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第二話 天使への道は茨の道!? ~ポンコツ悪女、ヒロインレッスンで撃沈寸前!~

「だ、大丈夫です! すみません、ありがとうございます!」


 私は桜井涼さんの手をパッと離し、一歩後ずさる。だって、これ以上近づいたら、私の心臓が爆発四散して、この夜空に赤い花火を打ち上げちゃうかもしれないから! 顔が熱い! 絶対、茹でダコみたいになってる!


「いえいえ。でも、気をつけてくださいね。夜道は危ないですから」


 涼さんは、私が赤面していることなんて全く気にする様子もなく、爽やか120%の笑顔を向けてくる。うぅ、眩しい…! 直視できない…! この人、本当に実在してるんだ…。テレビや雑誌で見るより、何倍もキラキラしてる。


「あ、あの、桜井さんは、お仕事帰りですか?」


 なんとか平静を装って尋ねる。こんなところでバッタリ会うなんて、何か理由があるはずだよね?


「うん、近くで雑誌の撮影があって。あ、そうだ。椎名さんも、お疲れ様です。『漆黒のシンデレラ』、見てますよ。麗華役、すごい迫力ですよね」

「えっ!? あ、ありがとうございます…!(まさか桜井さんが見てくれてるなんて! 嬉しいけど、悪女役を褒められるのは複雑…!)」


 素直に喜んでいいのか、微妙なところだ。だって、私がこれから目指すのは、麗華とは真逆の『ひだまりのエンジェル』なんだから。


「でも…」涼さんが続ける。「たまに、すごく切ない顔をする瞬間があって。本当は、何か違う想いを隠してるんじゃないかなって、勝手に思っちゃったり」


 どきっ。


 な、なんで…? この人、エスパーか何か!? 私が役と素の自分とのギャップに悩んでること、まさか見抜かれてる…?


「そ、そんなこと…!」

「あはは、ごめんなさい! ただの視聴者の感想です。気にしないでください」


 涼さんは悪戯っぽく笑う。…心臓に悪いよ、その笑顔!


「あ、そうだ。これ、よかったら」


 そう言って涼さんが差し出したのは、コンビニの袋。中には、可愛らしいパッケージのチョコレート菓子が見えた。


「え?」

「さっき撮影で使った残りなんですけど、たくさん貰っちゃって。甘いもの、好きかなって」

「す、好きです! 大好きです! ありがとうございます!」


 食い気味に答えてしまった! 恥ずかしい! でも、チョコレートは正義! しかも桜井さんから貰えるなんて!


「ふふ、良かった。それじゃ、俺、こっちなので。気をつけて帰ってくださいね、椎名さん」

「は、はい! 桜井さんも!」


 手を振りながら去っていく涼さんの後ろ姿を見送りながら、私はまだドキドキしている心臓を押さえた。


(桜井さん、優しいな…。それに、私のこと、ちゃんと見てくれてる…?)


 悪女としてじゃなく、もしかしたら、その奥にある何かを。


(…よし!)


 私は胸に抱えた台本『ひだまりのエンジェル』をぎゅっと握りしめる。


(やるぞ! 絶対、ヒロイン役、掴んでみせる! 桜井さんにも、悪女じゃない私を見てほしい!)


 単純かもしれないけど、憧れの人の言葉と優しさは、私に新しい勇気をくれたのだ。…まあ、さっき派手に転びかけた事実は棚に上げて、だけど!


 ◇


 自室のベッドの上。私は『ひだまりのエンジェル』の台本を広げていた。

 主人公は、花寺みちる。太陽みたいに明るくて、誰にでも優しくて、ちょっとドジだけど、その一生懸命さで周りを幸せにする、まさに天使のような女の子。


「……」


 読めば読むほど、私との共通点が見当たらない。太陽みたい? 私はどっちかというと日陰が好きだ。誰にでも優しい? 人見知り発動して、初対面の人にはだいたい睨んでるって誤解される。ドジなところは…まあ、似てるかもしれないけど、みちるのドジは「あらあら可愛いわね」って許されるやつで、私のは「またやった!」って怒られるやつだ。根本的に違う。


(うぅ…天使への道、険しすぎる…!)


