9.苦手とする存在
入学式、そしてガイダンスを終えた放課後。レーヴェさまと新設する読書サークルについて盛り上がりを見せていた時のことでございます。
サークルは最低五人のメンバーを必要としておりますから、残り三人参加してくださる方々を見つけねばなりませんね、とお話をしておりました。
わたくしは残念ながら心当たりとなる方がいらっしゃいませんから、話に興味を持ってくださる方を探すしかないと思っていたのですけれど、何と一人、参加を表明してくださった方がいらっしゃったのです。
それがわたくしの隣席にお座りになっておりました、公爵家のご令嬢。名をフロレンツィアさま。彼女も読書がお好きだということで、是非にと仰ってくださいましたの。
わたくしももう嬉しくて、レーヴェさまからご了承を頂くために援護射撃も致しましてよ。尤もそんなことなどせずとも、レーヴェさまは許可をお出しになると思いましたけれど。
わたくしとフロレンツィアさまは顔を見合せて、喜びを分かち合ったものでございます。やはり同好の士というものは良いものでございますね。
さて、残すところ二人となった枠ですけれども、これについてはレーヴェさまが心当たりがあると仰ってくださいました。彼のご学友兼側近となられる方の中で読書好きが二人いらっしゃるのだそう。
そしてその方々がお集まりになって、ご挨拶をくださいました。ですから、わたくしとフロレンツィアさまもお返し致しましたとも。
お一人は紺色の髪に青色の瞳をお持ちのアルミンさま。侯爵家の長男で、宰相閣下のご子息だそう。軍記物を好んでお読みになるとか。
もうお一人は臙脂色の髪に黄緑の瞳をお持ちのエトヴィンさま。伯爵家の次男で、財務大臣のご子息だそうです。小説よりも学術書を好まれると仰いました。
これで五人、サークル設立に必要な人数に到達致しましたわ。当然サークルの長はレーヴェさまなのですが、わたくしはその補佐へと抜擢を受けてしまいました。
よろしいのかしら、と頬に手を当てて首を傾げますと、それはもう満面の笑みのフロレンツィアさまを筆頭に、他の方々からも同意を頂きましたので、わたくしが担当させて頂くことに。
そうして至極穏やかに話が進んでおりましたが、クラス室に現れた一人の女子生徒によってそれが崩壊することとなったのです。
「レオンっ、一緒に帰ろう!」
あ、あら……、貴族のご令嬢にしては随分砕けた物言いをなさる方がいらっしゃるのね。そう驚いて声のした方を向きますと、そこには肩までの桃色髪を切り揃え、水色の瞳をした少女が立っておりました。
わたくしはその声の大きさに驚いてしまいまして、はしたなくもレーヴェさまの腕に縋ってしまったのです。
「……っ、あ、申し訳ございません、レーヴェさま。わたくしったら何てはしたないことを……!」
「いや、驚いたのならば仕方ない。大丈夫か?」
「はい、……随分と元気がよろしい方ですわね」
優しく微笑みかけてくださるレーヴェさまに、わたくしもほっと息を吐きました。あのような大きな声、王都の街くらいでしか聞きませんことよ。それも子供たちのものでございます。
「ッレオン! その女誰!?」
「ひゃあっ」
耳が痛い! そんなに大きな声を出してこちらに寄らないでくださいまし! 吸血種は人間種より耳が良いのですから、余計大きく聞こえてしまうのですよ。
驚きに声を上げてしまったわたくしを庇うように、レーヴェさまはその上着をわたくしの頭から被せてくださいました。そしてフロレンツィアさまが手を握ってくださいましたから、わたくしもようやっと落ち着くことが出来たのです。
「貴様にレオンという呼び方を許した覚えはない。そして彼女はブラッドナイト王国の第三王女、フェリシア姫だ」
「……ッ! そんな、あたしとレオンは……」
「貴様とは幼き頃に茶会を共にしていただけだ。それも、母上が貴様の母君と仲が良かったからに過ぎない。私自身は貴様との縁を拒んだと、何度も告げているはずだが」
レーヴェさまのお声が、まるで氷のように冷たく感じられます。わたくしに対してお話頂く時とは全く異なるそれに、驚きは致しました。ですが、相手が先に無礼を働いたのですから、そうもなりましょう。
頭の上から被せられていたレーヴェさまの上着を肩まで下ろして、それをかけたまま椅子から立ち上がります。そうすると少女の怒りを含んだ鋭い目線がわたくしへと向いますけれども、怖くはございません。
「レーヴェさまよりご紹介に与りました、ブラッドナイト王国第三王女フェリシアでございます。よく声の通るお方、お名前を頂戴しても?」
「っアンタに名乗る名はないわ! 何よ、レオンのこと」
「黙れ!」
ぎっとわたくしを睨みながら声を荒らげようとした少女に、レーヴェさまが強く遮りをかけます。そしてわたくしを優しく腕の中に抱き寄せて、言葉を続けました。
「他国の王女への無礼、我が国の貴族に連なる者として恥ずかしくて堪らない。貴様の家にはこのことを確りと伝える、二度と我々の前に姿を見せるな」
「レオンっ!」
「私はレオンハルト、この国の皇太子。貴様なんぞが勝手にそう呼んで良い存在ではない」
あの、わたくしは何故レーヴェさまの腕に抱かれているのでしょう。必要なことなのでしょうか、さっぱり分かりませんわ。
ああ、フロレンツィアさま、そのような嬉しそうな顔をなさって、本当にどうなされたんですの? 状況に着いて行けていないのはわたくしだけなのでしょうか。
アルミンさまとエトヴィンさまも件の少女へ厳しい目を向けていらっしゃいますし、成程、社交界の問題児なご様子。何があったかは存じ上げませんが、他国の姫たるわたくしにとる態度ではありませんでしたから、擁護は致しませんことよ。
「……ッ! あたしはレオンのっ!」
「二度も言わせるな!」
レーヴェさまが声を荒らげられました。それに驚いて目を丸くしたわたくしに、彼はハッとしたように苦笑をしてから頭を左右へ振ります。
ええ、ええ。分かっておりますとも。わたくしに向けてのものではないことくらい。そしてあなたを恐れたりも致しません。
という思いを込めて微笑みましたら、レーヴェさまも安心されたご様子。ただ、件のご令嬢は歯軋りでもしそうな形相でわたくしを見ておりますけれど。本当に、ああいった話の通じない方は苦手ですわ。声も大きいですし。