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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】百合の間に挟まる死

作者: そろまうれ




ファミレスで、午後のことだった。

私達はダンジョン帰りに立ち寄って、ドリンクバーと山盛りポテトを注文した。

夕食まで時間はまだある、だけど、とてもお腹が減ってた、身体に悪い炭水化物こそ宇宙、つまりは全て、だって美味しい。

揚げたてのそれをモムモム食べる。


ダンジョン探索の相棒である華菱波奈はなびし・はなは、ボーっとしていた。

ポテトに手を伸ばしてない。

指に塩と油がついていない。


少しだけ口が開いている。

そこに指突っ込んでやろうかな、と思う。フライドポテトの味を指越しに伝えたら、きっと食欲復活だ。

まあ、実際にはやらないけど。


「気にしないでよ?」


自分の指についた油と塩を舐めながら私は言った。


「ダンジョンで死んだのは、私のミスで、波奈ちゃんのせいじゃない」

「……うん」

「ほら、こうして復活だってちゃんとしたし?」

「それは、うん、そう」


コクリと頷く。

相変わらず人形みたいだな、と思う。

長い髪の毛がさらりと流れる。


想良道そらみちが、あんな簡単な罠を踏む方が悪いんだ」

「波奈ちゃんが、相変わらず私に毒吐きすぎです」

「今日の儲け、ぜんぶ吹き飛んだし……」

「それは本当にゴメン」

「うん……」


変わらず焦点が合ってなかった。

姿勢良く、ぼーっとしてる。


一人で山盛りポテトをもりもりと消費してるけど、それにツッコミを入れることもない。

いつもだったら「そんなんだからデブるんだよ?」とか言ってくれるのに。


「ねえ想良道……」

「なに?」

「もう一回、死んでくれない?」

「なに言ってんの!?」

「ああ、違う違う、そうじゃないんだ、ごめん……」

「本当にどうしたの?」

「どうかしてた、今の忘れて」

「まあ、うん、わかったけど……」


波奈がちらりと私を見る。

どこか熱があった。


恋、とかじゃないと思う。

もっと別の、違う形の熱だった。



 + + +



ダンジョン、ってものが突然町中に現れて、その中ではファンタジーみたいな魔物やアイテムがあって、挑戦した人が持ち帰り、実態を調査し、有益性が証明されて――

そういう色々なゴタゴタの後、ダンジョンは一般的なものになったと――そんな風に、教科書には書いてある。


それこそ、私達みたいな学生が、放課後ちょっとバイト代わりに稼ぎに行こうか、ってなるくらい。

金銭面でのトラブルが多発するからあんまり勧められてないけど、「短期間に稼げる、しかも合法的に」って誘惑には勝てなかった。


レベルアップもできるしね。

基礎代謝も上がってる。

だからこうして食べても構わない。


あと、なんだかんだと言ってダンジョン行きは推奨されてた。

ダンジョンから取れるレアメタルが経済の行く末を決めるとなれば、学生であっても使って「堀り」に行かなきゃいけなかった。


復活やら回復のバックアップはしっかりしていて、滅多なことじゃ死にはしない。

今回みたいな仮初の死は数え切れないけど、リアル死亡はたまに起きる程度で、それこそ自動車事故のほうが多いくらい。


だから、今回のも、よくあることだった。


延焼系のトラップ、だったと思う。

洞窟の一部に設置されたそれを、私は踏んでしまった。


あ、やばい、と急いで足を離したときには遅かった。

魔法陣が発動し、その中心から炎の鞭が左足首をつかんだ。


一瞬で、炭化した。


その熱は、そこで終わらず這い登った。左足首を燃やし尽くした次は左足が、太ももが、腰が、上半身が、次々に、次々に延焼した。

リアルならこんな風にはならないらしい、煙だって大量発生するし、なにより痛すぎて気絶する、けど、ダンジョン内では一部法則が狂ってるらしく、私は「焼き殺される」ことを余さず体験した。


