誰かの遠吠え
遠吠えが聞こえてきた。真夜中、月が明るい夜だった。綺麗な月だなと、何となく眺めていた時の出来事だった。
最初は近所の犬が吠えてるものだと思った。しかしどうにもそうじゃあないんだと分かった。どうしてか、そうじゃないと分かった。
不思議な感覚だった。でもこの遠吠えは犬とは違う、いや遠吠えをするのは犬なのだが、確かに違うんだと分かるんだ。
寂しい声だと思った。この遠吠えは、どうしてかとても寂しそうだった。誰かを呼んでいるような気もするし、遠ざけているようにも聞こえる。矛盾しているのは分かっているけれど、確かにそう感じるんだ。
「君は誰だい?」
窓の外に向かってそう呟いてみた。馬鹿馬鹿しいとは思ったけど、応えてくれる気がした。すると本当に、もう一度遠吠えが聞こえてきた。
「驚いた。声が聞こえるのか」
もう一度、遠吠えが。
「どうした?寂しそうな声に聞こえるけど」
更に一鳴き、聞こえてくる。そうだと言っているように聞こえた。こうしてみると、会話のようだ。遠吠えで会話なんて、変なものだ。
「どうして寂しい?」
理由なんてない、どうしてか寂しくなるんだ。
「そっか、でも皆案外、そんなものだよ」
そうか、皆そうなのか。
「ああ、どうしようもなく、叫びたい日があるんだよ」
そうだな、そうかもしれない。
「でもさ、こう考えてみろよ。どうしようもなくて叫び声を上げた時、案外それを聞いているやつがいるんだぜ。思っているより、一人じゃあないんだと思わないか?」
ああそうだな。もしかしたら、それを分かっていて、誰かを呼んだのかもしれないな。誰でもいいから聞いてほしいって、お前を呼んだのかもしれない。
「ああ、きっとそうさ。そして届いた。こうして、誰かと過ごす夜をくれたんだから、ありがたいものさ」
その会話を最後に、遠吠えは聞こえなくなった。月明りが差し込む部屋で、誰かに向かって、遠吠えを真似てみた。すると小さな声が、返ってきた。思わず微笑んでもう一度遠吠えを真似てみる、一人寂しい時ばかりじゃない、そう思いを込めて。




