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吸血姫の緋唇〜氷の皇子と紡ぐ異種族恋愛譚〜  作者: 猫餅


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17.血液補給

 目の前にはガウスさま。隣には眉を寄せるレーヴェさま。そして背後にはグルムバッハさま。何とも申し上げ難い並びとなりましたわね。


 そしてガウスさまもグルムバッハさまも、わたくしへ投げかける視線の痛いこと。ああ、小声でも聞こえておりますよ、グルムバッハさま。「何故あの女が皇太子殿下の隣に」と仰いましたね。


 そしてガウスさまは相変わらず声がよく響くお方です。前回の大きなお声を思い出して、体が驚きに跳ねそうになってしまいました。


「……フェリ、クラス室に入ろう。席も隣に。俺の反対側はエトヴィン、頼めるか」

「喜んで、レオンハルト皇子」


 微笑むエトヴィンさまが先んじてクラス室へとお入りになられ、わたくしもレーヴェさまのエスコートを受けながら共に入室を致しました。


 腰を下ろす場所を一番後ろの廊下側の席に選んでくださったのは、お気遣いでしょう。わたくしのもう一つ隣にグルムバッハさまもしくはガウスさまがお座りにならないように。


「今日の試験、わたくしはこれで最後でございますが、レーヴェさまとエトヴィンさまは如何ですか?」

「俺も魔術解析が最後だな。ああそうだ、選択科目の試験のある週は、必須科目の三日間とは異なってサークル活動が許されている。サークル室に行くか?」

「私はまだ一教科残っています。もしフェリシア王女がよろしければ、レオンハルト皇子と共にサークル活動は如何でしょう」


 レーヴェさまからは直接のお誘いを、エトヴィンさまからはレーヴェさまへの同行を勧められましたわね。ええ、異論はなくってよ。


 お二方にサークル室へご一緒したい旨、そしてサークル活動も行いたいとお伝え致しましたら、各々方頷いてくださりました。


 それにしてもエトヴィンさまからは、レーヴェさまとわたくしの距離を近づかせようとの意図が感じられるような気がしますが、気の所為でしょうか。


「えーっ、レオンいつの間にサークルに参加してたの!? あたしのこと誘ってくれてない!」


 穏やかな会話へと割って入って来たのは、ガウスさま。レーヴェさまの前にある席におかけになって、こちらを振り返ってあのよく響く声をお出しになりました。


 こんなに間近で聞くと、更に驚いてしまいます。ああ、耳が痛い。ここで耳を手で押さえるのは失礼に値しますわよね。いえ、突然会話へと割り込んで来る方が如何なものかとは思いますけれど。


「フェリ、大丈夫か?」

「え、ええ……。もう、試験も始まる時間ですから、問題ありません」

「ちょっとお、あたしの話聞いてる!? レオンってば〜!」

「黙れ」


 わたくしに向けてくださる普段の常春の笑顔とは異なり、酷く冷たい——それこそ、氷の皇子の異名も納得の眼差しがガウスさまに向けられました。


 しかしそれでも尚彼女は「何で!? レオン酷いよ!」と言葉を返されます。凄い胆力の持ち主ですわね。


「ガウス伯爵令嬢。その大きなお声を隣で出さないでくださいます? 耳が痛くて仕方がないわ」

「はあ? そんなこと言われる筋合いないわよ」

「言葉の意味が分からないの? 煩い、と言っているのよ。そして皇太子殿下に馴れ馴れしい、失礼にも程があるわ」

「あのねえ——」

「ご令嬢方、レオンハルト皇子の前で醜い言い争いをなさらないでください。それをなさりたいのならば、クラス室から出て行って頂きたい」


 どんどんと加熱して行きそうなお二人の口論を止めたのは、厳しい眼差しと普段よりも怒りに満ちた声をお出しになったエトヴィンさま。レーヴェさまも冷え切った眼差しでございます。


 そう言われてしまえば、お二方もそれ以上の口論は続けられないご様子。わたくしもようやく耳の痛みの原因がなくなり嬉しいものでございます。


 そうしている間に試験官が入室され、魔術解析の試験が始まりました。途端にしんと静かになったクラス室、響くのは紙を捲る音と万年筆のペン先が走る音ばかり。


 わたくしも問題を読み、解答を用紙に書き込んでからまた次へ、と解いて行きます。ふふ、順調ですわね。


 ——あ、ここは引っかけ問題。ですがその罠にはかかりませんことよ。


 魔術解析もⅠからⅣまでの問題を全て解き、合格点を頂きました。他の方の集中力を削がないように退室すべく、椅子から静かに立ち上がらねばなりません。


 すると同時にレーヴェさまも腰を上げられて、二人顔を見合せ声なく笑んでから、そっと退室をします。


 廊下に出て、試験中の教室を通り過ぎます。その間は勿論、他の生徒の邪魔にならないように口は閉じたまま。


 ふう。それにしても、やはり日中の活動は疲れが強く出てしまいますね。少量でも血の摂取をして、体力の回復に努めねばなりません。


「レーヴェさま。わたくし、少々用事を済ませてから待機室に向かいますわ」

「用事?」

「ええ、その……血を、少々」


 流石に飲みますので、までは言い辛いですわ。ですが、そこで察してくださった筈のレーヴェさまはいつもの常春の微笑みを浮かべたまま、首を傾げられます。


「飲むのなら、俺の前で」

「え、いえ、それは……」


 人間種は血を飲むという行為に対して多少なりとも忌避感があると思っていたのですが、レーヴェさまのご様子にはそれが窺えませんね。とはいえ……。


 しかしそう戸惑っていても、時間は過ぎて行くばかり。少々恥ずかしくはありますが、致し方ありません。


「分かりました」


 二人揃って待機室に入ると、やはり誰の姿もありません。飲むならば今ですわ。


 胸元から血液入りの小瓶を取り出して、その容器の上部を軽く捻ります。完全なる密封状態にするために、小瓶の先端まで一つの作りとなっていますのよ。


 ぱきん、と軽い音と共に開封をして、即座に口に含みます。小瓶の内部を、ゆっくりと伝っているのだろう赤色が、血が、唇に触れて——ごくん。


 喉を、はしたなく鳴らしてしまいました。だって、甘くて。おいしくて。


 体が満たされるのだから、仕方がない。そう、でしょう?


 ああでも、どうしてわたくし以外の喉の音が聞こえたのでしょうか。音が重なっていても、分かりましてよ。


 レーヴェさま。

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