21.皇后陛下とのお茶会
ブラッドナイト王国の第三王女であるわたくしは、留学中のお役目の中に外交も含まれております。
ですから、ええ。皇后陛下主催のお茶会へお呼びかけを頂くだろうことは、初めから理解しておりました。そして、その際に国の恥とならぬように猫を被ることもまた容易く。
ただ、それはネモ帝国に訪れてすぐまでのことでございます。今は、レーヴェさまからの猛アピールに胸が何とも言えぬ状態である、と申しますか。
「……いいえ、それは弱音でございます。わたくしが心乱された状態で居続けるなどあってはいけなくてよ」
そう、例え皇后陛下——レーヴェさまの母君が主催のお茶会だとしても、わたくしはいつもの通りに振る舞えば良いのです。あくまでも第三王女としてのお呼ばれなのですから。
お茶会は土曜日の午後から行われると招待状への記載がございましたから、わたくしもそこに向けて精神状態を整えて参りましょう。
そう決心していたのですけれど。
「それで、フェリシア姫。我が息子レオンハルトとの仲は進展されまして?」
「……皇后陛下、お戯れを」
わたくしにしか聞こえないほどの声の大きさというのは分かっております。ええ、理解しておりましてよ。ですが、それをこのお茶会の場で仰るのですか!?
土曜日、お茶会当日。わたくしは馬車に乗って登城し、皇后陛下主催のお茶会へ主賓としての参加をしておりました。主要な貴族家のご婦人方とも言葉を交わすことが出来たのは良いことです。
しかし、まさかこの中でレーヴェさまについての話題を出されるとは思いもよりませんでした。絶対にレーヴェさまから皇后陛下へわたくしへの、……求愛、の、件がお話されていますわね。
彼女の瞳には愉快そうな色が乗っておりますもの、それを隠すご様子もない。そして周囲にいらっしゃるご夫人方、隠す気もなく興味津々にわたくしたちの方へと目を向け耳を立てていらっしゃる様子、気づいておりましてよ。
ふう、と吐き出してしまいたくなる息を収めて、笑顔を貼り付け続けます。猫、まだ出番は終わっていませんわ。剥がれてはなりません。
「ここにいるのは子息を持つ夫人ばかり、お気になさらなくても問題ありませんわ。学園での様子も知っておりますし、そして息子本人の熱の上げようを見て察せぬ者などおりません」
「レーヴェさまには、いつも親切にして頂いております。常春の如きお優しいお方でございますわ。……、懸想頂いていることは、充分に存じております」
最後の言葉は、我ながら消え入りそうなほどの大きさとなってしまいました。だって、皇后陛下からレーヴェさまの恋について直接問われるだなんて思ってもいなかったのですよ!
それに、こういうお話は母君へ恥ずかしくてお伝え出来ないものではないのでしょうか。片想いですのよ? 我が兄たちも、想いを通じ合わせる前は頑なにお母さまへ内密にされておりましたもの。
「フフフ、その愛らしさ、レオンハルトが夢中になるのもよく分かります。フェリシア姫、わたくしはあなたが皇太子妃になる未来を歓迎します」
「……!?」
それは、皇后陛下からのレーヴェさまとわたくしの婚約を結ばないかという打診でございますね。——何故このような場で!?
「わたくしの夫、現皇帝も、夫婦となってくれとそれはもう執拗い有様でしたから。今、毎日……いえ、ほんの少しの時間があるだけで口説かれているのでしょう?」
「ええ、……レーヴェさまはとても情熱的なお方でございます」
お言葉の通りでございます。ええ、それはもう、本の僅かな間さえあれば言葉で、そして態度で示してくださっておりますわ。その度にわたくし、頬が熱くて熱くて。
そしてグルムバッハさまからの視線も日に日に強さが増しているのですよね。ガウスさまにもすれ違う度に敵意を思い切りぶつけられておりますのよ。
まあ、その程度何も感じませんけれども。たかが視線、たかが敵意。そのようなものでこのわたくしが怯えることなどありません。
「レオンハルトは、昔から誰かに執着を示したことがありません。あなたが初めてなのですよ、フェリシア姫。わたくしは皇后としても、母としても、息子の初恋を応援しておりますの」
「皇后陛下、そのことを直接わたくしへお伝えくださった理由を伺ってもよろしいでしょうか」
わたくしからの問いかけに、皇后陛下は嬉笑を描かれます。それから真っ直ぐに、レーヴェさまのようにわたくしの瞳を見つめながらにおっしゃるのです。
「勿論、息子の背中を押すためです。その様子ですと、どうやら悪くは思われていないご様子。ならば、あの子にも勝機はありましょう」
そう言って口許を扇で隠される様子に、わたくしも眉尻をつい下げながら微笑むことしか出来ませんでした。成程、息子の応援、でございますか。
これはきっと、皇帝陛下まで話が通っておりますね? わたくしがレーヴェさまに応えを返したら、何かしらのアクションがあるのでしょう。
皇后陛下は若く、美しい方です。年齢だけで見ればわたくしの方が上となりますけれど、人間種よりも吸血種は身も心も育ちがゆったりとしておりますからねえ。
分かっておりますのよ、このままではならないと。非公式とはいえ、一国の皇太子殿下から求愛を頂いているのです。本来ならばその場で返さねばならぬものを、レーヴェさまのご好意でお待ち頂いているも同然。
「フェリシア姫の困惑は、わたくしも理解しております。留学でこの国へいらっしゃって、皇太子である我が息子から愛を囁かれることになるとは思いもしなかったのでしょう。ですが、あの子は本気なようですから……これは皇后としてではなく、一人の母としての願いです。どうか、あの子の想いに対して深く考え、それから応えをくださらないかしら」
そう仰る皇后陛下のお顔は、確かに先程のものとは異なる、優しい母君のものでございます。ええ、元よりそのつもりですから、ご心配なさらないでくださいまし。
「あなたがどのような答えをその胸に抱かれたとしても、それはフェリシア姫だけのものですから」
そう微笑まれる皇后陛下に、わたくしも口許を綻ばせます。きちんと答えを出しますので、どうぞ、もう暫く猶予を頂きたいのです。




