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24 ワイリーデーモン

 リサからの救援要請があった後。

 【晴天の四象】の4人は、急いで現地に向かっていた。


 場所は居住区の中心。

 近づくごとに、人々の叫び声や建物が破壊される音が聞こえてくる。


「あっちよ!」


 『気配感知』で敵の正確な位置を把握したティオの指示に従い、アリシアたちはさらに加速した。

 数秒後、とうとう現地に到着する。


「救援が来たぞ!」


「Sランクパーティー【晴天の四象】だ!」


「よかった! これで何とかなるのね!」


 助けがきたのを見て、歓喜の声を上げる住民たち。

 そんな彼らとは対照的に、アリシアたちは目の前に存在する《《その魔物》》を見て思わず眉をひそめた。


『Gryuuuuuuuuu!』


 高さは約5メートルで、全身が黒い。

 涎の滴る意地汚い口に、ぎょろりと飛び出したような2つの目玉。

 背中からは巨大な翼が生え、8本の尻尾が伸びている。

 そのうち4本の中にはこの居住区に暮らす人々が捉えられ、苦悶の表情を浮かべていた。


 吐き出すように、アリシアが呟く。


「なぜこんな場所に、ワイリーデーモンが!」


 ワイリーデーモン。

 それはスカイドラゴンと同様、【デッドリーの大森林】奥地に生息しているとされるSランク魔物。

 見ての通り、禍々しい見た目が特徴的だ。


 Sランク魔物の中では実力が低い方とされており、たとえばスカイドラゴンと比べればその差は歴然。

 普段であれば【晴天の四象】の4人で問題なく倒せるような相手だった。


 ただし、この魔物には実力とは違う部分で厄介な点が2つある。

 1つがその狡猾さ。通常の魔物であれば、餌となる人間は捕まえた瞬間に捕食するものだが、見ての通りワイリーデーモンは人質として利用する。

 それゆえ、こういった人の多い場所で戦う際にはその討伐難易度が何倍にも膨れ上がるのだ。


 そして厄介な点の2つ目。

 それはこの魔物が複数の核を有しているということ。

 核とはほとんどの魔物が持っている弱点であり、その部分を破壊することで比較的簡単に倒すことができる。

 しかし、ワイリーデーモンはその核を複数有しているのだ。

 その数は尻尾の数と連動しているため、この個体なら8個あるはず。

 それらを同時に破壊しない限り、すぐに再生してしまう。


 瞬時に状況を整理したアリシアは、現状のまずさを理解し冷や汗を流す。


(……この状況はまずいですね。既に4人も人質にされているため、広範囲攻撃で殲滅するわけにはいきません。的確に核だけを破壊しようにも、1つでも残してしまえば報復として人質が殺されてしまうでしょう)


 次に考える案としては尻尾を斬り落とすことだが、ワイリーデーモンは核への攻撃と同じだけそれも警戒しているはず。

 そう簡単に行くとは思えない。


『Gyuiiiiiii!』


 アリシアの苦悩を読み取ったのか、ワイリーデーモンが口の端を高くした。

 それを見たアリシアは、猶予が残り少ないことを悟る。


「……おね、がい……たすけ、て……」


 そんな中、ワイリーデーモンに捕らえられている中の1人が絞り出すような声で助けを求めてくる。

 それを聞き、アリシアは決意を固めた。


「……総員、攻撃の準備を。連撃を叩きこみ、一瞬で仕留め切ります」


「っ……ああ、分かった!」


「了解」


「まっ、それしかないわよね」


 成功率は決して高くない。

 失敗すれば人質の死。

 それを踏まえてなお、これが今選べる最善だとアリシアは判断した。

 そしてそんなリーダーの選択を、残る3人も迷うことなく尊重する。


 周囲一帯に流れる緊迫した空気。

 一瞬で全ての決着がつくことを誰もが悟った。

 そして、


「今です! 総員、攻撃を――」

 

 アリシアが指示を出そうとした、その瞬間だった――――



 ◇◆◇



 ~数分前~


「ん~、充実した時間だった」


 アリシアとの最後の模擬戦を終えたすぐ後のこと。

 俺――出水 悠里は満足感と共に街中を歩いていた。


 すると、


「……ん? なんだ?」


 ドタバタと、どこかから大勢が駆け寄ってくるような足音が聞こえてきた。

 というか実際に、百人を超える人々がとある方向から走ってきて来た。

 必死な様子を見るに、まるで何かから逃げているみたいだ。


「みんな、逃げろ! 居住区に魔物が現れた!」


「早くここから離れるんだ!」


 どうやら俺の予想は正しかったらしい。

 そんなことを考えていると、逃げてくる面子の中に見知った顔が混じっていることに気付く。


 亜麻色のサイドテールが特徴的な少女。

 俺が宿泊している『夕雲の宿』の看板娘リナだった。


「……リナ?」


 呼びかけると、彼女も俺の存在に気付く。


「ユーリさん!? どうしてこんなところに……って、そんなことよりも早く逃げましょう! 事情は聞こえてましたよね!?」


「ああ、居住区に魔物が現れたんだよな?」


「そうです! 一部の方が冒険者の助けを求めに行ってましたが、それも間に合うかどうか……とにかく、この場から離れた方がいいです!」


「……ふむ」


 おおよその事情は分かった。

 だが、すぐに頷くことはできない。

 居住区ともなれば戦う力を持たない者も多いはず。

 一刻も早く、誰かが助けに行ってやるべきだ。


 その点、俺だって冒険者。

 微力ながら役に立つことはあるかもしれない。


 そう考えた俺は、すぐさま魔物の位置を探ることにした。


(さっそく『気配感知』の出番だな)


