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短編小説  作者: ま行
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存在証明

 コツコツと靴音が響く、そこは周りをコンクリートで固められ寒々とした陰鬱な雰囲気が漂う異質な空間だった。


歩みを進める度に心に澱が積み上がっていくように体が重く、息が苦しくなるように感じる、照らす光は薄暗さを浮き立たせてむしろ恐怖心を煽る。


 重苦しい気分を抱え目的地まで辿り着く、ドアの向こうには会わなければならない会いたくない人間がいる、入る前に気分を落ち着けたいが一服つけようにも火気厳禁でそもそも禁煙だ、否応なくイライラする気持ちを深く深く息を吐き出して無理やり整える。


 意を決してドアノブを捻る、ギギギと不快な音をたててドアを開くと狭い部屋に机と椅子、目的の人物はもう席について待っていた。


「やあ先生こんにちは、いやこんばんはかな?ここは時間が分からないからね」


 そいつはここの雰囲気に似合わないほど明るく話しかけてくる、挨拶は不要だ、さっさと仕事を終わらせて帰ろう、私は席について道具を取り出した。


「おやおや挨拶もなしかい?コミュニケーションの基本なのにそこを疎かにするとは、それで精神科医が成り立つのかな?」

「では始めましょう」


 にやにやとわざとらしく笑うその男の言葉を遮り、ボイスレコーダーの録音開始ボタンを押す。


「あなたのお名前は?」

「加藤仁成」

「それは偽名の一つでしょう、本名を言いなさい」


 そいつは私をからかうように短く笑う、常に相手を小馬鹿にして話すのが鬱陶しい。


「中村宗太郎だ」


 中村は所謂シリアルキラーに分類される殺人犯だ、自らの身勝手な理屈で多くの人を殺してきた。


「どうも、年齢は?」

「33歳」

「殺しを始めたのは?」


 中村は声をあげて笑う。


「それは難しい質問だ、子供の頃から色んな動物を殺してきたからなあ、どれから始めればいいんだ?」

「それは知っている、お前は幼少の頃から生き物を殺すことで快感を得てきた、虫や小動物から野良猫、飼い主がいるペットにも手を出したことも数えきれない程だ」


 気味の悪い経歴を上げるだけで、中村の顔色はどんどん明るくなる。


「よく分かってるじゃないか、聞きたいのは殺人を始めた年齢だな?それなら18からだ」


 つまり中村は15年間人を殺し続けていたことになる、胸糞悪い事実だが、これはまだ序の口である。


「どんな人間を狙った?」

「消えても問題のないやつ、消えたいやつ、死ぬことに理想をもつ愚か者や、タブーを我慢できないやつだな」


 中村が手にかけた人間は実にまとまりがないが、一貫して犯罪に遭うリスクが高い者を狙っている。


 ホームレスや社会的弱者、自殺願望者や破滅主義者、法に触れる者や法を犯した者等が被害にあった。

問題はここからだ、中村は相変わらず嘘くさい笑みを顔に張り付けている、様子に変化はない。


「どうやって殺したのか、何度も聞かれたと思うがもう一度言ってくれ」

「食わせたのさ、愛しい我が怪物にな」


 そう言うと何もない空間を優しく撫でた。


 信じられないことに、ペットを愛でるような手つきのあとから、どこからともなく低い唸り声のような音が微かに聞こえる、それは明らかに中村から発せられてい音ではなく、聞こえてくる音はどの動物とも似通わないひたすらに気味の悪い低い唸り声だった。


「本当にそこに何か居るのか?」

「居るさ、見えてはいないがな」


 妄言の類いならどれ程よかっただろうか、私にも中村にも見えていないその何かはそこに居ないのに確かに存在を感じられて、そして中村はそれを殺人に用いていたと言うのだ。


「それとはどこで出会ったんだ?」

「質問の答えとして正しいか分からないが、こいつは俺が魔法で召喚したんだ」


 魔法に召喚、普通なら妄言と切り捨てる事ができる、しかし中村は嘘や妄想を語っていない、本当にそこには得たいの知れない何かが居る。


「どうだ?また頬を舐めてやろうか?」

「やめろ!!」


 声を荒げてしまった。


「怖い怖い、慣れるとこいつも可愛いもんだぜ」


 以前中村との面接の時に、その謎の存在に頬を舐められた。


 そこに存在は感じられない、何も居ないはずなのに頬に生暖かな感触と、おぞましい悪臭を放つ唾液がべったりとついた、あんな経験は二度とごめんだ。


「いったいそれは何なんだ」

「こいつはな、誰もが簡単に手を出せるけど絶対に手を出さない魔導書に書かれてる、存在しない魔物だよ」


 頭がおかしくなりそうだ、中村が言う「存在しない魔物」はここに居る。


「その魔物は何故人を食うんだ?」

「人を食ってると言うより、こいつは存在を食らうんだ、自分にないものを取り込むのさ」


 中村から語られるすべてはとてもじゃないが正気じゃない、しかし何度面接を重ねてもその本人の精神は頑強そのものだ。


「お前は何で犯行現場に証拠を一つ残すんだ」


 中村は今日一番大きな声で笑った、それは喜気というより狂喜じみている。


「それは俺の慈悲の心さ!俺はイカれてても心がない訳じゃないのさ!」

「何が慈悲だ人殺しめ」

「おいおい勘弁してくれよ、分からないか?この魔物は存在を食う、それは死ぬとか死なないとかじゃあないもっと根源的な消滅なのさ!」


 何を言っているんだ。


「俺は証拠を残していたんじゃあない、そいつが存在していたことを証明できる物を残してやっていたのさ!」

「つまりお前は捜査機関を利用して自分の殺人を証明していたのか?」


 中村は手を叩いて歓喜する。


「そうそう!そうだよ!この魔物は一切証拠を残さず人を殺せる、だけどそれじゃあただ消しただけでつまらない、だから俺はお前らを存在証明に使ったのさ!」


 つまりはこうだ、中村は得たいの知れない魔導書を使い自分の快楽殺人のための魔物を呼び出した、そうして思うままに殺し始めたが存在ごと消し去ることに不満を覚える、その解決法法に思い付いた事が、殺された人間が誰だったのか判別できる物を現場に残すことで多くの人間に消えた人の存在を知らしめたのだ、これにより消したではなく殺したことに事象を変えて、中村は自分の欲望を満たした。


「お前たちが俺を追うほどに人が死んでいく、俺からしてみればそれが目的だった」

「お前は何故今になって犯行を自供した?」

「欲望はもう満たした、俺の目的はもう完遂したのさ、あとは終わらせるだけ」


 中村は突然立ち上がった。


「何をしている?座れ」

「ありがとよ先生、あんたが居れば充分だ、俺の存在証明にはあんたが必要だった」


 中村が片手を上げると何かがそれに食らいついた。


「待て!中村!死ぬことは許さんぞ!」

「あばよ先生」


 その一言の後に首がなくなった、胴体も足も全身くまなく消え去ってしまった。


 見えない「存在しない魔物」は満足そうにげっぷの音を鳴らすと、もう何も聞こえなくなってしまった。


 机を殴り付け荷物をまとめて部屋を去る、精神鑑定の要求なんておかしいと思っていた、やつは結局何もかも思うままに利用し尽くして死んだ、消えたと言うべきだろうかもう私に分かることは何もない、今はただ一刻も早く脳裏にこびりついた狂気を洗い流してしまいたいが、残念な事に私はこの経験を忘れることはできないだろう、そしてこの記憶が「中村宗太郎」という最悪の狂人が居たことを証明し続けるのだ。

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