31.療養明けの登校
愛しき方と心を通じ合わせた日の、翌日のこと。
全身鏡の前で、制服を纏った自分の姿を確りとチェックしてから、数日ぶりの登校を致します。うん、今日のわたくしも美しくてよ。
人間種の侍女と共に日傘を差して校舎入口前に向かいますと、そこにはレーヴェさまのお姿がございました。
昨日共に登校するお約束をしておりましたから、それでもつい頬が緩んでしまいますわ。
「おはようございます、レーヴェ」
「おはよう、フェリ。体調は?」
「ええ、問題ございません」
校舎の影に入ったところで侍女に日傘を渡して、レーヴェさま——レーヴェのエスコートを受けながら建物の中へと足を踏み入れました。
想いが通じ合ったのですから、敬称は止めて欲しいとレーヴェから告げられまして、わたくしもそれに頷いたのです。まだ少し、擽ったい感覚がありますけれど……、悪くないですわね。
廊下ですれ違う他生徒たちに驚きの目を向けられながら、わたくしたちはクラス室へと入室致します。
既に何人かの生徒が登校済みで、レーヴェに寄り添うわたくしを見て察したとばかりの顔をされました。
「皆さま、おはようございます」
「おはようございます、フェリシア姫。体調は如何ですか?」
「ええ、もうすっかり良くなっておりますわ。ご心配をおかけしましたわね」
「それは良かったです。そして、おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう」
わたくしに声をかけてくださったのは、侯爵家のご令嬢。彼女とはよくお喋りをしておりますから、代表して、ということなのでしょう。
そして祝福の言葉は、レーヴェとの関係進展に対して——クラスの皆さまがやきもきしていらっしゃったのを、わたくしも気づいておりましたのよ。
レーヴェのエスコートを受けたまま席に座り、椅子を寄せて寄り添いながら、公欠扱いになっている授業の教科書をぱらぱらと捲ります。
わたくしは座学の授業について全て合格を頂いておりますし、実技のある時ばかりは参加せねばなりませんけれども、幸運なことに数日の間、受けられなかった授業は二つだけ。
この程度ならば即座に取り戻せますけれども、まあ一応、ということで、教科書を開いたのです。
「魔術解析はここ……、錬金術はまだここだ。フェリならばすぐに取り戻せる」
レーヴェの男らしく長い指先が示す箇所を見て、確かにこればかりならば、と頷きを返しました。ええ、補習をお願いするほどでもございませんわ。
その確認を終えて教科書を仕舞い、ここ数日の学院の様子をお聞きしていれば、段々とクラスメイトが登校して参ります。
「フェリシア姫! ああ、傷跡も残らなかったのですね、体調は如何? 無理はされてなくて?」
その中で一際心配をしてくださったのは、フロレンツィアさまでございます。
彼女はどうにもわたくしを妹のように思っているらしく、今の心配してくださる表情も、兄姉がするものとよく似ておりましてよ。
ですからわたくしも、姉の如く気にかけてくださるフロレンツィアさまへ、問題ありませんという意味も込めて微笑みかけます。
「もうすっかり良くなりました。レーヴェには特に面倒をおかけしましたけれど、そのお陰でこの通り、傷一つ残りませんでしたの」
「まあ……、まあ! うふふ、それはそれは、ようございました。レオンハルトさまとの仲も進展したご様子、もしや……?」
「フェリに、婚約の打診をした。そしてその場で受けて貰ったんだ。国同士でも話は既に進行中でな」
わたくしの代わりにそう答えたのは、レーヴェ。その言葉にクラス中が密かにざわめき、フロレンツィアさまはそれはもう嬉しそうに笑んでくださいました。
アルミンさまとエトヴィンさまには事前に伝えていらっしゃったのでしょう、彼らの表情に驚きは見えませんでしたけれども。
ただ、そんなクラスの中で一人、浮いている存在がおりました。
ええ、そう——グルムバッハさまでございます。わたくしの姿を見た時は驚きに目を丸くし、今は忌々しそうに、それを悟られないように……しているつもりなのでしょうか。とにかく、そのような様子でございます。
顔が爛れ、人前に出ることが出来なくなっているはず——そう思っていた女が、何故か恋しい方の婚約者に収まっていればそのような顔もされるでしょう。
「あの日……わたくしがガウスさまの凶行を受けた日に、レーヴェが助けてくださったのです。その時に、わたくしはこの方を恋しく思っているのだと自覚したのですよ」
そう、フロレンツィアさまにだけ——聞かせる振りをして、前列に座るグルムバッハさまにもギリギリで聞こえる声で囁きました。
ふふ、わたくし、清廉潔白な女ではございませんの。やられたらやり返すつもりですけれども、同じようなことを仕返してもつまらないでしょう?
ああ、レーヴェと婚約を内々にでも結んだのは、そのような些事のためではございませんけれども。
「フェリは俺の最愛……、もう二度と傷つけさせたりはしないと、そう決めている」
「レーヴェ……」
そっと肩を抱き寄せてくださるレーヴェに、わたくしも寄り添います。ああ、温かい……、酷く心地が好い。
そんなわたくしたちの視界の端で、グルムバッハさまがその派手なお顔を歪ませております——それはもう、目で命を奪えるのなら、わたくしの心の臓は既に止まってしまうほどに。
「あの……、レーヴェ。ガウスさまは、一体どのように?」
昨日既にお聞きしておりますが、ええ、何も知らぬという体でもう一度——グルムバッハさまにもようく聞いて頂かなくてはなりませんから。
神妙なお顔で一度頷いたレーヴェが、ゆっくりとその薄く美しい唇を開きます。
「やつは、既に捕縛され——王城地下で尋問を受けている。その後裁判が行われるが、他国の王女に危害を加え、下手をすればその命を奪っていたのだから……極刑は免れない」
「そうですか……」
順当、ですわね。ガウスさまはきっと、己がそういった行動に移るきっかけを与えた存在のことを全く知らないでしょうから、尋問も形式的なもの——裁判もまた、判決が先に決められているのでしょう。
唆されたとはいえ、実行するという判断をしたのはガウスさまでございます。ならば、その先にある結末もまた——彼女が選び取ったもの。
要するに、自業自得、なのですわ。




