第37話 嘘を吐かない男
それが放たれる寸前――スマホのアプリ画面に五つ目の光が出現し、これまでよりもさらに大きな音を放った。
「上――っ!?」
「玲、避けろーっ!」
さきほど天に打ちあがり闇夜に消えたはずの大きな爆発の光が、直径数メートルの火柱となって天空から玲めがけて落ちてきたのだ。
「玲ちゃん!」
咄嗟に玲が放った衝撃破は、巨大な火柱の範囲から俊太郎を吹き飛ばしていた。
間一髪で危機から逃れた俊太郎は、広場の生垣にぶつかりその場に崩れてしまう。
「逃げろ……玲、ちゃん……」
届かない手を伸ばしながら、俊太郎は悔しそうに声を上げて意識を失った。
「うわああああっ――――っ!」
玲は光の奔流に巻き込まれ思わず叫び声を上げていた。
見えない敵の攻撃は粒子の状態で身体の表面に纏っている装甲――Astreballe!(アストレバル)を顕現した玲に、耐えれないほどの苦痛を与えた。
熱いだけではない。
痛みや苦しみとともに、エヴォルに憑依された人の感情が玲のなかに流れ込んできた。肉体を奪われて暴れた心の痛み、誰にも知られたくなかった欲望を暴露されたことへの恨み、なにもかもを破壊してありとあらゆる過去をなかったことにしたいという怒りと後悔、羞恥心と背徳感、絶望が入り混じった負の感情が脳裏に侵入してきて、自我を保つためには叫ばずにいられなかったからだ。
「玲――っ!」
沙也加が数舜遅れて『万能の盾 bouclier universel』を顕現させ、光の柱から玲を救い出す。
仁菜を地面に置き、駆け寄った時、玲はくたりとして放心状態だった。
「玲っ、玲ッ、れいーっ! しっかりしろ、もう大丈夫だ! 玲、玲……っ、しっかりしてくれよ、玲……!」
ひざまづいて玲の頭を抱え沙也加は悲し気に首を振った。
あと一瞬早ければ、玲を救えたという気持ちが大きな後悔に変わっていく。手元にいた仁菜の安全を優先したため、反応が遅れてしまった。
もし、ここで玲を失ったらまた――また、この世界で、見知らぬ異世界で孤独に逆戻りしてしまう。
もういやだ、ここで独りきりになるなんて、もういやだ……。二度と、玲を失いたくない、二度と孤独になりたくない。二度と――自分のせいで大事な人や仲間を失ったという喪失感を味わいたくない。
そう思って助けることができなかった現実が心を押しつぶしてきて、悔しさが胸を締めつける。
ポタリ、ポタリ、と沙也加の両眼から大粒の涙が溢れ落ちて、玲の額を濡らした。
二滴、三摘ととめどなく涙が、雫となって玲の頬を流れ落ちていく。
濡れた頬がまた七色の光に染まったのを見て、沙也加は空を見上げた。
「エヴォル……? 違う。なんだ、こいつ――女の子……?」
オルスで沙也加が倒してきた数多くのエヴォルには、それぞれ特徴があった。
色の階位があることは基本だし、数本の角を持ち、人間より巨大な体躯を有しているのは当たり前で、どのエヴォルも天眼に同一の反応が見て取れた。
しかし、沙也加が見上げた先にいたのは、ジャケットと白いシャツ、パンツ姿で腰まである黒髪を風にはためかせており、顔には髑髏を思わせるような仮面を被っている。
身長が低く子供のようだ。胸のふくらみがなければ相手が少年なのか少女なのか見分けすらつかなかった。
敵は次の攻撃を放とうと、片手を突き出してエネルギーを集約していく。
もう片方の手に玲が持っていたアマノダイトが握られている。そのことに沙也加が気づくまでしばらくかかった。
「嘘っ、この短い間に……――どうやって? うわっ――!」
玲を失神させた光の柱が、またしても落ちてきて沙也加の頭上で火花を散らして拡散する。
生身の人間なら当たれば大怪我間違いなしの攻撃は、しかし、仁菜と俊太郎には及ばない。
