2-2 なぜかリア充になりました
校舎の中に入ってからも、鷺ノ宮さんと一緒に教室に向かっています。
初めは、俺の方が恥ずかしがって「教室は別々に入らない?」と提案をしたのですが、「やるからには本格的にって言ったでしょ」と返されてしまい、渋々と従うことになりました。
通学路でも視線は感じていましたが、校舎の中に入ってからもそれは変わりません。
むしろ、二年生の教室がある三階に足を踏み入れてからは、より視線を感じるようになりました。
「…………」
俺と鷺ノ宮さんが所属するG組の教室を前にして、さすがの鷺ノ宮さんも歩みが止まります。
「えーと、やっぱ別々に……」
「あんたも男なら覚悟を決めなさい」
鷺ノ宮さんはぴしゃりと言います。この人、俺よりも男らしいですわ。
「そうだね。うん……覚悟は決めたよ」
「嘘の関係ってことがバレたら何の意味もないから、キチンと受け答えしてよ」
「大丈夫。じゃあ行こうか」
ここまで鷺ノ宮さんに先行されてしまったので、ここは男らしく先陣を切りましょう。
俺は、勢いよく教室の扉を開けました。
『……………………』
視線、視線、視線————視線。
俺と鷺ノ宮さんを出迎えたのは多くの視線でした。
想像以上の注目に逃げ出したくなりましたが、今更遅いです。
毒を食らわば皿までです。
「じゃあ、また」
「そうね」
居心地の悪い視線を意に介さず、俺と鷺ノ宮さんはお互いの席に座りました。
さて、HR開始まで残り五分。
こう言う状況下での五分は、体感だと二倍三倍以上に感じます。
「俊介」
「おはよう、遼。あ、それに広大に新一も」
残り五分をスマホぽちぽちで乗り切ろうとしていたのですが、クラスの友人たちはそれを許してはくれないみたいです。
「おはようって……そんな悠長なこと言ってる場合かよー。いいからとりあえず、トイレ行くぞー」
「HRまで残り五分だけど!?」
「そんなのどうでもいいから行くぞー」
「うわ、ちょ引っ張るなぁああ!」
遼に引きずり出される形で男子トイレまで連行されます。
教室を連れ出される最中、鷺ノ宮さんの机の周りに相内さん、山野辺さんが集まっている様子を確認できました。
「お互い頑張ろう」と互いの健闘を祈ります。
「連行された理由は分かるよなー?」
遼に問い詰められます。
もうそろそろHRが始まるというのに、男子トイレでは会議が行われていました。
「えーと、俺を殴るため……?」
「ふざけてると本当に殴るぞ?」
「うそうそ、冗談です! 広大に殴られたら死ぬ!」
広大、は制服を着ていても分かるくらいガタイがいいです。
殴られたらひとたまりもありません。
「それで、江古田。これはどういうことなんだ?」
「新一が色恋沙汰に興味を持つなんて珍しいね」
「いや……昨日の今日だからな」
「昨日の今日?」
「気にしないでくれ」
俺はすっとぼけましたが、新一が何を言いたいのか何となく分かりました。
樋口先輩が言っていた通り、昨日行われた生徒会の会議で、俺の身辺調査をすることが決定したのでしょう。つまり、俺は新一を始めとした生徒会の方々から、オタクである可能性があると判断されたわけです。
だから、同じクラスである新一は、俺の動向を確認するつもりだったのでしょう。
けど、そんな俺がいきなり彼女を作って登校してきたので、出鼻を挫かれた形になったのだと思います。
「……はぐらかしても仕方ないよね。実は鷺ノ宮さんと付き合うことになりました」
『おおお!!』
そう告げると、友人たちは快哉を叫びました。
遼は「やったな」と言って俺の手を握り、広大は「あーあ、俊介に先を越されちゃったな」と笑い、新一は「正直驚いたが、おめでとう」と祝福してくれました。
こんな素晴らしい友人たちに、嘘をついているのが非常に心苦しいです。
「あはは……ありがとう」
後ろめたさを隠すように、苦笑いを浮かべてしまいます。
「でもさー、俊介と鷺ノ宮さんって、接点あったのがビックリだよなー」
「確かにな。俺も二人が教室で話してるの見たことない」
やはり急な交際なので、遼も広大も違和感を持っているみたいです。
生徒会副会長である新一も言葉にはしていないものの、俺の出方を窺っているというか注視しているように感じます。
俺は、この違和感や不信感を取り除く必要があるのです。
「いやー向こうからメッセージがきて、やり取りしているうちにね」
「ってことは鷺ノ宮さんから!?」
広大が驚きの声をあげます。
「正直なとこ、鷺ノ宮さんに気があるとは思ってなかったから驚いたよ」
今日までの自身の行動から鑑みて、俺の方から告白したというのは無理があると判断しました。
あれだけ「彼女ほしー」と女子に縁がないようなことを言っていた男が、水面下で女子にアタックしていた……というのもかなり違和感があると思ったのです。
「なるほどな。実は昨日の江古田の言動に、違和感を覚えていたんだが納得がいった」
「違和感……?」
「昨日、男女混合で遊びにいく話をしていた時、天沢と河内の二人が江古田と山野辺をくっつけようと苦心していただろ? 常日頃から彼女が欲しいと言っている江古田のことだから、喜んで食いつくと思ったんだが何だか歯切れの悪い反応だった」
そういえば昨日、そんなやり取りがありましたね。
遼と広大が彼女を作るためのお膳立てをしてくれたというのに、オタクライフが謳歌できなくなる懸念から渋ってしまったのです。
「いや……それは……」
「本当は彼女を作りたくないんじゃないか、彼女を作るより熱中しているものがあるんじゃないかと勘繰ってしまった。だけど、あの時点で江古田が鷺ノ宮と上手くやっていたというなら納得がいく。鷺ノ宮とのことがあるから渋っていたんだろ?」
「そ、そう! さすが新一!」
冷や汗が出ました。
あのちょっとした会話から、新一はそこまで違和感を持っていたという訳です。
やはり生徒会副会長の肩書きは伊達ではないですね。
これからは、今まで以上に新一とのやり取りを慎重にしないと、簡単にオタクであることや、嘘の交際関係であることがバレてしまいそうです。
「いやー、ほんとやることやってるよなー。それで他にも聞きたいん――――」
キーンコーンカーンコーン。
遼の言葉を遮るように、お馴染みのチャイムの音が鳴り響きました。
「担任はチャイムが鳴ってから三○秒後くらいに教室にくる。走れば間に合うぞ」
「さすが新一! 遼、俊介行くぞ! 俊介は昼休みに質問攻めにしてやるからな!」
なんとか、第一ラウンドは無事に終わりました。しかし、第二ラウンドの昼休みは、四五分も時間があります。
そのことを考えると、今から憂鬱で仕方がありません。