苦痛が発生する範囲は一定だ。

その範囲が、だんだん昇ってくる。

凄まじい痛みも一緒に。

けどその痛みより、「感覚の無さ」の方が恐ろしかった。


足首から順番に、耐え難い苦痛が登っては消えていく。痛みを伝える神経ですらも焼き尽くされる。炎の移動と一緒に、痛みが、苦痛が、感覚が失われる領域が拡大していく。


身体をゴロゴロさせてなんとか消そうとしても無駄だった。

とんでもない苦痛と、耐えられない無感覚が果てしなく、どこまでも近づいた。


助けて――


手を伸ばして、波奈にそう呼びかけた。

彼女は剣を抱えたまま呆然としていた。


まあ、うん、私の要求は無茶だった。


ダンジョン産のトラップを踏んで助かる術なんて、絶対ない。

感覚としては長かったけど、ほんの数秒間の出来事だったはず。


そんな短い間にできることなんてない。

死骸を持って帰ってくれただけで十分だ。


けど――

そのほんの短い間、波奈が私を見る目は印象に焼き付いた。


さっきのファミレスでの眼差しと似ていた。

どこか虚ろな、けど、熱の籠もった、瞳だ。






別の日、あまり食欲はなかったけれど、やっぱりいつも通りファミレスに寄った。

ダンジョン帰りだった。


私はドリンクバーを注文した。

波奈は食事を注文してた。

鶏肉のアルミホイル焼き、ビーフシチュー、オムライス……


「……食べ過ぎじゃない?」

「復活したんだから、これくらい必要だよ」

「そういうものかなあ」

「そういうもん」


波奈は不思議そうにフォークで私を指した。


「食べないの?」

「……食欲がない……」

「ふぅん、変なの」

「変じゃないと思うよ」

「ん?」

「私の目の間で、波奈ちゃん、食われたんだから」


巨大な狼のモンスターにだった。


「本当に、勘弁して欲しい、あれ見てるのだけでも辛かった」

「ふぅん、トラウマ植え付けた?」

「割りと」

「やったぜ」

「なに喜んでるの!?」

「あたしだけが苦しいの、嫌だし」

「臭いとか音とか、いろんなのがリアルにリアルタイムで伝わったよ!? というか、なんで私の方がダメージ受けてるの? おかしいよね? 今回死亡したのは波奈ちゃんだよね……!?」

