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第一話 仮面を脱いだら、誰が残るのか?

「あら、まだパーティーにいらしたの? 身の程を知ることね」


 冷たく響く私の声。豪華なシャンデリアがきらめくセットの中、私は目の前の哀れな令嬢――ドラマ『漆黒のシンデレラ』で私が演じる悪役・麗華のライバル――を見下ろす。純白のドレスがよく似合う彼女、森崎美優ちゃんは、悔しそうに唇を噛み締めていた。


「っ……!」

「(フッと、唇の端だけで嘲笑う)まあ、せいぜい壁の花でも楽しんで」


 完璧。心の中でガッツポーズ。練習通り、これ以上ないくらい意地悪く、これ以上ないくらい美しく。私は優雅にきびすを返し、パーティー会場のセットから退場する。この冷徹さ、この威圧感こそが、今や私の代名詞なのだ。


「はい、カットーー! OK! 麗華様、最高!」


 監督の大きな声がスタジオに響き渡る。途端に張り詰めていた空気がふっと緩むのが分かった。


「さすが!」「鳥肌立った!」「悪女っぷりがたまらないっす!」


 スタッフさんたちの称賛の声があちこちから聞こえてくる。……うん、嬉しい。嬉しいけど、ちょっと複雑。


(はぁー、緊張したぁ……!)


 内心で大きく深呼吸。悪女モードのスイッチをオフにすると、どっと疲れが押し寄せてくる。女優・椎名あかり(19)の素の私は、残念ながらこんなラスボスみたいな威厳は持ち合わせていない。


「あかり先輩、お疲れ様です」


 さっきまで私に睨まれてプルプルしていた美優ちゃんが、ぺこりとお辞儀をしてきた。彼女は事務所の後輩で、正統派清純派女優として人気急上昇中。……私とは真逆だ。


「お疲れ様、美優ちゃん。さっきのシーン、良かったよ。悔しそうな顔、すごくリアルだった」

「ほんとですか!? あかり先輩の迫力がすごすぎて、マジで涙出そうでした!」


 キラキラした瞳で言われると、ちょっと罪悪感が……。ごめんね、役とはいえ。


 私はセットの隅へ向かう。視線の先には、小道具として用意された豪華な三段重ねのウェディングケーキ! きらきら光る銀のアラザン、真っ赤なイチゴ…!


(わー! これ本物? めっちゃ美味しそう! 一口だけ、一口だけならバレないかな…?)


 悪女・麗華なら見向きもしないだろうけど、素の私は甘いものに目がないのだ。周囲をキョロキョロ確認して、こっそり指でクリームをすくおうとした、その瞬間――。


 ツルッ。


 え?


 足元のケーブルに気づかず、見事にバランスを崩した。


「ひゃっ!?」


 あっ、と思った時にはもう遅い。体は前のめりに傾き、手が白いドレスの裾にべちょっ! …と、生クリームをつけてしまった。最悪!


「あかりさーん! 何やってるんですか! そのドレス、レンタル品なんですよ!」


 衣装さんの悲鳴が飛んでくる。


「ご、ごめんなさーい! すぐ拭きます!」


 さっきまでの悪女オーラはどこへやら。私は慌ててハンカチを取り出し、あたふたとドレスの汚れを拭き始めるのだった。…もう、ほんと私ってドジ。


 ◇


 撮影が終わり、テレビ局の廊下を歩く。派手なドレスから地味めな私服に着替えると、心なしか存在感まで薄くなる気がする。まあ、その方が好都合なんだけど。


 …と思っていたら、角からドッと人の波が!


「あかり様だー!」

「今日も最高でした! 睨んでください!」

「私たちにも『愚民』って言ってー!」


 きゃー! 出た! 私の熱狂的(?)なファンの方々! 女子高生グループみたいだけど、なんでそんなキラキラした目で「睨んで」とか「愚民」とかリクエストしてくるの!?


(ひえええ! 私のファン、なんか違う! 怖いよぉ!)


 内心は完全にパニック。でも、ここで素の私が出たら「イメージと違う」ってガッカリさせちゃうかもしれないし、何より「悪女・椎名あかり」のブランドイメージが!


 私はスッと息を吸い込み、一瞬で悪女スイッチをON! キッと彼女たちを睨みつけ、冷たく言い放つ。


「…フン」


 これ以上関わりたくない、というオーラを全身から放ち、足早にその場を去る。背後からは「キャー! 今の見た!?」「ご褒美すぎる!」「マジ尊い…!」なんて歓声が聞こえてくるけど……。


(怖がらせてごめんなさいぃぃ!)


 心の中で全力で謝罪しながら、私は逃げるようにタクシーに乗り込んだ。


 ◇


 やっと一人になれた楽屋。ソファに深く沈み込み、大きく息を吐く。


「はぁ……疲れた……。悪女でいるのも体力いるんだってば……」


 スマホを取り出し、パスコードを解除。ホーム画面には、もふもふの可愛い猫の写真。癒やしだ…。そして、こっそり続けている匿名SNSアカウント『ネコになりたい@裏垢』を開く。フォロワーは数十人。ほとんどが同じように日々の愚痴を呟いている人たちだ。


(今日の悪女ノルマ終了。悪態つくのもカロリー使う。激甘スイーツ求む。#本当は優しいんです #信じて #いいねくれたら泣いて喜ぶ)


 よし、送信。ふぅ、これでちょっとスッキリ。本当の私は、激辛料理より激甘スイーツが好きだし、人を睨むより猫を撫でたいし、愚民とか言いたくないのだ。


 ピロン♪


 スマホが鳴る。マネージャーさんからだ。


『緊急招集! 今すぐ事務所に来て! 翔太さんがお呼びです!』


 え? 緊急招集? 翔太さんが? あの、私の所属する「フェリオエンターテインメント」の敏腕プロデューサーで、私の「悪女イメージ」を最大限に利用して稼いでいる、あの高見翔太さんが?