 ティオに習ったコツを思い出しながら、感知の範囲をどんどん広げていく。


 ――見つけた。

 約200メートル先、明らかに人ではない存在がいた。

 同時に、感知を周囲全てから一方向に限定。

 魔物の具体的な姿形を認識する。


 そして気付いた。

 この魔物、体から伸びる尻尾のような器官で複数の人物を捕らえている。

 まさか人質だろうか。もしそうなら本当に急ぐ必要があるかもしれない。


「仕方ない、やるか」


「ユーリさん? いったい何を……」


 移動する時間もないと判断した俺は、その場で腰元から剣を抜く。

 そしてさらに魔物へと意識を集中した。


 先日、スライムを倒した後のこと。

 ウォルターから魔物には核と呼ばれる器官が存在すると聞いた。

 そこを破壊すれば魔物は死ぬとのことだった。


 そこで俺は、感知範囲をさらに()()()()()()()広げる。

 するとすぐにそれらしき器官を見つけることができた。

 ……()()も。

 

 感知失敗?

 もしくはこのうち1個だけが本物で、それ以外が偽物だったりするのだろうか?

 分からないけど、とりあえず全部斬っちゃおっと。


「ふうぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 彼我の距離は200メートル。

 間には幾つもの建造物が立ち並び、魔物は核を守るように人質を捕まえている。

 こんな状況の中、的確に魔物の弱点だけを突く剣技など俺は持っていなかった――



 ――そう、これまでは。



 だけど今は違う。

 アリシアとの特訓の日々が、俺の剣技に加減という新たなピースを加えた。

 そしてティオから教わった『気配感知』がそれを実現可能な領域まで押し上げた。

 試したことはないが、成功する確信がある。


 障害物の間を縫い、的確に目標だけを切り裂く斬撃。

 1000年間の修行の日々と、10日間の特訓によって生み出された暗殺の刃。

 名を――




「【無音むおん風断かぜたち】」




 ◇◆◇



 ――――アリシアたちが総攻撃を仕掛けようとした、その刹那。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「…………は?」


 いったい何が起きたのか。

 瞬時に理解することができず、アリシアは思わず間抜けな声を漏らした。


「なんだ!?」

「うそ……」

「わお」


 それは他の3人も同様。

 驚愕と動揺の中で、ゆっくりと崩れ落ちるワイリーデーモンの死体を眺める。

 ただ一つ分かるのは、この魔物を倒したのが自分たちではないという事実だけ。


 しかし、


「うおぉぉぉ! 魔物が倒れたぞ!」


「さすがうちの町が誇る最強のSランクパーティー【晴天の四象】だ!」


「ありがとう、みんなー!」


 周囲はアリシアたちがワイリーデーモンを倒したのだと勘違いし、盛大に称賛の言葉を送ってくる。

 それを受け、ようやく4人はハッと我に返った。


 戸惑いながらも、アリシアは何とか分析を始める。


「いったい、何が起きたのでしょう。いきなりどこかから飛んできた斬撃がワイリーデーモンを倒したようにしか見えなかったのですが……はっ、まさか!」


 ある一つの考えに至ったアリシアは、慌てた様子で振り返った。


「モニカ! 今の斬撃に魔力は感じましたか!?」


「調べてみる」


 モニカがワイリーデーモンの死体を調べる中、セレスとティオがアリシアに鋭い視線を向ける。


「おいアリシア、それを調べるってことはまさか」


「……そういうことよね?」


「はい。恐らくこれは、あの時と同じ――」


「終わった」


 アリシアが自身の考えを口に出そうとしたタイミングで、モニカが声を上げる。

 3人の注目を浴びる中、モニカは告げた。


「魔力の痕跡は残ってない。スカイドラゴンの時と同じ」


「ということは、やはり……!」


 アリシアは確信を得た。

 魔力を伴わない斬撃、Sランク魔物を物ともしない圧倒的実力。

 間違いない。今回ワイリーデーモンを倒したのは、10日前にスカイドラゴンを倒したのと同じ人物だ。


「セレス! 斬撃が飛んできた方向から、使い手の位置を探せませんか!?」


「……アタシもそうしたいところだけど、残念ながら無理だ。お前も見ただろ? 斬撃は四方八方から飛んできた。方向を絞れねぇ」


「っ、そうでしたね」


 セレスの言う通り、ワイリーデーモンを切り裂いた斬撃はありとあらゆる角度から飛んできていた。

 考えれば考えるほど、どういう原理なのか理解できなくなる。

 悔しいが、今からその痕跡を追うことはできないだろう。


 しかし、ここでアリシアは意識を切り替える。

 考えようによっては、この状況はチャンスかもしれない。

 ワイリーデーモンを倒せたということは、その人物が今もこの付近――恐らくは町の中にいることが判明したのだから。


「しかし、それならどうして私たちの前に姿を現してはくれないのでしょう? 行い自体は善いことですし、身柄を隠す必要はないように思えますが……」


 そのことを口に出してみると、他の3人も同じ感想を抱いていた。

 一度ならず二度までも助けてくれたことに感謝を伝えたいが、その日は本当にやってくるのか不安に思うアリシアなのだった。






 一方、その頃。


「よし、上手くいったな」


 『気配感知』で魔物を無事に倒せたことを確認し、満足気に剣を戻すユーリ。

 そして、


「ど、どうしたんですかユーリさん? いきなり剣を抜いたかと思えば、すぐにしまったりして……はっ、分かりました! 魔物の脅威が近づいてきているせいで混乱してしまったんですね!? ユーリさんはうちの大事なお客様。私が責任を持ってお守りします!」


「えっ? お、おい、リナ――」


 余韻に浸る間もなく、その場から強制的に遠ざけられるのだった。

【大切なお願い】


ここまで本作をお読みいただきありがとうございます!


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