「そういうもんでしょ」

「どういうものなの……」


正直、波奈が食べてる姿ですらも今は見たくなかった。

もにゅもにゅと元気にステーキを食わないでほしい。


波奈がそうなってた姿を思い出してしまう。


「あの狼さ」

「なに?」

「最後の食事があたしだったわけじゃない?」

「まあ、そうだろうね、私、すぐに倒したし」

「あたしって、美味しかったのかなあ……?」

「波奈ちゃん……」

「なに?」

「私、それにそうだね、って言いたくない」

「けど、どうせなら美味しく食べられたくない?」

「……生波奈ちゃんは、たぶんまずかったと思うよ。ちゃんと火を通さないと」


波奈はひどく残念そうに「そっかあ」と言った。



 + + +



私は踊り剣士で、波奈は魔法剣士だった。

二人共前衛で、どんな状況でもけっこう耐えられる。


だけど、遭遇した魔狼の群れは、強かったし手強かった。

レベルとして強かった上に、工夫して襲いかかった。


踊り剣士の私は十分に「踊って」からじゃないと実力を発揮できない。

波奈は魔法で剣の底上げをできるけど、MP量の限界がある。


だから最初は波奈が蹴散らして、その間に私が踊って力を貯める、それがいつもの戦い方だったし、そのときもそうしてた。

最初は順調で、風を纏わせた波奈のレイピアが次々に狼の首を切断した。

テンポよく、ポンポンと。


その間、私は踊りを続けて、もう少しで終わる――そんなタイミングで、波奈の手首が消えた。

握っていた銀のレイピアがくるくると飛んでった。


呆然としていたのは私も波奈も同じで、けど、敵は私達の放心状態を待ってはくれなかった。


群のボス狼だった。

それがタイミングを見計らって波奈を削り、引き返し、脇腹へと噛みついた。


ボス狼の、その口元から吹き出る血。

波奈は焦りと怒りをぶつけようとしたけど、無駄だった。

苦し紛れに振り下ろした小盾の攻撃は空振った。


踏ん張りきれず、その場で片膝をつく。

あっけにとられたような顔をしてた。


多分、実感していた。

波奈自身の身体が「減った」ことに。


脇腹がごっそりと食いちぎられていた。

身体の量そのものが、失われた。


呆然と、その身体状況を確認する、虚ろな顔。

なにが起きているのか理解を拒んでいる姿。


あと残り数ステップ、それだけの時間が、気が狂うほどに遠い。


波奈は叫び、片膝状態のまま、左手の小盾で攻撃をした。

突進したボス狼はそれを当たり前みたいにかいくぐった。


水が流れるみたいに自然に、当たり前に、攻撃の内側へと入り込んで、その牙は波奈の頭を噛み砕いた。


手首や脇腹にそうしたみたいに、とても簡単に。

骨が噛み砕かれる音を聞いた。


狼は、たぶん笑っていた。

その口元が歪んでいた。


ああ、うん、あれはたぶん、美味しかったんだ。


私は最後のステップを終え、私自身へのバフを終え、その気に食わない笑顔を粉砕した。

私自身が驚くような速度で斬り刻んだ。


徹底的に、何度も、何度も。

両手の短剣が、まるで牙みたいだった。


そうして外敵を倒し、波奈を抱え上げた。

波奈が、顔が――


あんなに整ってたのに、あんなに美人だったのに、もう見る影がない。

だけど、どういう具合だったのか、右の眼球だけは残っていた。眼の球状態がわかる、それが、こちらを見た。


なんでだろう。

どうしてそう思ってしまったんだろう。


そのときのその波奈を、キレイだ、って思った。

ぐちゃぐちゃになっても、血だらけで肉が削がれても、完璧で、清らかだ。

この世にきっと二つとない。


もし、叶うのなら――


嫌なことを言葉として思うよりも先に、私は波奈を抱えて戻った。

もちろん、彼女を死から復活させるために。



 + + +



いつも通りのファミレスから帰って、自室のベッドで横になって目を閉じる。

どこよりも安心できる場所のはずなのに、なぜか心がざわついた。


狼に殺されて、そこからの復活、その道中。

波奈を背負って走った。

その時の重みが、感触が、手から離れない。


なにか、良くないことを欲しがっている――


そんな確信が、あった。

そして、その「良くないこと」は、きっと波奈も同じだ。

同じようなことを、欲しがっている。


けど、なにを?


