狂人
この世にはありとあらゆる狂人が存在する、と言っても私は会った事もなければ狂人の知り合いもいない。だから何を持ってして狂人と決めるのかは理解できない。
でも確かに何かに狂う人はいるのだ、他ならぬ私がそうなのだから。
狂人と言っても猟奇的な趣向ではない、むしろ誰も傷つく事はないし、人によっては羨ましいとすら思うだろう。でもこの狂気に取り憑かれるには相当な覚悟と困難が待ち受けている、狂人の私が言うのだから間違いはない。
私は狭く物も少ない一室で天井を見上げている。もうこうしていてどれくらいが経っただろうか、時間の感覚を忘れてしまった私には皆目見当もつかない。
見慣れた天井でも見続けていると変化が沢山ある、この前なんて天井の模様が動き出して勇者と魔王の戦いを繰り広げていた。私は魔王を応援していたのだが、惜しくも勇者を追い詰めた所で勇者が力を覚醒させてしまい負けた。あんなに頑張ったのに酷い仕打ちだ。
私は体を横にした。目に入った本棚にはもう読む必要がない書籍がずらりと並べられている。内容はもうすべて頭の中に入っているし、理解し実行もした。どんな本でもしっかりと読み込めば成功の鍵が転がっているものだと感心したものだ。
反対側に体を転がすと、今度は何十年の付き合いになる壁があった。この壁とも長い付き合いだ、こうして見つめ合っていると愛しい恋人にも思えてくる。いつも傍にいて見守ってくれるのだから関係は良好と言っていいだろう。
扉ががちゃりと音をたてた。誰が入ってきたのかは分かるしうんざりした。掛け布団を頭にすっぽりと被って隠れる。
「タカシ、あんたまだ寝続けているのかい?」
鬱陶しい、反応しないでやる。
「どうだい?たまには布団から出て外に出るってのは?」
これには私も思わず反論せざるをえない。
「母さん、何度も何度も言ったけれど、暖かな布団に包まれて快眠を貪る以上に楽しい事はこの世にないよ。この生活を続ける為にどれだけ苦労したのか分かる?投資や資産運用について死ぬほど勉強して腐るほど金を手に入れた。母さんだって一生何もせずに暮らしていけるだけの金を上げたじゃないか、この幸福を続ける事くらい許してもらうからね」
私の言葉にすごすごと母は引き下がった。人の金で暮らしている癖に傲慢な人だ。
ああ、快適だ。暖かい布団の中でぐっすりと寝る、他の事は何もせずにずーっとそうしていられるように沢山努力した。こんな些細な幸せを手に入れたっていうだけなのに人は私を狂人扱いするのだから、人の嫉妬とは実に度し難い。




