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【1作目】隠れオタクを探せ!   作者: あぱ山あぱ太郎
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2-1 なぜかリア充になりました

 一人暮らしの朝は早いです。

 起床してまず初めにすることは、洗濯物を洗濯機にぶち込むことです。

 洗濯物を回している間に朝食と弁当を作ります。

 昨日は時間がなかったので購買でパンを買ってしまいましたが、毎回それをやってしまうと月末には財布がすっからかんになってしまいます。わがままを言って一人暮らしをさせてもらっている手前、金銭面で必要以上に親の援助は受けたくないのです。


 というわけで、普段はお弁当を作っています。

 しかしだからといって料理が得意ということもないので、弁当の中身はいつも同じようなものです。

 だいたい海苔弁当と日の丸弁当を交互に作ります。そしておかずはウインナーだとか、プチトマトだとか、卵焼きだとかを適当に入れます。最近は冷凍食品に頼りがちです。

 弁当を作り終えたら、一昨日作ったカレーの余りを食べます。

 カレーは一回作ったら数日に分けて食べられるので楽です。

 思い返すと一人暮らしを始めてから、週に三日くらいカレーを食べている気がします。そのうち汗からカレーができてもおかしくないかもしれません。

 カレーを食べ終わる頃には洗濯機の音が止まっているので、中から洗濯物を取り出してベランダに干しにいきます。

 実家ではこれらすべての家事を母親がやってくれていたと思うと、母親に対して頭が上がりません。一人暮らしするとわかる母親の有難さです。

 ようやく一通りの家事が終わってひと段落――――というわけにもいかず、すぐに学校に行くための準備を始めました。

 そして準備が終わる頃には、家を出ないといけない時間になっています。


 今日はいつもより一本早い電車に乗らないといけないのです。

 せめてもの救いは、自宅から最寄り駅までの距離がそんなに遠くないことですね。

 早足で最寄り駅に向かい、予定通りの電車に乗ってようやく一息つけました。

 この電車に乗っている時間が、俺にとってはかなり幸せな時間です。

 手持ち無沙汰な時間に、大好きなアニソンを聴くのが数少ない楽しみでした。

 しかし、アニソンばかり聴いていると友達とカラオケに行ったときに、歌う曲がなくて詰むという現象がしばしば置きます。そのためアニソン専門で歌ってないアーティストの曲もちゃんと聴くようにしています。


「(はぁ……癒されるなぁ)」


 こうしてアニソンを聴いていると、待ち受ける困難を考えないで済みます。

 そう、これから俺を待つのは——————地獄なのですから。

 

「遅い」


 学校の最寄り駅についた俺を出迎えたのは、不機嫌なギャルでした。


「いや、約束通り八時だと思うけど」

「集合時間の五時間前に来るのが社会のルールでしょ」

「そんな社会滅んでしまえ!」


 五分前ならまだしも、五時間前って午前三時ですからね?