沙也加はこの威力の攻撃ならあと数発は『万能の盾 bouclier universel』で二人と玲を守りきる自信があった。
だが、その後はどうする……嫌な汗が背筋をつつっと張っていく。
額から脂汗が流れ出て、夏でもないのに沙也加の着ている服をじんわりと濡らした。
「させないっ! 絶対にさせない! ボクは誓ったんだ……二度と、玲を失わないって、家族を亡くさない、仲間を見捨てないって! セナとの誓いを守るって――だから、玲を守り抜いて見せる! このボクが!」
涙を腕で拭い、玲を抱きしめて沙也加は力強く叫んだ。
「アストレヴァ・エクラ!(星よ、目覚めよ、輝きを放て!)」
銀色の閃光が沙也加を覆い尽くし、Astreballe!(アストレバル)を顕現させた。
オートリテを集約させ、沙也加は『次元の狭間』に敵を捕獲しようと試みる。
だが、開かれた結界が敵を捕らえる前に謎の少女はさっと身を翻すと、あっという間に夜空の果てへと消えてしまった。
「え……、なんなのさ……? でも、助かった、のかな?」
「……かもしれないわね」
玲を抱きしめている沙也加の顔を、下から細くて白い両手が挟み込んだ。
「玲! 気づいた? どこか痛いところはない? 火傷とか、怪我とかない? 動ける!?」
「うん……とりあえず、大丈夫だと思う。ごめん、ちょっと油断した」
玲は装甲姿の沙也加をぎゅっと抱きしめると、よいしょっと上半身を起こした。
頭が痛い。ずきん、ずきんと鈍い痛みがする。
沙也加の手を借りて、立ち上がってみる。
思った通り、全身にはこれといって目立った外傷はなかった。地面に倒れこんだとき、肘を膝を地面についたからそこが汚れている程度だ。
「いいよ、いいんだよ、玲! 玲が無事なら、ボクはそれでいいんだよ!」
「ちょっ、やめ、沙也加! 抱き着くなー! 後、また後でしていいから、今は落ち着いて!」
「ええーせっかく玲を愛でるチャンスなのに、残念。はーい」
ぼやきながら沙也加は装甲を解き普段の姿に戻る。
玲は目の奥に走る鈍い痛みを我慢しながら、笑顔を作った。
「沙也加は仁菜を見てあげて。私は神大さんを」
「うん、わかった」
仁菜と俊太郎にそれぞれかけていた結界を解いた沙也加は、仁菜の元へ駆け寄っていく。
玲は生垣の向こうで倒れている俊太郎を警戒しながら、ゆっくりと近づいた。
俊太郎は全身、泥だらけだ。
顔にかかっていた土を持っていたハンカチでそっと拭いてやると、彼はいきなり目をかっと開いて飛び起きた。
「なんだあれ!」
「ひゃああああっ、なんなんですか!」
「なんですかって、それは俺のセリフ……あれ? どうして俺はここにいるんだ。えっと……うわっ、玲……ちゃん? え、まじで? うわっ、本当の愛川さんだ!」
「は? え、ええっ? 神大さん、覚えてないんですか?」
がしっと太い両手で腕をつかまれた玲は思わず飛び上がってしまった。
しかし、俊太郎は玲の問いにうーん、と空を見上げてはあ、と大きくため息を吐いた。
「だめだ」
「は? どれがだめ?」
「覚えているよ――俺は、玲ちゃんに嘘はつけない」
「嘘をつけない? どういうこと?」
俊太郎は全身擦り傷だらけなのに怪我など物ともせず、勢いよく立ち上がって玲に詰め寄った。
「玲ちゃん! 俺は嘘をつかない男だ!」
「ちょっ、ちかっ、近いです! 離れて!」
「離れない! 俺は告白する!」
「こ、告白ゥっ!?」
「ちょっと、そこ! 離れろ、俊太郎―っ! 玲はボクのものだぞ!」
「私は誰のものでもないわよ!」
仁菜を抱き上げた沙也加が警告を発し、玲は大きく両手を振って俊太郎から逃れようとした。