 私は枕に顔をうずめた。やっぱり私にヒロインなんて無理なんじゃ…。


 ピコン♪


 スマホの通知音。見てみると、匿名SNS『ネコになりたい@裏垢』にコメントがついていた。


『分かります! 私も今日、上司に理不尽なことで怒られました! 甘いもの食べて忘れましょ!』

『#本当は優しいんです のタグに激しく同意』


 ふふっ。顔も知らない誰かだけど、こうやって共感してくれる人がいると、ちょっとだけ元気が出る。私もコメントを返す。


『天使みたいな役が来たけど自分と違いすぎて絶望中。とりあえずチョコ食べる。#悪女だって天使になりたい時もある』


 よし、送信。…って、何このタグ! 恥ずかしい! でも、これが今の私の偽らざる本音だ。


 私は机に向かう。そこには、今まで演じてきた悪役たちの「キャラクター手帳」が並んでいる。役ごとに作った、設定や表情、セリフの言い回しなんかを細かく書き込んだノートだ。『漆黒のシンデレラ』の麗華の手帳を開くと、「見下す角度は15度」「嘲笑う時は口角を片方だけ上げる」なんてメモがびっしり。


(…悪女になるのは、もう慣れてるんだけどな…)


 新しいページを開き、震える手で『花寺みちる』と書き込む。


(よし! 悪女メソッドがあるなら、天使メソッドだってあるはず! 研究あるのみ!)


 私はまず、「常に笑顔(口角は左右均等に上げる)」「困っている人を見たら迷わず助ける」「ドジってもテヘペロで許される表情」…と書き出してみた。…自分で書いてて、なんか虚しくなってきたぞ。


 ◇


 翌日。事務所のレッスン室。

 私は演技指導の先生の前で、『ひだまりのエンジェル』の一節を演じていた。みちるが、お年寄りの荷物を持ってあげるシーンだ。


 あかり(みちる役)「おばあちゃん、その荷物、重いでしょう? 私が持ちますよ!(…にっこりスマイル、のはずが、いつもの癖で少し挑戦的な笑みに…!?)」

 先生「ストップ、ストップ! あかりちゃん!」

 あかり「は、はい!」

 先生「今の笑顔、なんか企んでるように見えたぞ! 天使は裏表ないの! もっとこう、ピュアな感じで!」

 あかり「ぴ、ぴゅあ…(ピュアって何だっけ…?)」


 難しい! 悪女役なら「フン、下心でもあるのかしら?」って疑うところなのに、天使は疑わない! 無償の愛!


 あかり(みちる役)「さあ、どうぞ!(荷物を受け取る仕草…が、つい相手を値踏みするような目つきに…!?)」

 先生「目つき! 目つきが完全に獲物を狙うハンターの目になってる! 天使は狩りしないの!」

 あかり「はうっ!」


 ダメだ…! 長年培ってきた悪女の所作が、全身に染み付いてる! 笑顔を作ろうとすれば嘲笑っぽくなり、親切にしようとすれば下心があるように見え、優しい言葉をかけようとすれば皮肉っぽく聞こえる!


(私、本当に天使になれるの…!? 無理じゃない!?)


 レッスンが終わる頃には、私は完全に打ちのめされていた。床にへたり込み、「ぴゅあ…むしょうのあい…」と虚ろに呟く私。


「…何やってんすか、先輩」


 呆れたような声。見上げると、レッスン室の入り口に森崎美優ちゃんが立っていた。ジャージ姿だから、彼女もレッスンだったのかな。


「美優ちゃん…」

「なんか、床で天使召喚の儀式でもしてるのかと思いましたよ」

「ち、違うもん! ヒロイン役の練習だよ!」

「へえ、あかり先輩がヒロイン?」


 美優ちゃんが意外そうな顔をする。そりゃそうだよね。万年悪女役の私が、いきなり天使役なんて。


「…まあ、せいぜい頑張ってください。私、次の月9ドラマ、ヒロインのライバル役、決まったんで」

「えっ!? 月9!?」


 すごい! さすが清純派のエース! …ってことは、もしかしたら私も…。


「ちなみに、そのドラマのヒロインって…」

「さあ? まだオーディション中みたいですよ。ま、私は役確定してるんで、高みの見物ですけど」


 ふーん、と鼻を鳴らす美優ちゃん。相変わらず、ちょっとトゲのある言い方。でも、前より少しだけ、壁がなくなったような気も…しないでもない?


