らかな物腰、ふんわりとした雰囲気。まさに『ひだまりのエンジェル』の花寺みちるそのものだ。


(うぅ…やっぱり、本物の天使には敵わないかも…)


 弱気になりかけた時、ふと自分の「キャラクター手帳」を思い出した。悪女役を演じる時、私はただ台本を読むだけじゃなく、その役の生い立ちから好きな食べ物、口癖まで、徹底的に分析して自分の中に落とし込んできた。


(そうだ。天使だって同じはず。ただニコニコしてるだけじゃない、みちるの『人間らしさ』を見つけなきゃ)


 私は手帳を取り出し、『花寺みちる』のページを開く。「天使の笑顔」の隣に、「天使のドジ」「天使の涙」「天使の怒り」…と書き加えていく。


(みちるだって、いつも笑ってるわけじゃないはず。悲しい時は泣くだろうし、理不尽なことには怒るかもしれない。ドジだって、ただ可愛いだけじゃなくて、何か理由があるのかも…?)


 悪女役で培った「役を深く掘り下げる力」を、今度は天使役で活かすんだ!


 集中して手帳に書き込んでいると、不意に美優ちゃんの声が聞こえた。


「…先輩、すごい集中力ですね。悪役やってる時みたい」

「えっ?」


 顔を上げると、美優ちゃんが少し呆れたような、でもどこか感心したような顔で私を見ていた。


「いや、ヒロイン役の練習なのに、そんな難しい顔してノート取ってるから」

「あ、これは、その…役作りの一環で…」

「ふーん。まあ、頑張ってください。私は私なりの天使、演じますから」


 そう言って、美優ちゃんはくるりと背を向け、自分の練習に戻った。…なんだろう、さっきの言い方。ライバルだけど、ちょっとだけ、私のやり方を認めてくれた…? いや、気のせいか。


 ◇


 SNSの炎上は、少しずつ落ち着いてきていた。でも、その余波はまだ続いている。


 ドラマの撮影現場に行くと、スタッフさんたちが前よりも少しよそよそしい気がする。「あ、椎名さん…おはようございます…」みたいに、若干引きつった笑顔で挨拶されるのだ。共演者の人たちも、前は気軽に話しかけてくれたのに、最近は遠巻きに見られている感じ。


(やっぱり、裏垢バレの影響、大きいなぁ…)


 落ち込んでいると、突然背後から声をかけられた。


「よぉ、炎上クイーン!」


 振り返ると、ニヤニヤ笑いの翔太さん。


「しょ、翔太さん! その呼び方やめてください!」

「いいじゃん、話題性バツグンだよ? 『あの悪女・椎名あかりが、SNS炎上を経て、まさかの天使役に挑戦! 果たして彼女は変われるのか!?』って、最高の煽り文句だろ?」

「全然嬉しくないです!」


 でも、翔太さんの言う通り、一部では「逆に面白い」「ガチ悪女が天使役とか、どうなるか見てみたい」みたいな声も上がっているらしい。…本当に、この業界ってよく分からない。


「ま、せいぜいオーディション、頑張ることだね。視聴者は君たちの『リアルファイト』に期待してるんだから」


 ウインクを残して去っていく翔太さん。…あの人、絶対面白がってるだけだ。


 ◇


 どんよりした気持ちでカフェに入ると、見慣れた後ろ姿を見つけた。


「あ…桜井さん?」

「あ、椎名さん! 奇遇だね!」


 振り向いたのは、やっぱり涼さんだった。なんでこう、私が落ち込んでる時に限って現れるんだろう? 神様のいたずら? それとも、私の守護天使…?(いやいや、それはない)


