爽快感
その日ある男は悩んでいた。悩み自体は平々凡々で大したものではないが、悩んでいる事自体が感情を蝕むものでもある、どうにか発散させたいものだと思ってぶらぶらと散歩をしていると、ある看板が目について足を止めた。
「爽快屋」
そう書かれた看板の下には扉がある、と言う事はここは店なのだろうか、爽快屋とは一体何を売っているのか、その怪しさ満点な店に、いつもは惹かれる事はありえないが、今はその爽快という言葉が魅力的に思えた。
「ええい、入ってみるか」
カランカランとドアに取り付けられた鈴が鳴り、奥にいた店主が顔を出してき
た。
「いらっしゃい、おや見ない顔だね、新顔かな」
「店主、ここは何を売っているんだい?額面通りに受け取ると、何か爽快になれる物でも売っているのか?しかし法に触れるような事ならお断りだぞ」
「そんな下らない物なんか扱っちゃいないよ、ここでは犯罪行為なんて一切行われていない」
男はますます首を傾げた。
「ならば一体どうやって爽快を売るって言うんだ?そう簡単に爽快感が得られるものかよ」
「あの機械に入って寝てもらうのさ、五分で済む、そうすればあっという間に気分爽快なのさ」
店主が指差した先には、卵型の怪しげな機械があった。
「おいおい、ますます怪しく思えてきたぞ、あの中で怪しげな薬を吸わせるつもりじゃあないのか?」
「そんな事はしない、ただあの中に入れば自動的に身体が傾く、丁度寝心地のいい姿勢を保ってな、そうしてひと眠りしたら爽快感が得られるって寸法さ」
男は怪しい気持ちを消す事は出来なかったが、今もやもやした気持ちを晴らす事が出来るのならと思って、思い切って試してみる事にした。
機械の中に入ると、そこには椅子があった。そこに座ると、機会が反応したのか、ウィイとモーター音を鳴らしながら、本当に寝心地の良い体制に保たれた。男はあっという間に眠気が襲ってきて、そのまますぐに寝てしまった。ピーという甲高い音に起こされて目を開ける、機械が元の姿勢に戻って、扉が自動的に開く、その前では店主が待っていた。
「どうだいお客さん、怪しい事なんて一切無かったろ?」
「ああ、しかも今すごく気分がいい、本当に俺は五分しか寝ていないのか?」
「あの機械は正確に動くから、お客さんは確かに五分しか寝ていないよ」
男はそうだと言うのに、身体は軽く、心のもやもやも晴れて、爽快感あふれる気分になっていた。
「これはすごい、本当に爽快感が得られた。しかも値段もお手頃だ。一体どんなからくりがあるんだい?」
男は仕組みが気になって仕方がなかった。渋る店主を口説き落として、何とかその仕組みを教えてもらえる事になった。
「この店の裏はまた別の店になっている、ついてきな」
男が店主に連れられて行くと、本当にもう一つ店があった。店名は「不快屋」だった。
「あの機械で眠っている間に、お客さんの不快感を吸い取る、そうするとお客さ
んには爽快感だけが残る。吸い取った不快感は、今不快になりたい、ある程度のストレスが欲しいと思っている人がこっちの不快屋で不快感を買う、だからリーズナブルな値段で爽快感を提供できるって訳さ」
男は店の仕組みに思わず感心した。爽快感を得られる仕組みにそんな仕掛けがあったとは、そして世の中には不可思議な需要と供給があるものだと思いながら、晴れやかな気持ちのままその店を後にするのだった。