「五時間前は冗談としても、せめて五分前は常識じゃない?」

「それは……ごめん。言い訳かもしれないけど一人暮らしの朝ってバタバタしてて」

「いやそれは本当に言い訳。あたしも一人暮らし」

「え、そうなの!?」


 これは素直に驚きました。

 まさか自分以外に、一人暮らしをしている生徒がいるとは思いませんでした。

 自分で言うのもアレなんですけど、高校生の一人暮らしなんてかなりレアケースじゃないですか。


「……あたしも、江古田が一人暮らししてるとは思わなかった」

「どう————いや、鷺ノ宮さんも一人暮らしなのにギリギリに来てごめん」


 危ない、危ない。「どうして一人暮らししているの?」という言葉が、口から出そうになったので慌てて止めました。

 そんなの深い事情があるに決まっているじゃないですか。

 かくいう俺だって、なんで一人暮らしをしているのかと聞かれたら返答に窮します。

 馬鹿正直に地元から逃げてきた————なんて言えませんから。

 たぶん、それは鷺ノ宮さんも同じなんじゃないかと思います。


「まぁ、一人暮らしの大変さは分かるけどね。それじゃ、ここで突っ立てるのもアレだし学校に行かない?」

「おっけ」


 俺と鷺ノ宮さんは一緒に通学路を歩き出します。

 鷺ノ宮さんも、俺がどうして一人暮らしをしているのかは聞かないでくれました。

 この話題は触れないほうが互いのため……という暗黙が形成されたようです。


「あまり近づかないでね」


 歩き出したは良いものの、鷺ノ宮さんはスタスタと先に歩いていってしまいます。

 そして追いつきそうになると、威嚇をするような目を向けてきます。


「いや、でも恋人って設定ならあんまり離れすぎるのは……せめて並んで歩こうよ」

「私が不快に思わない距離感を保ちつつ、世間が恋人と認識する距離をうまく調整して」

「なにその無理難題!?」


 それからミリ単位で立ち位置を調整することで、なんとか絶妙な距離感を調整することが出来ました。まぁ、恋人というには少し離れすぎな気もしますが。


「はぁはぁ……鷺ノ宮さん歩くの早くない?」


 距離感を調整したのは良いものの、相変わらず鷺ノ宮さんの歩くペースは異常です。


「……だって恥ずかしいじゃない」

「それは、俺なんかと歩いていることが?」

「そうじゃなくて————いや、それもあるわね」

「そこは否定して欲しかった!」

「それよりも、単純に男子と一緒に歩いてるのが恥ずかしいの! あたしって今日までそういうキャラじゃなかったでしょ」

「確かに」


 鷺ノ宮さんと言えばクールで我が道を行くというイメージでした。

 同級生の男子にとっては近づき難い存在で、女子たちにとっては憧れというか……畏怖の対象という感じです。


「自意識過剰とかじゃなくて、結構同級生の子達に見られてるし……、たぶん樋口先輩の作戦は不本意ながら上手くいきそうよ」

「あのー本当に今更だけど、鷺ノ宮さんって彼氏とかいないの?」

「もしいたらこんなこと許可しないし……何なら交際経験自体もない」

「え、鷺ノ宮さんって彼氏いたことないの? 意外」

「まだ勘違いしてるみたいだけどさ。あたしは見た目こそこんな感じだけど、根は完全にオタクなんだって。そんなあたしに彼氏ができる訳ないじゃん」


 なるほど……。見た目的にはちょっとイケイケな男子が恋人候補なんでしょうけど、内面がオタクだからそういう系統の人とは合わないということですね。


「ちなみにだけど……今期のアニメってどれくらい見てる?」


 ただ、未だに鷺ノ宮さんがオタクという事実を、受け入れられない自分がいます。

 こんな見た目が良くて、現実が充実してそうな人が果たしてオタクなのかと。仮にオタクでも、どうせ「にわかオタク」なんじゃないかと勘繰ってしまうのです。

 自分でも性格が悪いとは思いますが、ついそのオタク力を図ってしまいたくなります。


「なに、あたしのオタク度でも図ってるの? 今期は二桁くらい見てるけど」


 俺も、オタクとして二桁は見なければというマイルールを持っています。


「むむむ……一押しのライトノベルは?」

「『貧乳彼女が豊胸した件について』かな」


 くっ……分かってるじゃないですか。

 一見ふざけたギャグ作品のようですが、自分のコンプレックスを受け入れられずに葛藤する彼女と、それを支える彼氏の人間模様が胸に刺さる作品なんです。

 特に、豊胸手術を受けるためアメリカへ飛び立とうとする彼女を、主人公が汗だくになりながら、傷だらけになりながら、全力で阻止しようとするシーンには感動しました。


「特にあの空港でのシーンは……やばい思い出したら泣けてきた」

「やっぱあのシーンだよね……………………ぐすん」


 鷺ノ宮さんが思い出し泣きするのを見て、涙を堪えることが出来なくなりました。