「隣、いいですか?」

「うん、どうぞどうぞ」


 私は涼さんの向かいの席に座る。


「あの、ネットの件…」

「あ、大丈夫! 気にしてないって言ったでしょ? それより、椎名さん、なんか元気ないみたいだけど、大丈夫?」

「えっ、わ、分かりますか?」

「うん、なんとなく。眉間にシワ、寄ってるよ」


 また!? デジャヴュ!? 私は慌てて眉間を押さえる。


「あはは、ごめん。でも、あんまり思い詰めないでね。俺、椎名さんの演技、好きだから。悪役の時の、ゾクッとするような迫力もすごいけど…」


 涼さんが続ける。


「…たまに見せる、素の表情? ドジしちゃった時とか、照れてる時とか。そういう、悪女役の時と全然違う顔、すごく可愛いなって思うから」


 ……へ? か、可愛い!?


 今、桜井涼さんに、可愛いって言われた!?


「///!?」


 私の顔は、沸騰したヤカンみたいに真っ赤になった。心臓が、ドッドッドッて、ありえない速度で脈打ってる!


「あ、ご、ごめん! 変なこと言っちゃったかな?」

「い、いえ! そ、そんなこと…!(嬉しいけど! 嬉しいけど、どう反応したらいいか分からない!)」


 涼さんの天然発言(多分)に、私は完全にキャパオーバー。もうダメだ、この人の前では、私はただのポンコツ赤面ドジっ子でしかない…!


「そ、そうだ! オーディション、頑張ってね!」

「え? あ、はい! ありがとうございます!(なんでオーディションのこと知ってるの!?)」

「俺も、楽しみにしてるから」


 ニコッと笑う涼さん。…え、楽しみにしてるって、どういうこと? もしかして…?


「あの、桜井さんって、もしかして『ひだまりのエンジェル』のオーディションの…?」

「ん? あー、それはまだ、秘密かな?」


 涼さんは、人差し指を唇に当てて、悪戯っぽく笑った。


 ひ、秘密!? やっぱり何か関係してるんだ! もしかして、審査員とか!?


(ど、どうしよう! 審査員に可愛いとか思われてる!? いや、でも、それは女優としてじゃなくて、素の私に対して…!? あああ、もう訳が分からない!)


 私の混乱をよそに、涼さんは「じゃあ、俺、そろそろ行くね!」と爽やかに去っていった。

 残された私は、カフェのテーブルに突っ伏すしかなかった。


(…天使への道、ラブコメ展開まで追加されちゃったんですけど……!)


 ◇


 オーディション当日。

 私は、テレビ局の控え室で、深く息を吸い込んだ。

 手には、何度も読み返し、書き込みで真っ黒になった『ひだまりのエンジェル』の台本と、私の天使研究ノートと化した『花寺みちる』のキャラクター手帳。


(大丈夫。私は私なりに、みちるを理解しようと努力した。悪女役で培った集中力と分析力で、私だけの天使を演じる!)


 鏡に映る自分の顔を見る。眉間のシワは…ない! よし!


 控え室のドアが開き、スタッフさんが顔を出す。


「椎名あかりさん、次、お願いします」

「はい!」


 立ち上がり、廊下に出る。すると、向かいの控え室から、ちょうど美優ちゃんが出てきたところだった。純白のワンピースが、まぶしい。


「…あかり先輩」

「…美優ちゃん」


 一瞬、空気が張り詰める。


「…負けませんから」


 美優ちゃんが、強い意志を込めた瞳で私を見て、そう言った。


「…私も」


 私も、まっすぐ彼女の目を見て答える。


 私たちは、ライバル。でも、ただいがみ合うだけじゃない。きっと、お互いの存在が、私たちを強くしてくれる。


 美優ちゃんはフンと鼻を鳴らして、先にオーディションルームへ向かう。私はその後ろ姿を見送り、もう一度、深呼吸。


(よし、行くぞ!)


 悪女だって、天使になれる。

 私の「本当の演技」を、今こそ見せる時だ!


 私は、希望と不安と、ほんの少しの期待を胸に、オーディションルームの重いドアを開けた。

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