上手く言葉にできない。

一番近い言葉は、破壊衝動だ。

だけど、それとも少し違う。


「私が……」


夜の天井に言葉を投げる。


「私が、モンスターだったら良かったのに……」


そうしたら、真っ先に波奈を襲いに行く。

他のことなんて、きっと目も向けない。


そうして、可能な限りの残虐を行う。

誰にもあげない、誰にもやらない、私だけが独り占めにする。


私のことだけしか、考えられないようにしてしまう――


馬鹿なことを考えてるな、と思う。

毛布を頭からかぶった。


明日は、ダンジョン中ボスへの挑戦予定だ。

寝不足で行くなんて馬鹿なことをしたら、だめだ……






私と波奈はガタガタと震えていた。

場所は復活施設。

ダンジョン入口すぐのところに作られたもので、ダンジョン内で死亡した人が生き返るための場所だ。


広くて清潔で人が行き交っていて、でも静かで。

まるで病院みたいだけれど、少し違う。


病院では札束や金塊が当たり前みたいに出たりはしない。

診察室代わりの祭壇室があったり、魔力供給施設が付属したりもしていない。


なによりも、復活後しばらくいるための専用室なんてない。

ここは、柔い素材だけで作られた、密閉空間だった。


広さとしては、歩けはするけど走るのは難しいくらい。

不安定な身体を固定化させるために、しばらくここにいなきゃいけない。


「波奈ちゃん……」

「……なに……」


がちがちと歯の根が合わない。

言葉も、途切れ途切れにしか出ていかない。


私はもちろん、波奈も。


「て、握って、いい……?」

「ん」


私と波奈は、病院服に似たものの上から毛布をかぶってた。

電気毛布で、これ自体が温かい。

柔らかいものだけで構成された室内も、十分暖気が出されてる。


だけど、足りない、ぜんぜん足りない。

私は小刻みに震える波奈の手を、お守りみたいに胸元に抱えた。

必然的に顔が接近するけど、気にもできない。

そんな場合じゃない。


ハッハッハッ、という呼吸音は、まるで他人がしてるみたいだった。

波奈のそれも、たぶん混じってる。


「手、少しだけ、離して」

「え」


捨てられたような気分になった。

波奈は青い唇を笑顔の形にして。


「違うよ、ほら」


私の電気毛布の内側にするりと滑り込んで、後ろに回った。

抱きしめられている。

接触面積が、増える。


ぎゅー、だ。

そんなふざけ半分の言葉が、後ろから囁かれた。


私はどうすればいいのかわからない。

なんとなく、回されたその腕に重ねる。


「あったかい……」

「うん……」


暖かさが、じんわりと伝わった。

人のぬくもりだ。

たぶん、こういう時じゃなければ嫌だったんだろうな、と思う。

けど今は、熱が、他の人の温度が心から助かった。


ここは、あたたかい。


復活部屋使用時間の、制限一杯まで、私達はその温度を確かめ合った。



 + + +



戦った相手は、このダンジョンの中ボスだった。

あの狼も強かったけど、それとはわけが違う。


ちゃんとした根城を構えて侵入者への対策をしているモンスターだ。

初期の頃は軍隊で討伐しようとしても無理だったくらい。


魔力とか気とかじゃないと効果が薄い。

ただの力押しだと跳ね返される。


その戦いそのものは、優位に進めていた。

波奈の魔力斬撃で相手を止め、私の踊りからの一撃で削り取る。

いつもの形がきちんとハマった。


けど、油断はしない。

いや、できない。


斬り応えがおかしかった。

やけに硬い。


ゴーレムとかの素材系のそれとも違った。

柔らかいのに、強固。

