3.生徒寮への入寮と昼食
晩餐会も無事に終わった翌日、わたくしは嫌だと駄々を捏ねる自らの体に鞭打ちをする思いで朝に目を覚ましました。
はあ、いつもならまだ眠っている時間ですのに、太陽が眩しくて堪りませんわね。ですが嘆いてばかりではいられません、わたくしにはやらねばならないことがあるのですから。
まずは学院の生徒寮への入寮、その後に控えているのがレオンハルトさまとのお茶会でございます。他にはどなたがいらっしゃるのでしょう、お聞きすることが出来ませんでした。
ですが、わたくしの頭にはネモ帝国の貴族、そして子息子女の名前と分かる限りの性格、特徴が頭の中に入っております。即興でも何とか致しますとも、それがお役目なのですから。
叶うことならお茶会なんて面倒臭いものは出たくありませんが、社交の一環でございますからね、我慢致します。わたくしは出来る女ですので。
「さあ、学院の寮へ参りましょうか」
侍女たちが全ての準備を終わらせてくれましたから、わたくしはただ部屋から出るだけ。宿の者ににこりと微笑んでから馬車に乗り込み、いざ学院へ。
そうして揺られること暫く、見慣れない街並みが窓の外を流れて行きます。主に夜活動する者が大半のブラッドナイト王国とはまた違った建物の作りでございますね。質実剛健と申しますか。
「派手さはありませんが、どれもシンプルで上品、中々に好みですわ。華美なものよりこちらの方がよろしい」
派手過ぎるものはあまり好みではないのですよね。何と言いますか、目が疲れます。これくらい程良いのがわたくしの好みにも合いますから、ええ、移動中も飽きずに済みますわ。
そんなことを考えていると、馬車が緩やかに速度を落としました。ふむ、門番との会話ですのね。そして通行許可を貰って——ああ、動き出しました。
吸血種は人間種よりも耳が良いですから、馬車の外くらいなら音を聞き取ることも出来ます。街並みが流れていた窓の外も、見知らぬ学生が時折歩いている姿が見えるだけで、他は緑ばかりが見えますわね。
寮の前には馬車が連なっているようで、ええ、わたくしのように入寮しに集まっているのでしょう。この学院では身分によって寮が異なるようですから、わたくしがその列に並ぶことはないのですけれど。
たた、と走るわたくし専属の馬とそれを操る御者が向かうのは、他国の王族が留学して来た時に使われる寮とのことでございます。寮というか、小さな屋敷でございますね。
その寮に繋がる門を馬車が通り、やがて減速し完全に停車致しました。荷物を降ろしているのでしょう、わたくしが降りるのはその後でございます。
「お姫さま、扉を開けさせて頂きます」
「ええ、よろしくてよ」
侍女の一人が扉を開け、もう一人が日傘を差して影を作りましたので、馬車から扉を開けた侍女の手を借りて降り、日傘を受け取ります。
足早にしかし優雅に寮の玄関に向かい、開かれた扉を潜る前に日傘を侍女に手渡しておきました。建物の中に日傘を差しながら入るなんて致しませんわ。
「中々良い雰囲気ですわ、気に入りましてよ」
「よろしゅうございました。お姫さま、お休み頂く部屋へご案内致します」
昨日先んじて寮内の案内を受けていた侍女が先導してくれますから、わたくしもその後に続いて行きます。与えられた部屋は二階の奥、両開きの扉が開かれた先は思っていたよりも広々とした一室でございました。
既に荷物の大半は部屋の中へ綺麗に収められて——いつの間に終わらせましたの? 昨日は何も持ち込めませんでしたよね、そして荷物類はわたくしと共に寮へ入ったはずです。
まあ良いです、そのような細かいことは気にしていられませんもの。何せこの後は皇太子殿下レオンハルトさまとのお茶会、身嗜みを整えねばなりません。
学生の正装は制服ですが、わたくしは入学前。しかしレオンハルトさまからはドレスではなく普段着でとの指定を受けております。ならば、着飾りつつも派手になり過ぎないものに致しましょう。
「お姫さま、こちらのワンピースは如何でしょうか」
「ええ、良いわね。それにしましょう。合わせるアクセサリーも選んで頂戴な」
わたくしの手持ちにある服は全てマーメイドラインのものですから、その中からカジュアルなワンピースとアクセサリーを侍女たちが選び、用意しておきます。これは食事が終わってから着るものですから。
さて、お茶会の時間は十五時ですわね。それまではお昼を早めに頂いて、読書でもして過ごしましょうか。今頃わたくし付きの料理人が腕を奮う準備をしている頃でしょう、楽しみです。
そう思いながらソファに腰を下ろし、本を開いて文字を追っていれば時間など容易く溶けていくものでございます。ふんわりと鼻腔を擽る良い血の香りに、ふと顔を上げました。
丁度その時、侍女が料理が出来たと伝言を持って来ましたから、わたくしも本を閉じて立ち上がり、食堂へ向かいます。はあ、お腹が減りました。
本日の昼食は血をたっぷり使ったソースがかけられ、レアで焼かれた分厚いステーキ肉。トマトのサラダ。そしてワイングラスに入った百ミリリットルほどの血でございます。
はあ、溜息が出るほど美味しそう。学院の食堂は決まった食事から選ぶ形であり、こうして一度に出されるそうです。なので今日からそれに慣れようとこのような形で料理人に依頼したのですが、正解でしたわね。
まずはサラダから頂きましょう。新鮮なトマト、とても美味でしてよ。皮さえ歯切れが良く、ドレッシングとの相性も良い。こういった食材は多めに持ち込んで正解でしたわね。
次にステーキ肉を一口の大きさに切り、ソースを絡めて頂きます。噛んだ途端に広がる肉汁が堪りません、やはりお肉はレアでなくては。ああ、使われているのは牛の血ですね、それも質の高い食事をしてストレスなく育った個体のもの。雑味がなく爽やかな後味ですもの。
最後は大本命、ワイングラス一杯分の血でございます。これは王家と契約し、定期的に血を提供する人間種のものを魔術を用いて保管していた分。ワイングラスに鼻を寄せると、ふんわり良い血の香りがしますね。
これは年若い女性の血でしょう、男性のものより香りがまろやかで花のようですもの。それでは、一口。
——ああ、おいしい。
そうして幸せの中昼食を終えたわたくしは、午後のお茶会に向けてまた侍女たちに浴室で全身を磨かれることとなるのでございます。