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第31話 敏腕プロデューサー・祭田圭司

「気がきかない?」

「……さっきのは取り消すわ」

「そう、ならよかった。ボクは神大さんよりも玲推しだよ。忘れないで」

「この異世界に二人きりなんだもの――忘れるはずないでしょ、沙也加の意地悪」

「へへ、そうかな? 玲のほうがさっきは意地悪だったよ」

「もう――そうやって揚げ足を取るところが意地悪なの。お皿は割る、コーヒーは引っくり返す、配膳は間違える。その割にいろんなお客様と仲良くしてる。みんなに愛されて、沙也加が知らない誰かになったような気がしたの」

「うぐっ。最初のほうは余計なんだけど、ごめんよ、玲。大好きだから」

「……愛のない告白をされているようでちっとも心に響かないわ。今朝のキスのほうがまだよかった」

「え、じゃあ、もう一度――」

「求めてないわよ! ばか! あんなにミスするからちょっと幻滅しただけ。スカッドの任務でもそうだったの?」


 ささっとメイド服を脱いだ玲は、沙也加の着替えを手伝ってやる。

 ウィッグをはずしながらチクりと嫌味をいわれて、言い訳できない子供みたいに、困ったような顔をした。


「違うよ……この肉体、沙也加は慣れてないんだ。ダンスや歌、楽器を弾くことなら彼女は大好きなんだけど、仕事はね――苦手みたい」

「肉体の持ち主の能力にも左右される、かあ。それはそうかもしれないわね。なら、今回は沙也加のミスも見逃してあげる」

「玲、待って。上に報告しないで! 査定に響く! ボーナスが!」


 オルスの上官は任務の達成率に厳しく、小さなミスが積み重なるとそれだけ給与も減ってしまうのだ。

 同じ上司をもった玲は、沙也加の悩みが手に取るように理解できる。

 任務におけるパートナーということで連鎖的に玲の給与や昇給の査定にも響いてきそうで、これは報告しないほうがいいかもしれない、と打算的な思考になっていた。


「戻れたらでしょ? それより、これからどうするの?」

「一度家に戻ってもいいし、新宿とか渋谷あたりに遊びに出てもいいよ。玲はまだどっちもいったことないでしょ」

「新宿駅西口ならこの前、仁菜を送っていったじゃない」

「んまあ、あれでいったことになるなら、そうなんだけど」


 新橋あたりも昭和の香りがして面白いよ、と勧めてくる。

 遊ぶとしてもまたお金がいるなあ、と玲は苦笑してどうしようかと思案を巡らせる。

 公園や街中のウィンドウショッピングでも悪くないなと玲は思った。


「あれ、仁菜からだ」

「え?」


 沙也加がスマホ画面を見せてくる。仁菜からのメッセが表示されていて、「お父さんがお礼を言いたいから、会えない? 妹もいくかも」と書かれていた。

 時刻は午後の十六時からと遅く、しかし、店のディナーに出るにはぎりぎりになりそうなスケジュールだ。


 そこで一計を案じた沙也加はランチからディナーまでの時間はカフェをやっているヴィクトリアチャームで会わないかと提案する。

 仁菜からの返事は即答で、四人は午後から店で会うことなった。


「ボクあの姉妹、苦手なんだよね」

「姉妹? どういうこと?」

「茜ちゃんっていうんだ。まあ、会ったら分かるよ。玲も同じように感じると思う」


 それまでの間、玲の提案で電車を乗り継ぎ、代々木公園を巡ったり、お昼は行列のできるラーメン屋で過ごしたりしていると、あっという間に時間は過ぎてしまった。


 遊んでいる途中、玲はやってくるという仁菜の父親と妹について質問する。

 沙也加は仁菜の父親、祭田圭司がかつてトップアイドルだったこと、引退して自分でブロダクションを開き、プロデュース業や若手の育成のために得意だったダンスのレッスンコーチをしているのだ、などいろいろと教えてくれた。


「圭司さんは、ボクたち、アンジュバールの先生でもあるから、知らないのはまずいかもね」

「それなら画像や動画を見ておいたほうがよさそうね」


 過去にテレビ出演した動画やアイドル時代のPV、レッスン風景を撮影したものなど、沙也加はいろいろな動画を見せてくれる。

 総髪にヒゲとイケオジスタイルの彼は四十歳ということだったが、どうみても三十代前半の若さに見えてしまう。


「カッコいいね、この人」

「圭司さん! 玲は圭司先生っていつも呼んでいたから、そうしたほうがいいよ。あと、玲は圭司さんのお気に入りだったから、愛想も忘れずに。ちなみに圭司さんは仁菜より玲を大事にしていたから、気をつけて」

