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吸血姫の緋唇〜氷の皇子と紡ぐ異種族恋愛譚〜  作者: 猫餅


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19.恋の味、または執着の味

 放課後、わたくしとレーヴェさまはサークル室ではなくサロンルームにて向かい合いソファへと腰を下ろしております。


 彼の行いについて一つや二つ、言いたいことがございましてよ。


 けれども、本題に入る前にまず紅茶を頂きましょう。そうしてお互いに心を落ち着かせてから、わたくしはソーサーへティーカップを置きました。


「レーヴェさま。先程の行いについての弁明はございますか」

「ない。あれを行うことの意味を理解した上で、俺の血をあなたの口へと触れさせた」

「……。わたくしたち吸血種は、その血の味により相手のその時抱いていた感情を読み取ることが出来ます。喜びの味、苦しみの味、怒りの味、——恋の味。または、執着の味」

「ああ、それも知っている」


 レーヴェさまは常春の笑みを浮かべながら、わたくしを見つめます。そこには今まで隠していらっしゃったのだろう、恋に溺れた瞳があるばかり。


 ええ、存じ上げております。その瞳は、視線は、兄姉の婚約者たちが、そして兄姉が婚約者たちへ向けるものと同じでございますから。そういったものは、よく目にしておりましたので。


「あなたの血は、……酷く、甘くて喉に絡みつくほどでした」


 そう、その味が、まだ舌の上に、喉の壁に、へばりついて離れないような感覚を覚えるほどに。


 わたくしとレーヴェさまは、晩餐会が最初の会話でございました。それから重ねた時間は、まだ多いものではございません。なのに、彼の執着心の強さは一体どういったことなのでしょう。


 それとも、恋とはそのように強く強く相手を求めるもの——ああ、これは吸血種の特性でもありますね。


 いえそうではなく、何故人間種のレーヴェさまがそれほどまでの想いをわたくしに向けるのかということです。


「フェリは才女だが、まだそちらの感情には疎いのか。俺もこれほど激しい熱を抱いたのは初めてのことだから、上手く言語化出来るかは不安が残るが、それでも疑問には答えよう」

「……率直に申し上げます。レーヴェさまは、わたくしをどうなさりたいのですか」

「俺の伴侶として、隣で生きて欲しい。フェリが啜る血は全て俺のものでなければ嫉妬に駆られる。先程だってそうだ。寿命の差を厭うのならば、それさえも必ず覆してみせる」


 真っ直ぐに、逸らされることなくわたくしへ向けられるその言葉。どれもこれもが胸の奥にずくりと針を刺すようで、何だか頬が熱いような、そんな、気の所為までして来るのです。


「フェリ。最初は一目惚れだった、あまりの美しさにその(かんばせ)を忘れることが出来ず、次に上等な楽器より尚艶やかなその声に魅了された」


 わたくしが何も返せぬ間に、レーヴェさまは言葉を続けられます。待って、と止めたいのに、わたくしの口は意味もなくはく、と震えるばかり。


「このサロンルームで話して、数日ながら共に時間を過ごして、その想いは薄れるどころか酷く濃く、俺の胸へとこびりついている。フェリが欲しい。俺以外に微笑む姿へ嫉妬してしまう。その唇に触れる血液は、何故俺のものではないのかと苛立ちを覚える」


 ヴェールを被ったまま、わたくしは顔を逸らしてしまいました。だって、だって、そんな真剣な眼差しを向けられたことなどありません。


 止めてください、わたくしにはその言葉が本心からのものだと分かるのです。あの時味わった血の味が、それを肯定するのですよ。


「あの時血を飲ませたのは、俺を意識させるため。俺の味を覚え込ませるため。吸血種にとって、自身へ恋慕の情を、そして執着を向けて来る者の血は格別なものなのだろう」


 そうです。その味を知ってしまえば、抜け出せなくなってしまう者だっていたのですよ。


 わたくしたち吸血種は人間種に比べて遥かに寿命が長いので、そういったお話も昔話などではなく直近のこととしてお母さまから聞いておりました。


「そうなれば良いと思って、俺は行った。——フェリ。あなたは俺を誤解している。優しい男だと思ったか? それは大きな間違いだ、恋しい者をこの腕に捕らえるためならば、あんなことさえもしてしまう男。それが俺だ」

「……、わたくしに、血の味だけで求められても良いと?」

「いいや。恋心だって俺のものにする」


 微笑むレーヴェさまは、いつもと変わらぬ常春。しかし、その瞳だけはぎらぎらと強く輝き、まるで真夏の太陽が如く。


「わたくしよりも好いと想う方が現れる可能性だってございます。特に、わたくしたちはまだ出会ってから一月さえも経過していないのですから」

「あなた以外に絆されることはない。吸血種は愛した相手に強い執着を持つというが、それは人間種だって変わらないんだ。それをこの先、フェリが理解するまで教えてやろう」


 すっと立ち上がったレーヴェさまが、わたくしの元へと歩み寄り、そして跪きました。ネモ帝国の皇太子殿下にそのようなことをされるなど思ってもなく、ああ、何も反応することが出来なかったのです。


 彼はわたくしの手をそっと掬い上げ、白いレースの手袋に覆われた指の先へとくちづけました。その姿はとても美しく、否応なしに目を引くもので。


「ほ、……本気、なのですか」

「本気だ。フェリがまだ俺をそういう目で見ていないことは分かっているが、だからといって諦める理由にはならない。必ず俺に恋心を抱かせよう」


 その偽りのない声に、顔のみならず首まで赤くなっている気がします。ああ、どうしましょう、レーヴェさまは人間種なのに。そんなに真っ直ぐ見つめないでくださいまし。


 わたくしは、自国で見合いをして、適当な相手の元へと嫁ぐのだと思っていたのです。なのに、急な留学が決まって、更には恋をされるだなんて思ってもなかったのですよ。


「その顔を見る限り、脈は全くないわけではないな。ならばこの先は俺の手腕次第、必ずあなたの心を奪おう」

「レーヴェさま……」

「数日であなたも俺へと心を寄せてくれるとは思っていない。だが、少なくともこの身に流れる血潮の味はお気に召したのだろう? いつの日かこの首に、あなたの牙を突き立ててくれ」

「……!」


 それは、その言葉は。我がブラッドナイト王国にて昔からの求婚に用いられる言葉なのですよ。ねえ、分かっていらっしゃるの?


 いいえ、レーヴェさまのことです、きっと分かった上で仰っているのでしょうね。ああ、どうしましょう、お母さま。


 ——お母さまは、娘のこのような状態を楽しみそうですわね。

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