16 再会
異世界生活二日目。
目が覚めた時、俺は言葉にできないような違和感を覚えた。
「…………?」
この感覚をどう表現すればいいのだろう。
重圧感、それとも倦怠感?
適した言葉が見つからないが、とにかく違和感があった。
「まあいいか」
とはいえ違和感止まり、特に気にすることでもないだろう。
そう思った俺は昨日泊まることになった宿屋の自室を出て、下の食堂スペースに降りていった。
「ユーリさん、おはようございます」
そんな俺を迎え入れてくれたのは、一人の女の子だった。
年齢は俺と同じか少し低いくらいだろうか。亜麻色のサイドテールが似合う可愛らしい容姿をしている。
名前はリナ。ここ『夕雲の宿』の看板娘だ。
「おはよう、リナ。マスターはどこかにいったのか?」
「買い出しですよ。昨夜、ユーリさんがいっぱい食べちゃいましたからね」
「あー……」
くすくすと笑うリナに対し、俺は気まずくなりながら昨夜のことを思い出した。
昨夜、ギルドで報酬を得た俺は寝床を求めてこの宿屋に来た。
そこで夕食も食べることにしたのだが……俺は大きな衝撃を受けることとなる。
簡潔に言うと、出されたご飯がめちゃくちゃ美味かった。
もちろん冷静に思い返せば、前世の日本で食べていた料理に比べて味は数段落ちるだろう。
だけどそんなことは関係なかった。
なにせ俺にとっては1000年ぶりの食事。
【時空の狭間】では食事を摂る必要がないため久しく忘れてしまっていた感情を取り戻したのだ。
そのまま我慢できず、この宿にある食材を食べ尽くしてしまったという訳である。
おかげで、ある程度余裕を持って薬草を換金したのにも関わらず、今は再び無一文となってしまった。
今日もギルドに行ってなんとか稼がなければ。
そんなことを考えながら、リナと談笑している時だった。
カランカランと、扉が開く音が店内に飛び込んでくる。
その音を聞き、リナのサイドテールがぴくりと揺れた。
「お客さんでしょうか? お父さんなら裏口から返ってくるはずですし。こんな朝早くからいらっしゃるのは珍しいですが……」
そんな彼女につられるように、俺も扉に視線を向ける。
するとそこには予想外の人物がいた。
「やっほ」
「……モニカ?」
肩まで伸びるセミロングの青髪に、ファンタジーマンガに出てくる魔術師のようなローブ姿が特徴的な少女。
――昨日、俺が川から救い出してやったモニカがそこに立っていた。
いや、彼女だけじゃない。
「失礼します」
「入るわよ」
モニカの後ろからさらに二人の少女が現れた。
一人は腰元まで伸びる金色の長髪と、透き通るような碧眼が特徴的な少女。
簡素な鎧姿に包まれており、腰元には剣が携えられている。
まるで外国の貴族のような美しい姿だった。
もう一人はだが……恐らく少女。
ただフード付きのコートを着ているためちゃんと顔を見ることはできない。
背丈は金髪の少女とモニカの真ん中くらいで、背に弓を持っている。
こいつらはいったい……
そう考える俺の横では、なぜかリナがぷるぷると震えていた。
「あ、『碧の賢者』モニカさんに、『煌刃』アイリスさん。そしてその弓はきっと『翡翠の守り人』ティオさん……ど、どうして【晴天の四象】の皆さんが、こんな場所に!?」
「……【晴天の四象】?」
どこかで聞いたことがある気がする。
どこだったか……
そうだ、思い出した!
昨日、町の門を潜る時に門番から聞いたんだ。
その時は確かこれを見せて……
俺は懐から、昨日モニカにもらったペンダントを取り出した。
それを見たモニカが「あっ」と声を出す。
「ユーリ、それ」
「ああ、昨日モニカからもらったペンダントだ。いきなり何だろうと思ってたけど、おかげで助かったよ。ありがとな」
「えっへん、もっと褒めてくれていい」
得意げに胸を張るモニカ。
なんというか、昨日会った時から思っていたがマイペースな奴だ。
「ユ、ユーリさん、もしかしてそれって……」
「リナ?」
俺とモニカのやり取りを横で見ていたリナが、俺が持つペンダントを指さしながら震えていた。
さっきからずっと震えてるなコイツ。
「これがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって……それは【晴天の四象】メンバーから認められた同盟者に与えられる友好の証ですよ!? ユーリさん、貴方はいったい……」
何やらかなり衝撃を受けているみたいだが、そもそも【晴天の四象】をよく知らないからちゃんとした反応ができなくて、ちょっとだけ申し訳ない。
まあ昨日の門番の件を総合するに、こいつらはかなりすごい人物なんだろう。
ドラゴンを倒したとかって、確かモニカも言ってたしな。
それにしてもドラゴン。ドラゴンか……
ファンタジー世界を夢見たことがある男子なら、誰もが一度は憧れる存在。
いずれは俺も彼女たちのようにドラゴンを倒して、ドラゴンスレイヤーなんて呼ばれたりしたいものだ。
そう考えたら、モニカたちの凄さがようやく実感できた。
俺とは違い、ここにいる彼女たちはれっきとしたドラゴンスレイヤーなんだ。
と、そんな風に自分の思考に浸っている俺だったが――
「……驚きました。まさか本当に、モニカを助けてくれた人物と重要参考人が同一人物だったとは」
金髪の少女がそう言いながら、俺の前にやってくる。
重要参考人? 何の話だろう?
ていうか、その前に。
「えっと、君は……?」
尋ねると、彼女は真剣な表情で口を開いた。
「申し遅れました。私はアリシア・フォン・スプリング、そこにいるモニカ・ウィンターが所属するパーティー【晴天の四象】のリーダーです。そしてユーリさん、あなたにはモニカを助けてくれたお礼を伝えるとともに、少しお尋ねしたいことがあって参りました」