どれだけ斬り刻んでも、届いていない感覚があった。


そのローブ姿の格闘家としての中ボスは動き続ける。

私達の攻撃なんて知ったことじゃないように、手足を力任せに振り回す。


この中ボスについて知っていることは、少なかった。

どれだけ調べても情報が出ない。


意図的に絞ってると、波奈は言っていた。

たぶん、テストだとも。


ただの小銭稼ぎのアルバイト代わりか、それとも本格的に深淵へと立ち向かう冒険者か、その境界が、この中ボスだった。


ダンジョンはここから先、ちゃんとした情報がない。

「事前情報のない強敵」なんて、いくらでも出てくる。


これくらい、越えてみせろ――


そういう無言のプレッシャーがあった。

だからこそ、私達は十分に準備と修練を重ねて挑んだ。


案外、戦闘そのものは優位に進んだ。

敵はたしかに強いけれど、それなり程度だ。

手足を使った攻撃は変幻自在だれど、これまでと比較してもの凄いわけじゃない。


いつも通りにすれば、いつも通りに勝てる相手。

ちょっと苦労するけど、まあ、それだけだよね、というレベルだ。


ただし、その斬り応えを別にすれば。

そこだけが違いだ。


実際、どれだけ攻撃しても敵の動きは変わらない。

攻撃が効いているかどうかもわからない。


戦神の踊りからの乱撃を決める。

ジャンビーヤと呼ばれる湾曲したダガーで、反撃の暇すら与えず斬り刻む。


人の目では追えない動き、私自身も忘我の中で行う動き、戦いのための踊り、その最中――


「――」


ほとんど無意識に、手首を返した。

攻撃を曲げた。


最適から外れた動きだけれど、確かに斬った。

敵の中枢、コアとなる部分を。


相手が、あきらかに焦った。

急所をかばう動きになる。


いままでに無かったその手応えに押されるように、連撃を決める。

波奈も私の動きで気づいたのか、「そこ」へと攻撃を送り込む。


私はほとんど直感で、波奈は魔力視による観察で、それを知る。


踊りの奉納による対価、その力が終わる直前、ジャンビーヤの一撃が波奈のレイピアと打ちつけあった。

鍔迫り合いのような格好、私の一撃と、波奈の魔力撃はまったくの互角で停止する。


その間に、敵のコアを挟み込みながら。


間違いようもなく、敵を越えた。

敵の中心核を破壊した。


勝利を確信し視線を交わすその間で、敵ボスの姿が、膨れた。

なにごと、とか思う間もなく、流された。


倒された中ボスから爆発的に膨れて流れて無制限に拡大したのは、スライムだった。

この敵は、多くのスライムを重ねに重ねて強化し、一人の格闘家のような姿を取ったモンスターだった。


斬り応えのおかしさはそのせいだ。

その真価は、敵が隠したコアを破壊した後だった。


「な――」

「ぶわ……!?」


膨れ上がる、膨れ上がる、膨れ上がる。

どこまでもどこまでも、果てしなく。


それなりの大きさのあったボス部屋一杯にまで膨れ上がり、まるでプールのようになっていた。

本物のプールと違うのは、それが人を溶かすこと。


そして、私達は二人共に前衛職で、これに対処できる範囲攻撃を持っていなかった。

踊りの奉納による力ですらも、もう切れている。


肌が、驚くくらい早く赤くなった。

違う、溶かされてた。

その裏の血や肉を透かしていた。


すべての接触面が、溶解する。

攻撃しようとしても、その動作ですら「腕を溶かすためのもの」になる。


叫べない。

それをすればスライムが入り込む。


動けない。

それをすれば身体をより早く溶かす。


逃げれない。

足の先にはもう地面がない、透明に蠕動してスライムの中へと取り込まれる。


――波奈ちゃん!


