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吸血姫の緋唇〜氷の皇子と紡ぐ異種族恋愛譚〜  作者: 猫餅


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25.事実無根の糾弾

 魔術解析の授業が終わり、レーヴェさまと共に席を立って廊下へ出た時、わたくしの前へ怒り心頭といった様子のガウスさまが立ち塞がりました。


 その姿にレーヴェさまだけではなく、周りの生徒たちにもざわめきが広がります。


 何せ今にも掴みかかろうとばかりの形相ですから、そんな顔を向けられているわたくしも困惑しかできません。


「ごきげんよう、ガウスさま。わたくしに何か御用でしょうか」

「解きなさいよ!」

「……何をですか?」


 わたくしに対しての第一声に、思わず首を傾げてしまいました。そんな仕草が気に入らなかったのでしょうか、彼女は更に眉をきつく寄せて、大きな声を発します。


「レオンにかけている魅了の魔術を解けって言ってんのよ!」

「ガウスさま。何か勘違いをされているようですからお伝え致しますけれど、わたくしそういった魔術をレーヴェさまに仕掛けたりしておりませんわ。それに、一国の皇太子ともなれば、そういったものに対する防御策もありましょう」


 この方は一体何を言っているのでしょう。わたくしがレーヴェさまに魅了の魔術をかけている? 一体どこからそんな発想が出てくるのか、その思考回路が全く分かりません。


 かけていないものを解けと言われましても、叶うはずもなく。


 しかし、彼女はすっかりわたくしがそういった魔術でレーヴェさまの心を操っていると思い込んでいるらしく、話が通じません。


「レオンのお嫁さんはあたしなの! なのに魅了なんて卑怯な真似して恥ずかしくないの!?」

「重ねて言いますが、魅了の魔術など使っておりません。そして、事実無根の話をこうして大勢のいる前でなさるということは、わたくしに敵意ありと受け止めてよろしいですね」

「はあ!? じゃあなんでレオンがあんたなんかと一緒に行動しているのよ、可笑しいでしょう!」

「それはレーヴェさまの自由意志では?」


 埒が明きませんね、わたくしこういった方の相手をするのは疲れますから好ましく思っていないのですけれど。しかし、侮辱されたままでいることなど出来ません。


 わたくしはブラッドナイト王国第三王女。国を代表してここにおりますから、この身への侮辱は国への侮辱と受け止めましてよ。


「ガウス嬢、自分が何をしているのか理解しているのか?」

「レオン! 大丈夫、絶対あたしが解かせるからね!」

「私に魅了魔術は効かない。そういった術を使われた形跡もない。彼女の傍にいるのは私の自由意志であって、貴様の妄想をフェリシア姫にぶつけるなど、言語道断」


 氷よりも更に冷たいその瞳が、怒りの熱を伴ってガウスさまに向けられました。


 彼女のしていることは国際問題に発展しかねない侮辱行為ですから、さもありなんと申しましょう。


 レーヴェさまの言葉に一瞬怯んだものの、それさえもまた怒りに変換して、ガウスさまはわたくしを睨み続けております。


 己の間違いを認められないのか、それとも本気でそう思い込んでいるのか。これは後者でしょうか。


 何れにせよ、こうして妄執に囚われたものは厄介です。わたくしはただ、留学生としてこの地に赴いただけなのですよ。


 それなのにどうしてこう厄介なことに巻き込まれるのでしょう。


「仮に私に魅了魔術がかけられているのなら、この学院の教師が気づかないはずがない。そして守護のアクセサリーもまた何の反応も示していない。つまり、貴様の勝手な妄想だ」

「そんなわけない! じゃあなんでその女ばっかり構うの!? レオンのお嫁さんになるのはあたしなのに!」

「ハア……。私が彼女に心を寄せているからだが? そして、貴様を妃とする未来は決してない。このことは、ガウス伯爵家にも伝えることとする。……行こうか、フェリ」

「待って! ねえ、絶対あたしが解いてあげるから!」


 わたくしにだけ優しい声色で言葉を発するレーヴェさまと、意味が分からないとばかりに怒りと困惑と敵意を表情に浮かべるガウスさまの対比に、周囲の皆様も遠巻きにみていらっしゃいます。


 レーヴェさまに促されて、背後でまだ大きな声を出していらっしゃるガウスさまを置き、わたくしたちはその場を離れてサークル室のある文化棟三階へと向かいました。


「本当に申し訳ない。あの娘は昔から思い込みが激しいと社交界でも有名だったんだが……まさか一国の王女にあのような態度をとるとは」

「心中お察し致します。あのような方は、その妄想癖を治すことなど出来ませんもの。わたくしとしても、あれ以上言葉を続けられましたら、正式にガウス伯爵家へ抗議をせねばなりません」

「ああ、分かっている。先に俺の方から苦言を呈しておこう。皇帝陛下と皇后陛下にもお伝えしなければな」


 共にいる時は常春の微笑みを浮かべておられるレーヴェさまも、険しい顔をなさっておりますわね、まあ仕方のないことでしょう。


 何せ自国の貴族令嬢が、他国の王族に対して礼を欠いた態度をとったのですから。わたくしでなければ即刻問題にしていた可能性もありましてよ。


 魅了魔術を使うなどという侮辱、流石に温厚なわたくしでも怒りを感じておりますから。勿論、猫を被って表に出したりは致しませんけれども。


「それにしても、どこから魅了魔術などという発想が出たのでしょうか。ガウスさまは、その、そういったことを思いつくような雰囲気はないと思うのですが」

「そうだな……他にも探らねばならないことがあるらしい。フェリ、折角の留学をこのような形で穢してしまったこと、幾ら謝罪しても足りない」

「レーヴェさま。今は先程のことを忘れて、サークル活動に勤しみましょう。本がわたくしたちを待っておりますわよ、読書の前にお茶を楽しむのも良いですわね」

「……ああ、そうだな。今日はミルクティーの気分だ」

「あら、奇遇。わたくしもですわ、着いたら淹れさせましょう」


 ここで気にしていません、などと言うことは致しませんわ。ですが、レーヴェさまには非などありませんもの。


 温かなミルクティーを飲んで、美味しいお茶菓子を食べて、ほっと一息を吐いてから本を捲ると致しましょうね。


 それにしても、恋する乙女の思い込みは面倒なものになりそうです。


 流石に直接的な害は与えてこないと思いますが……いえ、あの声の大きさも十分な害ですわ。耳が痛いもの。

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