 なんだか、ものすごーく嫌な予感がするんですけど……!


 ◇


「やあ、あかりちゃん。今日の悪女っぷりもキレッキレだったねぇ」


 事務所の会議室に入るなり、翔太さんがニヤニヤしながら出迎えてくれた。この人の笑顔、全然信用できないんだよね…。


 翔太さんの手にはタブレット。そして、その画面を私の目の前に突きつけてきた。


「さて、これ見てくれる?」


 そこに表示されていたのは、どぎつい見出しのネットニュース。


『【炎上】椎名あかり、性格も悪女だった! 後輩女優への『公開説教』動画が流出! スタッフへの横暴な態度も続々証言!』


 …は? 動画?


 タップすると、昼間の撮影スタジオで、私が美優ちゃんに演技指導している場面が再生された。確かに、役に入り込んでたから口調は厳しかったかもしれないけど、これはパワハラなんかじゃなくて…。しかも、私がドジって衣装を汚した場面はカットされてる!


「なっ……これ! 違いますよ! 美優ちゃんがセリフ覚えられないって言うから、練習に付き合ってあげてただけで…! スタッフさんへの横暴なんて、してません!」

「うんうん、知ってる。マネージャーから報告受けてるよ。でもさー」


 翔太さんは全然気にする様子もなく、むしろ楽しそうに続ける。


「おかげで『漆黒のシンデレラ』の関連ワード検索、ダントツトップ! 視聴率も鰻登り! いやー、君の悪女っぷりは本当に金になるねぇ!」

「笑いごとじゃありませーん! 私、街歩くのも怖いんですよ!? 今日だってファンの方に『愚民って言って』とか言われたし! 小学生に石投げられそうになったことだってあるんですよ!?」

「ははは! それは災難だったね。でも、アンチもファンって言うだろ? 注目されてる証拠だよ」


 全然なぐさめになってない!


「(はぁ…)まあ、そういう世間の声も考慮して、だ」


 翔太さんが急に真顔になる。え、もしかして本題はこれから?


「そろそろ新しい一面も見せていかない?」

「え?」

「(ドーン!と効果音をつけたい感じで)じゃーん! 次の主演ドラマの企画書!」


 翔太さんが、さもとっておきのプレゼントみたいに差し出してきたのは、一冊の台本。

 パステルピンクの表紙には、ふわふわした可愛い文字でこう書かれていた。


『ひだまりのエンジェル(仮)』


 そして、フリフリのエプロンをつけた、天使の輪っか付きの女の子のイラスト。


「…は? ひだまり…エンジェル…?」

「そう! 心優しくて、おっちょこちょいで、誰からも愛される…ドジっ子清純派ヒロインだ!」

「わ、私が…ヒロイン!? 悪女じゃなくて!?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。悪女役専門の私が、真逆の、天使みたいなヒロイン役?


「君のギャップを見せるチャンスだろ? 世間をアッと言わせてやろうぜ。『あの悪女・椎名あかりが、こんな可愛い役もできるなんて!』ってさ。面白そうだろ?」

「(ゴクリ…)私が…天使…」


 翔太さんの言葉が、頭の中でぐるぐる回る。ヒロイン役。ずっと、ずっと憧れていた役。悪女のイメージが強すぎて、オーディションすら受けさせてもらえなかった、夢の役。


(やれるかな…? 私に、天使なんて…)


 でも、もしこれが成功したら? 「性格悪そう」なんて言われなくなるかもしれない。本当の私を、少しでも知ってもらえるかもしれない。


「…やります!」


 気づいたら、私はそう答えていた。


 ◇


 事務所からの帰り道。夜風が少し肌寒い。

 私は、さっき渡されたばかりの台本『ひだまりのエンジェル』を、ぎゅっと胸に抱きしめていた。


(ヒロイン役…! ずっとやりたかった! これで『性格悪そう』なんて言われなくなるかも! 悪女じゃない、本当の私を…!)


 希望に胸が膨らんで、自然と足取りが軽くなる。思わずスキップしちゃいそう!


 …と思った、その時だった。


「ふぇっ!?」


 足元のちょっとした段差に気づかず、私は盛大にバランスを崩した。やばい、転ぶ! 受け身取らなきゃ!


(スローモーションみたいに体が傾いていく…! あーれー!)


 地面に激突! …する寸前、誰かにふわりと腕を掴まれた。


「危ない!」


 え?


 顔を上げると、そこには――。


(え、え、えぇぇぇーーー!?)


 キラキラ輝く街灯の下、心配そうに私を覗き込んでいるのは、今をときめく超人気イケメン俳優、桜井涼さん!? なんでこんなところに!?


「さ、桜井さん!?」

「(爽やかすぎる笑顔で)大丈夫? 椎名さん。すごい勢いで転びそうになってたけど。怪我はない?」

「あ、ありがとうございます…! だ、大丈夫です…!///」


 やばい! 顔近い! てか私、今すごいダサい転び方しそうになったの、絶対見られたよね!? しかも、こんな地味な格好で! 最悪すぎる!


 涼さんのキラキラした王子様スマイルを直視できなくて、私の顔はみるみるうちに赤くなっていくのが自分でも分かった。心臓がバクバクうるさい。


 胸に抱えた台本『ひだまりのエンジェル』が、なんだか急に、ものすごく重く感じられた。


 ――悪女じゃない、天使みたいなヒロイン。


 今の私、天使どころか、ただの赤面ドジっ子なんですけど!


(……前途多難すぎる……!!)


 私のイメージ脱却大作戦は、始まったばかりだ。

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