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短編小説  作者: ま行
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海坊主

 祖父は漁師だった。


 海に出ては魚をとって生計を立てていたと言うが、私が物心ついた頃には腰を悪くして漁はやめてしまった。


 実家で同居していた私は、漁師をやめて時間のある祖父とよく海に連れていって遊んでもらっていた、近所の子供たちにも人気で祖父の周りは人で溢れていた。


 面倒見の良いおおらかな性格が子供たちを惹き付けたのか、いたずら好きの子も大人しく内気な子も、祖父と海で遊んでいるときは皆仲良くして喧嘩なんて起きなかった。


 私はそんな祖父が大好きで心から尊敬していた、どんな子も「良い子だ良い子だ」と頭を撫でるとあっという間に祖父の虜になっていた。


 勿論優しいだけの人ではなかった、海の怖さも知る人で、腰を悪くしたのも海での事故だった、気を付けなければならないことは何度も叩き込まれた。


 そんな祖父が、良いとも悪いとも表現しなかった存在がたった一つあった、海の妖怪「海坊主」だ。


 海坊主は地域によって様々な伝承があって、行動も姿形もそれぞれの伝説があるが、私が祖父から聞いた海坊主は人助けや海の知恵を授ける妖怪だったという。


 祖父は生まれてからずっと同じ土地に住んでいた、自分の両親も漁師をやっていたので海に付いていって漁を学んだ。


 その時にやってはいけないことや危ないことを教えてもらったそうだが、若くて好奇心旺盛だった祖父は言い付けを破って遊ぶこともあった。


 その中で「海に山のミミズを捨ててはならない」という奇妙な言い伝えがあった、皆固く言い付けを守っていたが、伝わっている理由も伝記も残っていなかった、しかし何があっても守れとキツく言い付けられていた。


 海に慣れてきた祖父はこっそりその言い付けを破ってみる事にした、釣りでミミズを使うこともあるのに、理屈を説明できる人が居なかったのも理由の一つだ。


 山の土を掘り返すとミミズは簡単に見つかる、何匹か袋に入れて海に向かった、いざ海に入れるときに死んでしまうミミズの事を思って躊躇ったが、興味の方が勝り思いきってミミズを捨てた。


 海を見下ろして少し待ったが反応はない、拍子抜けした思いで顔をあげると、目の前に真っ黒な人の影のような海坊主がいた。


「お前ミミズを捨てたな、無益に捨てたな」


 頭の中で声のような音が響いた、その海坊主は口がないので頭に訴えかける。


「なぜ捨てた、ミミズを何故捨てた、理由によっては海がお前を呑む」


 暗い洞窟に響き渡るような深い音や、この世のものではない雰囲気に体はガクガクと震えて冷や汗が信じられないほど流れているのが分かった。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい、つい出来心で、興味本意でやってしまったんです」

「言い伝えはどうした、この辺りの者共の伝説はどうした」

「い、言い伝えはあります、だけど理由を説明できる人や伝説を遺した物がないんです」


 海坊主は落胆した様子だった、悲しみが伝わってきた。


「時が経ったんだ、仕方ないこともある、悲しいが時が流れたのだ、仕方ない仕方ない」

「ごめんなさい、ごめんなさい、償えることがあれば償います、許しください」


 海坊主は首を横に振った。


「海はお前を許さない、いつか罰が下る、だが我は理由を聞いた、口を利いてやる」


 それから海坊主は祖父の頭に情景を見せた、祖父は映画のようだったと言った。


 昔海の神様と山の神様の大喧嘩があった、海も山も荒れに荒れて住まう人々は困り果てていた。


 人々は神々を鎮める為に様々な事を試した、その中でミミズを生け贄に捧げた事があった、ミミズは山の神様の化身だったので海坊主は人々に注意して止めさせた。


 しかし山の神様は化身を捧げようとした人々に怒り、山の恵みや作物を枯らせ人が多く死んでしまった。


 この事態に天の神様は慌てて、海と山の神様を宥めて仲直りさせた、しかし譲れないこととしてミミズを海に近づけない取り決めをして、人と海を取り持つ海坊主がそれを守らせる役についた。


「海はいつかお前を追いやる、その時は我がそれを行う、なるべく延ばしてやるが覚悟をしておけ」


 それだけ伝えると海坊主はもう消えていた、不思議な事にそれを幻のように感じていつしか祖父は出来事を忘れてしまった。


 しかし船が大きく揺れて腰を強打した時に総てを思い出した、船の下に大きな黒い影を見たときにあの時の事が真実だったと悟った。


 この話を聞いたのは祖父が亡くなる直前だった、色々な疑問は残ったが、この奇妙な話も祖父がいなくなった今本当のことは誰にも知る由はない。

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