15.【幕間・レオンハルト】吸血種の姫君
吸血種の最後の楽園とも呼ばれるブラッドナイト王国。その国から第二王子が我が帝国の学院高等部へ留学予定であったが、それを第三王女に変更したいという申し出があった。
俺がその知らせを聞いた時は、直前になって何を、と思ったものだ。こちらは第二王子に合わせて準備を進めていたというのに。
だか、皇帝たる我が父はそれに仕方がないと頭を横に振る。何でも、吸血種というのは一度伴侶を定めるとその相手に異様なほどの執着を抱くのだそうだ。
そして第二王子は留学直前にその相手を見つけてしまった——下手に留学に来れば、ブラッドナイト王国で内乱が起きる可能性まであるという。
「まあ、第三王女は王子王女の中で最も才に溢れる人物だというからな。それに入寮先は変わらんのだから、良いだろう。案外お前も惚れてしまうやもしれんぞ、その才気も美貌もかの国中に響き渡ってもいるそうだ」
「ご冗談を。まあ、もしそうなれば全力で捕まえに行きますよ」
皇帝としてというよりは、父としてだろうその軽口に肩を竦めて応えたのは、本当にただの意趣返しだった。何せ、こうやって自分の子供を揶揄うのが好きな人であるのだから。
その日は御前を辞して寮へと戻り、中等部から高等部へ上がるための準備と第三王女歓迎式典、及び晩餐会に向けての準備に取りかかった。
「それにしても留学して来るのが第二王子から第三王女へ変わってしまうとは、皇子に我々以外の学友が出来ると思ったのですが」
「アルミン。ですが、確かに残念ではあります。我らも楽しみにしておりましたから」
そう語ったのは、俺の数少ない心を許せる友人であり側近候補のアルミンとエトヴィン。軽口を叩いているアルミンだが、何れにせよ彼はその外面と異なり人見知りなのだから支障はあるまいに。
エトヴィンは表情変化こそ乏しいが、彼の方が人懐っこくはある。尤もそれを理解されるまでに少々時間を要するタイプでとあるが。
「まあ、多少準備に変化は出てしまうが大した差ではない。それよりお前たち、晩餐会では俺の傍から離れてくれるなよ。あの女、まだ付き纏って来る」
「ああ、ガウス伯爵家の。確かガウス伯爵からもご息女へは注意をされていると聞きますが、学院中等部ではかの方の目も届きませんからね」
そう頷きながら呟くエトヴィンに、俺は溜息で応える。何度レオンと呼ぶな、付き纏うなと言っても「もう、照れてる?」と頭を花畑にして寄って来るあの女にはうんざりしているんだ。
式典では爵位のない者、そしてその子息子女が参加出来ないから良い。だが晩餐会ではその縛りがないからな。ガウス伯爵が連れて来なければ良いんだが、さて。
そんな憂鬱さを纏いつつ、確りと皇太子としての仮面を被って日々を過ごす。これ以上余計な者に付き纏われるのは勘弁願う。
そんなことを思いながら日々を過ごしていると、気づけば式典当日になっていた。面倒だがこれもまた皇族としての務め、そう思って大人しく参列していたその日に、俺は運命と出会った。
ブラッドナイト王国からやって来たその第三王女——フェリシア姫は伝え聞く噂に違わぬ美貌を持っており、皇帝、そして皇后との会話一つにも気品を見せる人物であったのだ。
その鈴が転がるような愛らしい声で紡がれる音一つ一つが俺の鼓膜を優しく愛撫して、すぐにでもこの腕に捕らえたくて堪らなくなる。
ブラッドナイト王国は基本的に夜に活発な活動をする国だという。それは吸血種の特性によるものだそうだ。かの種族は人間種とは異なり昼間を就寝時間、夜を活動時間としている。
それ故にフェリシア姫にとっても昼間に行われる式典は辛いものがあるだろうに、それを一切見せずに凛として立つ姿は本当に美しい。
言葉一つとっても穏やかで、皇帝も皇后もその人柄を気に入った様子だ。そして勿論、俺もまたそう。彼女のことをもっと知りたいと願うほどには気にかかっている。
式典が終わり一旦の解散後、皇后主催の晩餐会が開かれる。勿論主役はブラッドナイト王国第三王女、フェリシア姫。
彼女のための晩餐会であるのだが、帝国貴族はその美貌と才気に惹かれて次々と彼女に話しかけるものだから、疲れさせてしまったのだろう。
バルコニーへ出て夜風に当たりに行ったフェリシア姫をそっとしておいてやりたい気持ちもあったが、その背に近寄ろうとするどこぞの子息を見て気が変わった。
「——失礼。ブラッドナイト王国第三王女、フェリシアさまでしょうか」
「はい。……失礼致しました、皇太子殿下。ブラッドナイト王国第三王女、フェリシアにございます。どうぞお見知り置き頂きたく、お願い存じます」
凛と伸ばされた背に向けて先んじて声をかけると、どこぞの子息は肩を落として足を止める。
そして振り返ったフェリシア姫は、俺に対して美しいカーテシーを披露してくれたので、こちらもボウ・アンド・スクレープにてお返しを。
銀色の髪が夜に映え、真っ赤な瞳は俺だけを捉える。その悦びに胸が満たされるのを感じながら、浮かんでしまう微笑みをそのままにいつもより勝手に甘くなる声で言葉を続けた。
「明後日から学院の高等部へ留学生として編入なされると聞く、私も同学年だから何か困ったことがあれば言って頂きたい」
困ったことがなくても頼って欲しい。そう思うのは、彼女へ一目惚れをしてしまったからだ。
この先より深くフェリシア姫のことを知っていくことでそれも薄れて行くのだろうか、それとも俺の心は更に深く囚われるのか。それはまだ分からない。
けれども、何となく。俺は彼女から目を離すことが出来なくて、フェリシア姫からの愛を求めてしまうような気がしてならない。
巷で流行っている恋愛小説ではないが、きっと運命の人というのが適切な言葉なのだろう。
人間種と吸血種。そこには寿命という大きな壁が立ち塞がることも分かっている。それでも尚、俺はフェリシア姫を求めてしまうのだろう。
まだ碌に言葉も交わしていないのに。これでは、あの女を嗤うことが出来なくなる。——いや、あれほど彼女の意思を無視して近づきはしないが。
出来ることはやる、そうでなくてはならない。何せ、この美しい吸血種を花嫁に迎えたいと願うのだから。