「…あかり先輩」

「ん?」

「天使になりたいなら、まず眉間のシワ、どうにかした方がいいんじゃないですか?」


 そう言って、美優ちゃんは自分の眉間をとんとんと指差した。


「えっ!? 私、そんな怖い顔してた!?」


 慌てて手鏡で確認すると、確かに眉間にくっきりシワが寄っていた。ヒロイン役のプレッシャーで、無意識に力が入ってたみたいだ。


「…あ、ありがと、美優ちゃん」

「別に。じゃ、お先に失礼します」


 ツン、とそっぽを向いて去っていく美優ちゃん。…うん、やっぱり素直じゃない。でも、アドバイスは的確だったかも。眉間のシワ…気をつけよう。


 ◇


 その夜。またしても事件は起きた。


 ピロン♪ ピロン♪ ピロン♪


 スマホの通知が鳴り止まない。何事!? と思って画面を見ると、そこには信じられない光景が。


『【悲報】悪女女優・椎名あかりの裏垢特定か!? 「天使になりたい」発言の裏で毒舌ツイート連発!』


 そんな見出しと共に、私の匿名SNS『ネコになりたい@裏垢』のアイコンと、過去のツイート(主に悪女役のストレスを吐き出したもの)が晒されている…!


「うそ…なんで…!?」


 血の気が引いていく。鍵垢じゃなかったけど、フォロワーも少なかったし、特定されるなんて思ってなかった!


『激甘スイーツ求む』『悪態つくのもカロリー使う』みたいな可愛い(?)愚痴ならまだしも、『今日の監督、指示が意味不明すぎ。ポンコツかよ』とか『共演者の〇〇、またセリフ間違えてた。プロ意識足りなすぎ』みたいな、ちょっと(かなり?)毒のあるツイートもしてたのだ!


 ネット上は「やっぱり性格悪かった」「裏表激しすぎ」「天使になりたいとかどの口が言う」と、案の定、大炎上!


(終わった……。私の天使への道、始まる前に終わった……!!)


 頭を抱えてうずくまる私。どうしよう、翔太さんに何て言われるか…。クビ…?


 プルルルル…


 恐れていた電話が鳴る。表示は『高見翔太』。

 震える手で電話に出る。


「…も、もしもし…」

 翔太『やあ、あかりちゃん! 見たよ、ネット! いやー、最高に面白いことになってるじゃないか!』


 ……へ? 最高に面白い?


 翔太『「悪女が天使になろうとしてるけど、本性はやっぱり悪女だった」って、最高のストーリーだろ? これで『ひだまりのエンジェル』の注目度も爆上がり間違いなし! さすが僕が見込んだ女優だ!』

「そ、そんな…!」


 この人、私の絶望を燃料にしてる! 悪魔! いや、プロデューサーとしては正しいのかもしれないけど!


『まあ、そういうわけだから。気にせずヒロインレッスン、頑張ってくれたまえ! じゃ!』


 一方的に電話を切られた。…ぽかん。


(き、気にするなって言われても…!)


 ネットの誹謗中傷は止まらない。もう、女優やめちゃおうかな…。


 ピコン♪


 また通知。今度はDMだ。誰から…?


『桜井涼』


 えっ!?


 恐る恐る開いてみると、短いメッセージが届いていた。


『ネット、見ました。色々大変だと思うけど、気にしすぎないでくださいね。俺は、椎名さんの頑張り、知ってますから。応援してます』


 涼さんの…メッセージ。


(う……)


 涙が、ぽろぽろと溢れてきた。

 嬉しい。心配してくれてる。私のこと、信じてくれてる人がいる。


(…まだ、諦められない)


 炎上なんかで、終わってたまるか!


 その時、マネージャーさんから新しいメッセージが届いた。


『翔太さんから伝言です。「ひだまりのエンジェル」ですが、主演は最終オーディションで決定するそうです。あかりさんの他に、有力候補として森崎美優さんの名前も挙がっているとのこと。健闘を祈る、だそうです』


 …………はぁ!?


 オーディション!? しかも、美優ちゃんもライバル!?


(翔太さーーーん!! 話が違うじゃないですかーーー!!!)


 私の絶叫が、夜空に響いた(気がした)。

 天使への道は、どうやら想像以上に、波乱万丈になりそうだ。

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