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短編小説  作者: ま行


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だがしや

 その日はあまりいいことがなかった。いいことばかりが続く方がありえないが、やはり気落ちすることは気落ちする。肩を落としての帰宅、いつも通りの道を歩いているはずなのに違和感を感じて足を止めた。


「こんなところに駄菓子屋なんてあったかな?」


 店には「だがしや」と書かれた看板が掛けられている。あまりにも堂々とした名前だ。しかしこの道沿いは昨日も歩いて帰ったけれどこんなものはなかったはずだ。


 それに今は夜20時、こんな時間まで駄菓子屋を開けていても仕方がないだろう。主な客層の子どもたちはもう家に帰っている。それに大人がここで買い物をしたいと思ってもコンビニへ行った方が断然いい。


 しかし気になることは事実だ。暖簾を上げて中に入ると高齢のおばあさんが店番をしていた。


「いらっしゃいませ」

「あ、はい」


 思わず返事をしてしまった。店の中に他の客はなく、中も外も寂れた様子だ。やっぱりこんな店なかったはずだ、おかしいと思う。


 だがそれ以上におかしいのは、棚という棚に一つも商品が乗っていないということだ。看板に偽りありすぎだろ、気になって店に入りはしたが商品がないのでは意味がない、俺は踵を返して店を出ようとした。


「お待ちください」

「えっ?」


 おばあさんに声をかけられて足を止める。商品がないのになぜ引き留めるのか、もしかして何かヤバい店なのかと冷や汗が流れた。


「な、なんですか?」

「お客様がお探しの商品はこちらでしょ?」

「は?はあ…」


 そういっておばあさんは何かを差し出してきた。恐る恐るそれを受け取ると、俺は思わず声を上げてしまった。


「うわっ!懐かしいこれ!」

「うふふ喜んでいただけて何よりだわ」


 手渡されたそれは昔とても好きだった駄菓子だった。あまりにねだりすぎて怒られたこともある。ああ、懐かしい。手に取るだけで色々な思い出がよみがえってきた。


「でもどうしてこれを?別に探していたってこともないのですが…」

「あらそうなの?でもその駄菓子のおかげで少しは気が晴れたのではない?」


 そう言えばこの駄菓子を手に取ってからよみがえってきた思い出で頭がいっぱいになり、何に気落ちしていたのかすっかり忘れてしまっていた。


「さあこれでぜーんぶ売り終わったわ。このお店の役目も終わり、あなたも出ていってちょうだいな」

「いや、あの、ちょっ!ちょっと!」


 意外なほど力が強いおばあさんに背中をぐいぐいと押されて店を追い出された。急いで暖簾を下ろして店に仕舞うと、目の前でガラリとシャッターを下ろされてしまった。


「何だよ強引だな、まだ金も払ってないのに」


 店の電気が消えてふと上を見上げた。すると「だがしや」の看板がなくなっており、視線を落とすとシャッターにはテナント募集の張り紙がされていた。立て続けに起こった不思議な出来事に頭が追い付かない。手の中に残った駄菓子の袋をあけて食べる。


「あっ、美味い。何だか分かんないけど、まあ美味いならいいか」


 この不思議な出来事もいつか忘れてしまうのだろう、そんな時にまだこの駄菓子が残っていて、もしもう一度手に取る機会があったのなら自分はきっと今日の日のことを思い出す。今はとにかくこの懐かしい味に浸っていたかった。

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