教育熱心
学校から帰ってきてもタイチの心はちっとも踊らなかった。勉強から解放されて家に帰れば、ゲームにおやつアニメにご飯と楽しい事ばかりが待っているなんて事はタイチにはありえない事だった。
無駄だと分かっていても精一杯ゆっくりと音を立てずに玄関のドアを開ける、キィと小さく金属音が鳴ったが、それほど大きな音ではなかった。もしかしたら今日は何とかなるかもしれない、そんな浅はかな考えはすぐに崩れ去った。
「お帰りなさいタイチさん、さあ早く手洗いうがいをして部屋へ行きなさい」
家の中でレディーススーツをびしっと着こなして、髪の毛を上の方で纏め、眼鏡の奥のつり目をギラリと光らせた女性がタイチに声をかけた。
「はい先生」
タイチは肩をがっくりと落とし言われた通りの事を済ませると、自室に戻って机の前の椅子に座った。
「では今日の授業を始めます。教科書を開きなさい」
先生に言われてタイチは教科書を開いた。先生は熱心にタイチに勉強を教え、タイチは言われるがままに授業を受けてノートを取る。硬軟織り交ぜた授業内容は真剣そのもの、先生はタイチ一人に対しても決して手を抜く事なく、タイチの小さな部屋は授業中の教室そのものだった。
「時間のようです。今日はここまで、予習復習は忘れずにしっかりとやるのですよ」
先生はそれだけ言うと部屋から出て行った。タイチは襲い来る疲れに思わずベッドに倒れ込んだ。
タイチの家は家庭教師を雇っている訳ではない、だから先生はその類ではない、では教育熱心な親か、それでもなかった。タイチは夏休みに友達と廃校になった校舎に忍び込んで肝試しをした。夜中に暗い建物に居るだけで背筋は凍り付き、冷や汗が絶えず額から流れ落ちる、陰鬱とした暗く重い空気の中、入りこんだ野生動物が急に動いて大きな物音を立てた。友人とタイチはパニックになり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
その時タイチは教室の一角に置いてあった置物を蹴飛ばして、そのまま踏み抜いてしまった。恐怖のあまり壊した事にも気が付く事なく、タイチは家に帰って布団を被ってガタガタと震えていた。
異変があったのは次の日からだった。突然目の前に現れた先生は、それから毎日毎日タイチに授業をしては、時間になると消えていなくなる。こんな生活はもううんざりだと日に日にやつれていくタイチだが、どうすればいいのか皆目見当がつかなった。自分だけにしか見えない聞こえない先生と地獄のような教室をどう説明すればいいのだろうか、タイチは頭を悩ませるのであった。




