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吸血姫の緋唇〜氷の皇子と紡ぐ異種族恋愛譚〜  作者: 猫餅


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27.暴走する思い込み

 レーヴェさまと多くの選択授業が被っておりますが、全てが同じというわけではございません。


 ですから、一人で行動することもままあるのでございます。


 先日はフロレンツィアさまとの恋バナというものを楽しみ、そこで改めてレーヴェさまへの気持ちをきちんと考えるとお約束しましたけれど、きっとわたくしの中では答えが出ているのでしょう。


 それを認められていないだけで、目を逸らしているだけで——直視すれば、留学というごく短期間しかお傍にいられないことに悲しみを覚えてしまいますから。


「……ちょっと、第三王女サマ」


 そんな考えごとをしながら鞄を持って廊下を移動していたところで聞き知った声がこの耳へと届きました。


 その不機嫌ですと隠しもしない、何より言葉遣いが不敬そのものの主へと振り返ると、やはりそこへ立っていたのはガウスさま。


 一体なんの御用でしょうか、あまり良い予感はしませんけれど……また魅了魔術がどうのとでも、罵倒を受けるのでしょうか。


 そう思いながら、真っ直ぐに向き直ります。


「ガウスさま、ごきげんよう」

「あんた、いい加減レオンから離れなさいよ。迷惑してるのが分かんないの!?」


 はあ、またそのお話。この方は他者の言葉を理解することもなく、己の妄想ばかり信じてしまうのですね。


 わたくしから答えられる言葉は同じものであるというのに、飽きないのでしょうか。


「レーヴェさまにご迷惑をおかけしているのは、わたくしではなくガウスさま、あなたでございます。根拠のない悪評を大きな声でお話になり、レーヴェさまの言葉も聞き流し、己の妄想ばかり正義と声高らかに叫ぶあなたさまこそ、迷惑、という言葉に相応しいのではありませんか? これ以上わたくしに関わろうというのでしたら、こちらとしてもガウス伯爵家に正式に抗議をさせて頂きますわ」


 いい加減わたくしも怒りを覚えて来ましてよ。


 ただ優しく宥めるだけの女だと思っているのでしたら大間違い、これまではレーヴェさまのお顔を立ててことを荒立たせないようにして参りましたが、それもこれまででございます。


 そんな反論を受けるとは思わなかったのでしょう、驚きに目を見開いた彼女は、次の瞬間まるで怪物のように顔を顰め——わたくしの目元にかかるヴェールを剥ぎ取って、何かの液体を顔へとかけて来ました。


「っきゃあ!?」


 ばしゃ、と冷たい何かが顔にかかり、次に熱を感じます。ああ、これは陽光液、太陽の光を溶かし込んだ液体ですわね。


 目元を手で覆いながら、頭の中の冷静なところでそう考えているわたくしの元に、


「ざまあみろ! これで化けの皮が剥がれて、レオンも正気に戻るわ!」


 という、まるで勝ち誇ったかのような声が聞こえて来ます。


 ああ、目が熱い。顔が熱い。痛みはなくとも、じくじくと肌を苛む熱さにわたくしは床に倒れ込んで顔を覆うことしか出来ません。


「フェリ!?」


 そんな時、聞こえて来たのは甘く低いあの方の声——レーヴェさま。


「レオン! 正気に戻っ……きゃあ!?」

「貴様、フェリに何をした!? フェリ、すぐに医務室へ向かう。抱き上げるから、動かないでくれ」


 ドン、という音と、誰かが倒れて尻もちをつく音がしました。もしや、レーヴェさま、ガウスさまを突き飛ばしたのでしょうか。


 そんなことを現実逃避に考えていたわたくしの体を横抱きに抱え上げ、普段は決して廊下を走ることのないレーヴェさまが、駆けている感覚をこの身に感じます。


 顔に感じる熱とは違う、レーヴェさまの体温にほっと息を吐きたくなって、けれど少し顔の皮膚が動いただけでも熱さが増してしまいますから、どうにも出来ずただ運ばれるだけ。


 医務室は一階の端にあり、扉を恐らく足でノックしたレーヴェさまに、中から開かれる音がしました。


「はい、どうしました?」

「彼女が顔に何らかの液体をかけられました。吸血種のお方です、見てください」

「……! はい、中へどうぞ。一番手前のベッドに寝かせてください」


 医務室には常に医師が在中していると聞きましたが、聞こえて来たのは壮年と思われる男性の優しい声。


 レーヴェさまにそっとベッドへ下ろされるのを感じて、わたくしも目は閉じたまま顔を覆っていた手を離します。


 きっと、顔は赤く代わり一部——特に目の周りが爛れていることでしょう。


 分かりますわ、一度陽光液が手にかかった時そうだったのだから。


「これはまずい、すぐに拭き取りをします」


 返事も出来ないまま、恐らく水で濡らしたのでしょうタオルで顔を、そして手を拭かれました。


 そのお陰で多少は感じる熱も減りましたけれど、まだまだ我が身を苛みます。


「ああ良かった、月光液がある。フェリシア王女、すぐに熱は引きます。安心してください」


 その言葉に、何とか首を縦に動かしました。月光液は陽光液の効能を中和することが出来ますから、ええ、確かにあってようございました。


 新しいタオルへ月光液を含ませたのでしょう、ひんやりとした気持ち良い感覚が顔全体と両手に感じます。


 ゆっくりと、けれど確実に熱が引いていく感覚が心地好い——ですが、月光液で出来るのはそこまで。爛れた皮膚を回復させるほどの力はありません。


「応急処置はこれで大丈夫です。ただ……皮膚の爛れについては……」

「これは……、ちを、おおく、……飲めば。かい、ふく……いたし、ます……」


 医師の言葉に被せて口を開きます。幸いにも口の中には入りませんでしたから、声を発すること自体は問題ありません。


 ただ、口の周りも爛れておりますから、どうにも発音が難しくなってはいますね。


 今日はもう授業を受けることも出来ないでしょうから、寮へ戻って回復するまで血を飲み、ベッドで休むしかありませんわ。


 本当になんてことをしてくれたのでしょう、ガウスさまは。


「フェリ……すまなかった、俺が一緒にいれば庇ってやれたのに」


 まあ、レーヴェさま。そんなことはお気になさらないでくださいまし。


 全ては思い込みで行動されたガウスさまの責でございます、レーヴェさまを責めることなど何一つございません。


 そうお伝えしたいのですけれど、まあ、上手くいくはずもありませんわよね。完全に回復しましたら、改めてお礼と共にお伝え致しましょう。


 陽光液での皮膚爛れは、痛みがないのが特徴です。ですから、それだけは不幸中の幸いでした。

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