 こうして朝の通学路で、むせび泣く二人の男女の構図が出来上がったのです。


「え、あのカップルなんで泣いてるの……?」

「痴話喧嘩か何か?」


 肌を突き刺さるような視線を全方位から感じたので、必死に涙を止めました。

 鷺ノ宮さんも視線に気がついたようで、ハンカチで必死に目元を拭っています。


「うん、鷺ノ宮さんがオタクだっていうのは十分分かったよ」

「江古田もね。あたしだって、江古田が本当にオタクなのか半信半疑だった」

「いや、俺がオタクなのは疑いようないでしょ」

「そんなことない。確かに風見鶏キョロ充野郎って認識はあったけど。でもだからこそ、三次元への執着が強いのかと思ってた」


 風見鶏キョロ充野郎って……空気読むのに必死だったのは認めますけど。

 オタクがリア充界隈の人間とつるもうと思ったら、ある程度自分を殺して周囲に合わしていかないと結構厳しいのです。


「……鷺ノ宮さんだって、オタクとしての時間が全てではないでしょ?」

「それは否定しないけどね。でも、あたしはこれからもオタクでいる。アニメとか漫画とかゲームは、あたしにとって心の栄養剤だから」


 その考え方は、俺にも理解できました。

 オタクじゃない人からすれば、それはくだらないものなのかもしれません。

 けど、俺に——俺たちにとって、二次元コンテンツは希望でもあり救いでもあるのです。いい作品に出会うとそれだけで楽しい気持ちになれますし、もっと色んな作品を見たいと思えます。


「………………俺、鷺ノ宮さんとちゃんと知り合えてよかったよ」

「きゅ、急になに?」

「自分と同じような仲間と出会えるだけで、こんなに心が軽くなるとは思わなかった。あのさ……改めてよろしく」


 俺はすっと手を差し出しました。


「な、な、な、なにその手は!?」

「いやその、『これからよろしく』ってこと」


 鷺ノ宮さんは目を白黒させて明らかテンパっています。

 そんな反応されると、なんだかこちらまで恥ずかしくなってきました。


「……その前に一つ約束してほしい」

「約束?」

「あんたが隠れオタクなのは分かった。オタクであることを隠していて、本当の自分をさらけ出せないってことも分かった。けどさ、一緒にいる天沢達と仕方なく付き合っているみたいな態度とか、自分を押し殺して遠慮ばっかりするのはさ、もうやめなよ」

「そんな風に見えるかな?」


 なんて問いを鷺ノ宮さんに投げましたが、本当は自分でも分かっていました。

 図星です。鷺ノ宮さんの言う通りでした。

 今まで隠れオタクであることを言い訳にしてきましたが、ただ臆病なだけです。


「見える。だからあたしは、あんたと関わりたいとは思わなかった」

「そっか……」


 何から何まで、鷺ノ宮さんにはお見通しみたいです。

 本当に、この人の観察眼には脱帽するしかありません。


「で、これからは大丈夫そ?」

「分かった。頑張ってみるよ」


 あれから一年も経ったのです。

 もう、あの日々を言い訳にするのはやめないとですよね。

 約束、守らないとです。

 でも——————、いえ深く考えるのはやめましょう。


「それじゃ……これっきりだから! 今後は気安く触れないで!」


 鷺ノ宮さんは、半ばやけくそで俺の手を握りました。

 自分のものではない体温が手の平全体に伝わります。

 女の人の手ってこんなに小さいんですね。

 それに何だかすべすべしているというか……。取っ掛かりがない感じがします。

 そんなかつて味わったことない感触を堪能したかったのですが、体の内側から湧き出てくる羞恥心を、どうしても抑えることができませんでした。

 ここにきて、自分の行動を後悔し始めたのです。


「う、うん……あ、ありがと!」


 体が熱膨張を起こしたように熱くなってきたので、慌てて手を離しました。

 なんで俺は、こんな大胆なことをしてしまったんでしょうか……。

 後悔先に立たず。

 これは今日寝るときに「あああ!」ってなるやつです。


「…………あんたの手って結構大きいんだね」

「え、なんか言った?」


 鷺ノ宮さんらしからず、くぐもった声なのでよく聞き取れませんでした。


「なんでもない! 早くしないと遅刻する!」

「ちょっと待って、鷺ノ宮さん!」


 鷺ノ宮さんを真っ赤な顔で言い放つと、すたすたと足早に歩いていってしまいます。

 なにか、気に触るようなことをしてしまったのでしょうか。

 いえ、胸に手を当てて考えても皆目検討がつきません。

 現実世界にも、恋愛シミュレーションゲームのように選択肢が出てくれば、うまく対処できるんですけどね。


 ————なんてことを考えることができるくらい、この時は余裕がありました。

 この後、俺と鷺ノ宮さんがどんな目に会うかも知らないで。

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