隣では魔力を振り絞って全開に攻撃をしていたけれど、大量のスライムがすぐに補った。

波奈が手を伸ばし、私も手を伸ばす。


見れた映像は、ほんの一瞬。

スライムの海の中で、波奈が溶けて広がって行く様子だ。

わずかに赤が混じろうとしている。


その溶解と、私のものが触れる様子を、たしかに見た。

きっと、これ以上ないくらい、罪深い。


必死に伸ばした手が骨になる。

カツンと骨同士が接触する。

それが最後に見た光景だった。



 + + +



死亡した私達が救出されたのは、たぶん、いつものことだった。

このトラップ――敵のコア部分を下手に倒せば大惨事になるって情報は伏せられていたけれど、その代わりにすぐに拾って救出が行われた。


白骨死体になった私達は拾われて、ダンジョン入口の復活部屋へと放り込まれた。

もちろん、いくらかの金銭と引き換えに。


そこは時間をかけて身体を戻し、魂魄を宿らせるための場所だった。

普段は復活しても「なんか体調がまだ悪いな」程度の感想しかなかったのに、この時ばかりは違った。


寂しかった。

孤独だった。


感情じゃなくて、そういう物質なんじゃないかってくらい強固に、心の中心で居座った。


だから抱きしめられた。

だから抱きしめた。


互いの熱を確認せずにはいられなかった。

身体の奥底が寒かった。


今もあのスライムのプールにいて、熱を、命を、身体を奪われ続けているんじゃないか。

そんな錯覚が、消え去ってくれない。


ずっとずっと、波奈の手を握った。

五本の指の、その形をなぞった。


「ねえ……」

「なに?」

「私って、生きてるのかな?」

「どうだろ」

「不安になること、言わないで」

「どうしようもないよ」

「そうかも、だけど……」

「そんなに不安?」

「うん」

「なら――殺してあげよっか?」


そうすれば、生きているってわかるよね?


そんなことを囁かれた。

後ろから、抱きしめられながら、とても優しく。


どうかしてる。

本当にどうかしている。


私はその言葉が嬉しくて仕方がなかった。


いつの間にか首に回された指は、私が頷けばきっと望み通りにしてくれる。

眠るように、また死ねる。


そうして冷たくなっても、ずっとずっと波奈は抱きしめてくれる。

そんな確信があった。


「だめだよ」


心底望んでいるくせに、けど私はそう口にしていた。


「あれを倒さないと」

「あれ?」

「あのスライムの塊」


そんな幸せは、まだ先だ。

それよりも――


「あれは波奈ちゃんを溶かした、許せない」

「――」

「倒そう」


あの邪魔者を。

私達の間に入り込もうとする奴を。


波奈ちゃんは微笑んで、頷いてくれた。


対スライム用の装備、攻撃手段、戦術と戦略を構築し、私達はそれを成し遂げることになる。






私は何を望んでいるんだろう、と思うときがある。

私は何を欲しているんだろう?


