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14/22

14話 喝采は嵐のように、そして伝説は終わらない

 あの壮絶なクライマックスシーンの撮影から数ヶ月が過ぎた。季節は巡り、木々の緑が目に眩しい2025年5月16日、金曜日。映画『ダークレジェンド』は、遂に完成披露試写会の日を迎えた。会場となった都内最大級のシネマコンプレックスは、朝から異様な熱気に包まれていた。


 夕刻、会場へと続くレッドカーペットには、眩いフラッシュの光が絶え間なく降り注いでいた。漆黒のロングドレスに身を包み、以前の清純派の面影を残しつつも、どこかリリスを彷彿とさせるような妖艶さと自信を纏った天海あかりが姿を現すと、沿道からはひときわ大きな歓声が上がる。隣には、シャープなタキシードを着こなし、クールな表情の中にも確かな誇りを滲ませる桜井玲二。そして、満足げな笑みを浮かべる監督。少し離れた場所には、今日の日のためにとびきりお洒落をしてきた片山と三好の姿も見える。彼らもまた、この作品の成功を誰よりも信じ、今日のこの日を待ちわびていたのだ。


 劇場内は、幸運にもチケットを手に入れた観客たちの期待で埋め尽くされていた。あかりは、舞台袖から客席の熱気を感じ取り、緊張と高揚感で胸が高鳴るのを感じていた。そっと隣を見ると、桜井が穏やかな笑みを浮かべていた。

「心配ない。俺たちが、そして君が、魂を込めて作り上げた最高の作品だ。観客はきっと、リリスに恋をするさ」

 その言葉に、あかりは小さく頷き、覚悟を決めたように前を向いた。


 やがて客電が落ち、場内は静寂に包まれる。そして、スクリーンに映し出されたのは、息をのむほどに美しく、そして禍々しい『ダークレジェンド』の世界だった。観客は一瞬にして物語に引き込まれ、天海あかりが演じる悪女リリスの、圧倒的な存在感と、その瞳の奥に揺らめく深い悲しみ、燃えるような怒り、そして触れることのできない孤高の魂に、心を鷲掴みにされていく。


 リリスが初めてその凶暴な本性を現すシーンでは、息をのむ音。

 桜井演じるアレスとの魂がぶつかり合うような格闘シーンでは、食い入るようにスクリーンを見つめる観客たちの瞳。

 そして、あの伝説となったクライマックス、高層ビルからの落下と空中での反撃シーンでは、会場のあちこちから小さな悲鳴と、抑えきれない嗚咽が漏れた。それは、リリスの絶望と再生の物語に、観客が完全に感情移入している証だった。


 長い長いエンドロールが終わり、場内が明るくなるよりも早く、誰からともなく拍手が起こった。それは、堰を切ったように瞬く間に広がり、やがて地鳴りのようなスタンディングオベーションへと変わった。

「ブラボー!」「リリス最高!」「あかりちゃん、やったぞ!」

 賞賛と熱狂の渦の中、涙で目を潤ませたあかり、感無量の表情を浮かべる桜井、そして満足げな笑みを湛える監督たちが、スポットライトを浴びて舞台に登壇した。


「この『ダークレジェンド』は、私の映画人生においても特別な作品となりました。そして何よりも、天海あかりという素晴らしい才能が、リリスという役を通して、これほどまでに美しく、そして力強く開花した瞬間を目の当たりにできたことを、監督として誇りに思います。彼女こそが、我々の、いや、世界のダークヒロイン・リリスです!」

 監督の熱のこもった言葉に、会場からは再び大きな拍手が送られる。


 続いてマイクを持った桜井は、どこか照れたような、しかし誇らしげな表情で語った。

「この作品に参加できたこと、そして何より、天海あかりという稀代の役者と再び共演し、彼女の凄まじい進化を間近で見届けられたことを、心から光栄に思います。彼女の演じたリリスは、間違いなく伝説となるでしょう」

 そう言って桜井は、あかりに優しく、そして尊敬に満ちた視線を送った。


 そして、ついにあかりがマイクの前に立った。万感の想いが込み上げ、言葉がなかなか出てこない。瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ出す。

「こ、こんなに…こんなにたくさんの方々に見ていただけて……本当に……夢の、ようです……」

 声を詰まらせながらも、彼女は懸命に言葉を紡いだ。

「このリリスという役は、私にとって、本当に、本当に大きな挑戦でした。何度も…何度も挫けそうになりましたが、監督、桜井さん、いつも厳しくも温かく指導してくださった片山さん、最高の衣装で私をリリスにしてくれた三好さん…そして、どんな時も私を信じ、応援してくださった全てのスタッフの皆さん、ファンの皆さまのおかげで…今日、ここに立つことができています。リリスという、孤独で、悲しくて、でも誰よりも強い女性に出会えて…私は、本当に、本当に幸せです…!ありがとうございましたッ!」

 深々と頭を下げるあかりの肩を、隣に立つ桜井がそっと抱き寄せ、労うように優しく微笑んだ。その二人の間には、もはやライバルという言葉では言い表せない、困難を共に乗り越えた者同士の深い信頼と、温かな絆が確かに存在していた。客席の片隅では、片山と三好が、人目もはばからず号泣しながら拍手を送っていた。


 鳴りやまぬ拍手の中、再びエンドロールがスクリーンに流れ始めた。そして、その最後の最後に、観客へのサプライズが用意されていた。闇の中で、リリスがゆっくりとこちらを振り向き、その唇に謎めいた、そして不敵な笑みを浮かべる。その瞳は、次なる戦いを予感させるかのように妖しく輝いていた。そして、スクリーンいっぱいに映し出された文字は――。


『AKARI AMAMI as LILITH WILL RETURN...?』


 次の瞬間、会場は今日一番の興奮と期待の叫びに包まれた。天海あかりが演じる悪女リリスの伝説は、まだ始まったばかりなのだ。

 万雷の拍手と、観客たちの熱狂的な笑顔の中、『ダークレジェンド』の完成披露試写会は、その輝かしい幕を閉じた。

 それは、一人の女優が自らの殻を破り、新たな伝説を刻み始めた、記念すべき一夜だった。

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