錆びついた
年を取ると「錆びつく」という言葉の意味を思い知る。体も記憶も、日々常に錆びついていっているのが分かる。立ち上がるにも辛く、昨日の出来事を思い出すにも時間がかかる。
こうして死に向かっていっているのだろうと嫌でも分かってしまう、まだまだ、そう思っていても体は待ってくれない。老眼鏡をかけ新聞を開き、見ていても仕方のないニュースを目で追っては茶をすする。
「はあどっこいしょ、っと」
妻が家事を終えて向かいに座った。長年連れ添った彼女もまた日に日に年をとっていく、しわが増えるほど苦労させてしまっていないかと心配するが、恥ずかしくて口には出せない。
「なあ」
「はいはい、なんですか?」
「錆びついていっているなって、そう思わないか?」
きょとんとした顔をする妻を見て、かあっと顔が熱くなった。変なことを聞いてしまった。忘れてくれという前に妻は笑いながら言った。
「いやだわ、そんなの当たり前じゃないですか。毎日毎日、そう思っていますよ」
「そ、そうか?」
「ええ勿論。年を取ればそうなるのは当たり前、昔はそんなこと思わなかったけどね」
「確かにな、若い時は考えもしなかった」
「しわが増えて、鏡を見るのが嫌だなって思った時もあったわ。でもね、最近私は錆びつくのも悪くないなって感じるのよ」
「どうしてだ?」
素直に疑問に思ってそう聞いた。すると妻はあの頃のような柔和な笑顔をして答えた。
「錆びついていくのは一生懸命生きたって証でしょ?手入れも追いつかないくらい頑張ったって思うとちょっとだけ自分が誇らしくならない?」
「変わらないな、その前向きさは」
「あら、あなただって変わらないところがあるわよ」
「え?」
「何か隠し事をしたいときに顔が赤くなるところ。ふふっ、プロポーズされた時のこと思い出しちゃった」
妻の言葉に恥ずかしくなって新聞で顔を隠す。バレていたのか、まったくいつまで経っても敵わないな、そう思う。
「そうか、確かに錆びつくのも悪くないな」
「あら、どうして?」
「君を出し抜くチャンスがくるかもしれないだろ」
「ふふっ、そう思うとこの先も楽しみだわ」
ああ、まったくその通りだ。彼女の言う通り錆びつくのも悪くない、そう思えた。