最初は、ただの小銭稼ぎだった。

それだけが目的だったはずだ。


けど、それならあの中ボスで引き返せばよかった。

越えてさらにダンジョンを進む必要なんて無い。


なのに、私も波奈も足を止めなかった。


どんどん奥へと、下層へと潜っていく。

ここまで行ってしまうと、もう簡単に死ぬことができなくなる。


前みたいに誰かが拾って復活させてくれるって期待ができない。

本当の意味でのゲームオーバー、復活のない終わりが訪れる。


「思うんだけどさ」


ダンジョンの途中、休憩している焚き火の前で私は言った。


「最悪の死に方、ってなんだろ?」

「どうしたの」

「うん、ちょっと思った。なにをされたら私って一番嫌なのかなあ、って」


いろんな死に方を体験した。

種類としては数え切れないくらい。


その中でマシなもの、嫌なものの濃淡はあっても「最悪」が何かは、わからなかった。


「想良道が、最高に嫌なことかあ」

「うん、それが自分でもわかんなくて」

「簡単だけど、難しいね」

「でしょ?」

「あたしの場合は、どうかなあ」


焚き火の向こうの波奈が、天井を見上げていた。

最初とは比べ物にならない高級装備、だけどその全部が波奈に似合ってた。


パチパチと火花の弾ける音がする。


「ああ……そっか」

「思いついた?」

「ううん、死に方は思いつかない、それよりも最悪なことがあった」

「なにそれ」

「ねえ」

「ん?」

「あたしが想良道以外の人とバディを組んで、こうやって過ごしてたらどう思うよ?」


顔も見えない誰かが、波奈の前にいる――

そんなイメージが浮かんだ。


私の位置に、別人がいる。

その人は強いのかもしれないし、弱いのかも知れない。


けど、そのイメージの中の波奈は、私の前にいるときよりももっとリラックスして、もっと楽しそうにしていた。


「殺すよ」


言葉が出た。

驚くくらい自然に。


「波奈ちゃんを殺して、復活させて、また殺すかも。話した回数だけ、笑った回数だけ、繰り返し繰り返し、そうする。私がどれだけ悲しいか、わかってくれるまで」

「うん」


ドン引きされるようなセリフ。

だけど波奈は、納得したように。


「きっとあたしもそうする」


それはお互いに、死ぬよりも嫌なことだった。



 + + +



対人練習場では安全装置が働いている。

全力で攻撃しても、直前で止まるように設定されていた。

魔力防御の具合によって、どれだけのダメージが出ていたかを算出される。


人によってはこの練習場を決闘場だなんて言う人もいるくらいだ。


私達は、ここをあまり使うことはなかった。

互いに剣を向ければどうなるかなんて、薄々感づいていたからだった。


けど、たまたま、あるいはポトリと果実が落ちるみたいに、自然とそうする機会があった。


誰かが、言ったからだ。

――どっちの方が強いの?


誰かが、指摘したからだ。

――バディと戦っておいた方が癖がわかっていいよ。


誰かが、こぼしていたからだ。

――最近、対人練習場が使われていない、対モンスターの方ばかりが人気だ。


他に人の気配のない早朝、示し合わせたみたいに対峙した。

一言もなく、互いに剣を構える。


レイピアに小盾、きらびやかな装備。

華菱波奈の戦う姿、まるで隙のない戦闘の形。


私の中にある辞書の完璧の項目には、波奈のことだと記載されている。


「――」


ほんの微かな、呼吸。


それを合図に魔力行使を、波奈が行う。

瞬時に発動された五種類の魔術、その全てが「全力の刺突」に変換された。


土、風、水、火、光――

身体各部が動く瞬間を魔術が底上げし、雷の一撃となる。


より硬化した足場を蹴り、風が押し出し、水が体内の循環を促し、手中に火を発し柄を滑らせ、刀身がレーザーのように突き進む。


逃げられないし防げない、喰らうより他にない――

そう命じられたかのような一撃。


けれど私は誰よりも波奈を見ていた。

その攻撃を誰よりも知っていた。


呼吸が始まった時点で「踊って」いた。

ただの一歩、ただの一動作を踊りと定義し、力を引っ張り出して、その直線から身を外す。


躱しながら回転し、出どころを見せない攻撃を送り込む。

ステップの動きに紛れさせた、意識の隙間をつくような一撃。


このタイミング、この体勢、この位置関係なら絶対に当たる。


当たり前のように、盾に防がれた。

後ろ首を刈る動作が弾かれる。

最初からわかってないと無理なタイミングだった。


絶対の攻撃を躱し、絶好の攻撃を防がれる。


けど、こんなのは、挨拶くらいのものだ。

波奈は直線を、私は曲線を多用した攻撃を交わし合う。


より早く届くのは、波奈の一撃。

だけど、より強く届くのは私の一撃。


一呼吸の間に火花が六度散る。

四つは波奈の連撃、すべて弾いて、二つの反撃を送り込む。


波奈の周囲では魔術が踊る。

最適のタイミングで、最小限の魔力で、最大限の一撃を送るための連続魔術。


それは人の攻撃というよりも、優美な機械が作動しているみたいだった。

動く軌跡を魔術が彩る。


その動きに絡みつくように私は踊る。

もう決められた通りになんて踊らない、その規定は必要ない。

魅せたい相手は戦神じゃない。


ただ、波奈のために踊る。

波奈の視線だけを独占する。

そのための動きを、そのための全力を行う。


散る火花は激しくなる。

絶え間ない、攻撃の交差、それが徐々にヒートアップする。


きぃん、と何かが途切れた。


それは――安全防護のシステムだった。

私達の速度と威力に耐えきれずダウンした。

安全の保証が途切れる。


攻撃は……止めなかった。


模擬戦がいつの間にか実戦に変わった。

だからどうした?