「気をつけるって難しいよ、沙也加。複雑だなあ……」

「どうして?」


 玲はぐるぐると感情が渦巻いている胸のうちを晒した。

 ぐいぐいと迫ってくる仁菜に過去の自分を気に入っている圭司、さらにモーニングで自分の最推しだと聞かされていた俊太郎と沙也加の仲の良さへの嫉妬。


 玲は、同じアイドルなのに娘よりも玲を優先していたと間接的に聞かされ、仁菜がもし自分に嫉妬したらどうするんだろう、と悩ましく考えてしまう。

 圭司のお気に入りの優等生、愛川玲は眠っていてここには、エリカが入った玲しかいないのだ。


 うまく演じ切れるか自信がいまひとつもてない。

 だが、騙しきるという意味なら、スカッドの任務でずっとやってきたことだ。いくらかの自信はあった。

 でもそれは事前に演じる対象がどんな人物なのかを知っていて、はじめて可能になる。


 いまの状態では、ただバレないようにひたすら誤魔化す、ということを優先する必要があった。

 沙也加にそう告げると、なぜかふっと勝ち誇った顔になり「ま、がんばれば? ボクは唯一、玲を知る女だしー」などと偉そうにいってのける。

 玲はカチン、ときて目を瞑って、と沙也加にお願いしてみた。

 不思議そうに眼を閉じた沙也加の首に腕を回して、思いっきり締めてやる。


「なっ、待った! 参った、参ったよ、玲!」

「生意気な沙也加ちゃんは、玲ちゃんが大好きでずっと一緒にいたくて、その癖、肝心なときには見捨てようとするんだから。お仕置きよ」


 沙也加は息を整えると、信じられないという顔つきで玲を見た。

 これで少しは真面目になってくれるかな、と期待した玲だが沙也加は一筋縄ではいかない。


「まあ、こんなご褒美が待っているなら――冷たくするのもいいかな」

「そうじゃない! 早く教えなさいよ……今回はどう接したら適切なの?」

「んー? そうだね。まず、玲が意識を失ったつまり、流星に撃たれた現場には圭司さんがいた。救急車を呼んでくれたり病院に付き添ってくれたのも圭司さん」

「恩人じゃない」

「そうでもないかも? だって、玲と圭司さんの仲がよすぎるって、いろんな子たちが噂していたもん」

「……一転して怪しい関係になってきたわね」

「だから、覚えてないなら、適当に誤魔化すしかないね。まだあまり思い出してないって。あと、アンジュバールの移籍を持ち出す可能性がある。けど、それは断って欲しい」


 移籍とはつまり、事務所を移動するということだ。

 沙也加の断って欲しいというのは、玲の願いなら圭司は無理をしてでも聞いてくれるという意味合いのように感じた。

 しかし、その場合は五人組ではなく、愛川玲本人だけの移籍になるだろう、というのが沙也加の見解だった。


「そっか。沙也加は私と一緒にいたいんだ?」

「そっ、それは――」

「まあ、それはさておいて。アンジュバールの解散とかになったら、残りの三人に示しがつかないもんね。帰ってくる場所をちゃんと用意して待っているのが私たちの仕事だし」

「ま、そんな感じで。あ、そろそろ行かなきゃ」

「バレないように頑張るよ。沙也加の願いも合わせてね」

「ボクのことは二番目なのかー?」


 約束の時間になりヴィクトリアチャームに戻ると、店の前で仁菜たちと合流した。

 仁菜は朝と同じ制服姿で、よく似た容姿の少女が座る車椅子を押していた。

 日本人形のような髪形をした少女は、猫のような吊り目でじろっと玲を睨みつける。


 鋭い射貫くような眼光に、玲はつい殺気を感じてしまった。

 あれが噂の妹・茜ちゃんかあ、と半笑いになりながら視線を受け止める。


「こらっ、茜」


 と仁菜に叱られて茜は初めて視線をずらした。

 ついでに小さく「チッ」と舌打ちする音が聞こえてきて、どこまで礼儀を失しているんだろうと思ってしまう。失礼でしょ、と仁菜のたしなめる声に、茜は面白くなさそうな顔をして黙ってしまった。


 そんな茜のあたまを手で軽く叩いた男性は、髪をオールバックにして口ひげを薄くはやしている。


 祭田圭司……さん、だ。

 緊張で玲の鼓動が高鳴った。


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