もう一人の自分
地道なアタックを重ねて、ようやく意中の女性と出かける予定を作る事が出来た。この日をどれだけ待ちわびた事か、落ち着かないこの気持ちをどう表現しようか。
「何浮かれてるんだよ?」
冷水を浴びせられて思い出す。そういえばこいつがいたんだった。
「浮かれもするだろ、デートだぞデート」
「たかだか一回遊びに行くだけだぞ、お情けに決まってる」
「そんなのお前に分かるもんか」
「確かに分からんが、自分の身の丈は知っている。そして幸いなことに俺はお前を客観視出来る。諦めたらどうだ?」
やなこと言うな、少しは応援しようって気はないのか。俺は憤慨しながら、自分の姿が映った鏡に言った。
「お前は俺なんだから、俺の事を励ますのが筋ってもんじゃないのか?」
「馬鹿だな、俺だから俺に言えるんだ。感謝する事だな」
いつだったかもう忘れてしまった。しかしいつの間にかそいつはそこにいた。俺が何かに姿が映る時、そいつはきまって話しかけてくるのだ。
もう一人の自分が鏡の中にいる、姿かたちはまったく一緒、話す事も出来るし、意志もある。それが自分である事は自分が一番よく分かっている。その確信があった。
「そういうのいいから、今日の格好はどうだ?いいと思うか?」
「まあ悪くはないと思うが、俺はお前だからな、趣味嗜好が一緒だから好印象なのかもしれん」
「自信が揺らぐからやめろよな」
「ああ一つだけ確実に言える、髪型は気に入らないな、絶対お前もちょっと微妙だと思ってた筈だ」
指摘されてヘアワックスを手に取る、ちょいちょいっといじって変えてみた。
「いいな、さっきよりずっといい」
「お、意見が合ったな」
「ま、俺だしな」
「よし、俺だから忠告してやろう。告白するなら躊躇うなよ、断られる事を考えるな、中途半端が一番ダサい」
「よっしゃ決めてくるぜ俺」
「頑張れよ俺」
鏡の中の俺とハイタッチを交わし、俺は今日のデートに臨んだ。失敗に終わったらショックだけれど、その時は俺が俺を慰めてくれる。奇妙な存在だけれど、自分がもう一人いるってのは案外悪いもんじゃない、そう思った。
やれやれ、俺が行ったか。
実は鏡の中の俺はちょっと未来にいる俺だ。だからこの後俺がどんな目に遭うのか知っている。
俺が好きになった女性は危険な嗜好の持ち主で、好きになった人や物を何かに閉じ込めるという行為に喜びを見出す。
今回のデートで告白すれば、俺は見事彼女と結ばれる。そして鏡張りの箱の中に閉じ込められるんだ。
俺は俺の運命を知りながら変えないのさ、だってまだまだ鏡には俺が必要だ。なんたって壁は全部合わせ鏡だからな、一杯俺がいないと足りないのさ俺。
慣れればそんなに悪くないもんさ俺、一緒に鏡の中に閉じ込められて、また一人憐れな俺を連れてこようじゃないか、待っているぞ俺。