こんなチャンス、もう二度とないのかもしれない。


ジャンビーヤを持つ手に力が入る。

この曲剣が、波奈を刻む瞬間が、もうすぐ目の前にある。

彼女の肉を切り刻める。


そうしたい、したくてたまらない。

そうしたくない、そんなことは絶対にしたくない。


二つの反する気持ちが同じくらいあった。

言葉として伝えられず、踊りは熱を増す。


波奈が身に纏う魔術が倍加した。

最適を添えるだけのものだったのが、絶えず巨大に発動する。


魔術によって跳ね返され、さらに倍加する速度で剣が迫る。


きっと互いにもう人外の領域。

けれど、先手を取っているのは波奈で、対応しているのは私だった。


――あ、避けれないな。


だからこそ、気づいた。

あと四手で詰みになる。

私の首は斬り裂かれる。


極限まで集中した意識がそれを把握した。


――じゃあ、届かせよう。


受け入れて、ただ念じる。

たとえ首を斬り飛ばされても、身体に命じて踊らせる、踊りを続けさせる。


私が死んでも踊りを残す。

その刃を継続させる。


生首となっても、きっと見れる。

私の身体が、波奈の心臓を貫く瞬間を。


入神のさらに先、怨念にも似た執念でそれを行った、脊髄に刻まれた反射に命じる。


そうして――


「……」

「――」


止まった。

波奈も理解していた。


私に致死の攻撃を送れば、それをスイッチにしたカウンターが来ると気づいた。

だからこそ、首の直ぐ側でレイピアは止まっていた。


「……酷いよね」

「どこが?」

「ちゃんと、あたしに想良道の死ぬ姿を見せてよ」

「やだ、一緒がいい」

「わがまま」

「そうかなあ」


波奈はすぐ目の前で、泣きそうな顔だった。

レイピアは私の肌に触れている。


「あたし……」

「うん」

「斬りたい」

「うん、私も」

「でも、斬りたくない」

「それも、一緒」


二つの想いは、天秤の両方に同じ重さだった。

時間がどれだけ経っても、同じ重量が乗せられ続けてた。


「波奈が狼に食われて死ぬ姿、とてもキレイで、素敵だった」

「なにそれ、想良道の方だよ、炎に焼かれてるのに、すごかった、あれは踊りだった」

「えー、それ嫌」

「あたしも素顔以下の顔とか嫌なんだけど」

「溶かされてる波奈、もっとちゃんと見たかった」

「ああ、それはあたしもそう」

「棍棒で叩き潰されるとき――」

「毒で苦しんでるとき――」


互いに互いの死ぬ姿を言い合いながら、なんとなく気がついた。

必死になって戦って、それでも敵わず負けて死ぬ姿に、お互い魅せられたことを。


だから、止まった。

だから攻撃しない選択が取れた。


自分自身がやっても足りないからだ。

そこには必死が足りない、決死が届いていない、お互いがお互いにとって「絶対に負けたくない相手」じゃない。

別にいいかな、と受け入れてしまう。


下手をすれば、殺し合いですら単なるコミュニケーションで終わる。


見たいのは、それじゃなかった。

一番大好きで一番大切な相手が、どうしようもない敵にどうしようもなく負けてしまう姿が見たい。

純度100%の拒絶を知りたい。


これは、ネトラレとか、それに近い感情なのかもしれない。

絶対に見たくないからこそ、それを見たくてたまらない。


日常生活では決して現れることのない、その表情を、その絶望を知りたい。


大好きな相手の、一番の裏側を、一番の底を知りたい。


「行こうか」

「うん」


だから、結論としては、それだった。

中ボスを越えたダンジョン探索だ。


そこで、私達は探索をする。

万全を尽くして、完全に準備を整えて、全力を叩きつけて――それでも勝てない相手に出会うために。



そうした相手を全て打ち倒して、ダンジョンの底まで到達できたのなら……

どう思うんだろう。


残念なのかな?

喜ぶのかな?

それとも?


答えはなかった。

こんな理由で潜るのは、きっと私達くらいだ。


それでも、足を止めるつもりはまったくなかった。




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