1.突然の留学決定
人族吸血種。わたくしはそう呼ばれる種族の王家に連なる者、血を啜りそれを糧として生きる存在。
吸血種最後の楽園、ブラッドナイト王国。その国で女王と王配たるお二方の第五子として生まれたわたくしは、現在そのお母さまとお父さま、そして姉兄たちの前ではしたなくも目を見開いてしまいました。
「——申し訳ございません、お母さま。わたくしが、どこへ留学せねばならないと仰いましたか」
「混乱するのは分かる。だが、これは決定事項。我が名において、愛しき娘、ブラッドナイト王国第三王女フェリシア。そなたにネモ帝国帝立フリューネモ学院高等部への留学を命じる」
「……拝命致します、我らが女王陛下」
有無を言わせぬお母さま、いいえ、我が国で絶対的な権力を持つ女王陛下から下される命に従うほかございません。
わたくしはスカートを摘み、右足を左足の斜め後ろに引き、膝を曲げてカーテシーを行います。すると纏う圧倒的強者としての雰囲気を霧散させて、お母さまは微笑まれました。
「そう難しく考えずとも良い。本来ならば第二王子であるルーサーが向かうはずだったが、これはその直前になって婚約者を捕まえたからな。外へ出すに出せなくなった」
「ハハ……、すまないな、フェリシア」
お母さまが手に持たれた扇で指したのは、わたくしの二十歳歳上である第二王子のルーサーお兄さま。ええ、存じ上げておりますとも。先日伯爵家のご令嬢と共に婚約のご報告を頂きましたから。
吸血種は独占欲と執着心がとても強い種族でございます。故に想いを通い合わせ、さあこれから蜜月というところで他国へ出そうものなら内乱に発展しかねません。
ええ、ええ。分かっておりますとも。他国へ出せる王家の者はわたくしだけでございますから。第一王女第二王女、そして第一王子である姉兄たちは全員婚約者持ち。
わたくしはまだ見合いが出来る年齢に達しておりませんし、あまり社交というものをこなして来ませんでしたから良いお方もおりません。つまり消去法が適用されたのですね。
「ルーサーお兄さまを無理にネモ帝国へ留学させてしまえば、伯爵家のみならず民の多くからも王家へ批難が集まりましょう。であれば、わたくしが向かうのも道理でございます」
本当は行きたくありませんけどね。後二十年はこの城でのんびりと過ごすことが出来たのに、ああ悔しい。
しかし、ネモ帝国のみならず吸血種以外の人族が多い学校の高等部は四年制と聞き及んでおります。たった四年、それだけ我慢すれば残りの十六年はまた穏やかに過ごすことが出来ましょう。
少しの我慢でございます、たかが四年程度、昼夜逆転生活だって送ってみせますとも。いえ叶うならば夜活動して昼間眠りたいですけどね。
「私たち吸血種にとって昼間に行動するというのは辛いことだ。確りと太陽対策をするのだよ、フェリシア」
「はい、お父さま。長袖、手袋、遮光タイツ、ロングブーツ、そして日傘。全て予備を持って向かいます」
「うむ、よろしい。太陽の光を浴びると肌が乾燥してしまうからな、気をつけるのだぞ」
「勿論です、お母さま。わたくしも痛い思いはしたくはありませんから」
お父さま、お母さま、そしてその後にはお姉さまたちやお兄さまたちからも口々に心配の言葉を貰い、わたくしの胸は暖かくなりました。優しい家族のことが愛おしくて堪りません。
わたくしたち吸血種は太陽の光を長時間浴びていると、疲労の蓄積が大きく肌も乾燥してがさがさになってしまいます。そうなると、回復するのに血を飲むか時間をかけるかするしかありません。
そんなことはごめんです、確りと太陽対策をしますとも。今だって少し外に出ただけでその後はぐっすり眠ってしまいますから、それが四年続くとなれば——対策なしで乗り越えられる気がしませんわ。
「ネモ帝国への出発は三日後、入学式は九日後だ。入学式前日から寮へ入れるということだから、数えて七日後に到着。その日の夜は皇室主催の晩餐会に参加し、次の日に入寮、という形になる。忙しないが、これでもわたくしも調整を出来る限りしたのだ」
「いや本当にフェリシアへは申し訳が立たないなあ……」
「ええ、ええ、存じております。お母さま、そしてルーサーお兄さまもお気になさらないでくださいまし。何も問題ございません、この国の第三王女として恥ずかしい姿を晒しは致しませんから」
本当はもっと猶予が欲しいですけれど! 二日で用意しなければなりませんのよ、わたくし!
こほん。いいえ、仕方のないことなのです、これも王族としての務め。
ルーサーお兄さまの代わりとして、ブラッドナイト王国の恥になるような振る舞いは致しません。そんなことをすればネモ帝国のみならず周辺諸国からも下に見られてしまいます。
わたくし、外面を取り繕う——いえ、仮面を被るのは得意でございますから、きっとやり遂げてみせますとも。
何より嘗められるのは癪に障りますからね、完璧な淑女を演じてご覧に入れましょう。国一番の穏やかな姫と名高いわたくしに被れぬ猫はありませんわ。
「ああそうだ、フェリシア。もしネモ帝国で良い出会いがあったのなら、この母にきちんと報告するのだぞ? 良いな?」
「え、ええ……かしこまりました、お母さま。もしそのような良き縁がわたくしに結ばれることがございましたら、ご報告させて頂きます」
ないと思いますけどね。だってネモ帝国や周辺諸国にいるのは百年も生きない人族ばかりなのですから。わたくしとは生きる時間が異なり過ぎて、仮に愛したとて苦しむだけでございます。
ならば、国に帰ってから適当な相手と見合いをしてその家へ嫁入りする方がずっと良いでしょう。少なくとも寿命の差で悩むことはありませんから。
わたくしはずっと、この穏やかで満ち足りた国で暮らすのです。外の国の、それも常春と名高いネモ帝国で嫁入り先を見つけることなどありはしませんわ。
ですからお母さま、そしてお姉さまたち、そんなにやにやとしないでくださいまし。はしたなくってよ。
「それでは、お母さま、お父さま。お姉さま方、お兄さま方。わたくしはこれにて失礼致します」
きちんとご挨拶をしてからわたくしは少々早足で自室へと戻ります。ああ、お腹が空きました。夜食と致しましょう。
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