代わりの弊害
玄関のチャイムが鳴る。ドアホンで確認するとスーツ姿の男が立っているのが見えた。
「何かの営業なら必要ないよ、他を当たってくれ」
そう言って追い返そうとするも、男は食い下がってぐいと一歩前に出る。
「いえ、そう言わず少しだけ話を聞いてもらえないでしょうか」
「何だ何だ。あまりしつこいようなら警察を呼ぶぞ」
「お時間は取らせません、きっと気に入っていただけると思います!」
中々に気合を入れて食らいついてくる。何だかその様子に、一体何を用意しているのかと気になった。
「よし、本当に少しだけだぞ。面白くなかったら追い返すからな」
玄関を開けると、スーツ姿の男は頭を深々と下げてお礼を述べた。
「貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。手早くまいりましょう、私が紹介したい商品は、貴方の代わりに涙を流す人形でございます」
「何だその奇妙な人形は、大体それがなんの役に立つんだ?」
「おっしゃる通り、聞いただけの印象ではそう思いますよね。しかしこの商品、使っていただければその良さが分かると思います」
そう言ってスーツの男が手に下げた大きなカバンから取り出したのは、何とも可愛らしい見た目の人形だった。
「何の変哲もないが、どう使うんだ?」
「今から実践して見せましょう、少しお待ちください」
そう言って今度は懐から写真を一枚取り出した。
「おい、何だいそれは」
「この前亡くなった愛犬の写真です。ご覧になりますか?」
まあそれならと見せてもらう、小さなポメラニアンが舌を出している。
「可愛いな、名前は何て言うんだ?」
「ポンと言います。快活でよく気が利く利発な子でした」
「そうか、何歳だったんだい?」
「十三歳です。あまり苦しまず穏やかに逝きました」
何だかしんみりとした空気が流れる。
「では人形をご覧ください」
スーツの男が人形を指さす。見ると人形はさめざめと泣いていた。
「どうです?実は愛犬の写真を見た時から私は泣いていました。でも代わりに泣いてくれる人形のお陰でスムーズに会話ができました」
「こうして見せられると中々にすごい、泣きたくとも泣いてはならない場面はそれなりにある。便利に感じてきたぞ」
「そうでしょう?それに体に一切害もありません。花粉症やアレルギーで苦しむ人にもおすすめの商品なんです」
ここまで聞いて見せられては、ちょっとだけ欲しい気持ちになってきた。聞いてみると、お試し期間があると言われて、それならばと手早く契約を済ませて人形を手に入れた。
使ってみると中々に便利で、感動する映画を見ている時、涙で前が見えなくなる事もなく見える。それでいて泣いた時の爽快な気分は残るのだ。娘の卒業式、立派な姿を見て、涙でカメラのピントが合わないなんて事もなかった。結婚式のスピーチで、泣きながら何を言っているか分からない、そんなグダグダした展開とも無縁だ。これは便利な物だと満足していた。
電話が鳴り響いて受話器を取る。連絡してきたのは人形を売りに来た男だった。
「どうでしょう?試用期間が終わりますが、ご満足いただけましたか?」
「ああ、商品はすごくいい物だ。正直購入を考えたよ」
「では、ぜひとも契約を」
「本当にすまない、購入はやめさせてもらうよ。本当にいい商品だったから残念ではあるがね」
電話口で男は残念そうな声を出す。
「大変差し出がましいですが、購入に至らなかった理由をお教え願えますか?」
「ああ、実は葬式の時にスイッチを切り忘れてしまってね、一切泣かない私と妻が、あなたには血も涙もないのかと大喧嘩になってしまって、今別居状態なんだ。泣きながら謝れば許してくれるかもしれないから、人形はもう返す事にするよ」




