1-6 オタク解放戦線に加入させられました
「これで、全員自己紹介できたな?」
樋口先輩の問いかけにメンバー全員が首肯しました。
どうやら欠席している人もいないようで、ここにいる全員がオタク解放戦線の所属メンバーということになるようです。
あらためて教室にいるメンバーを見渡します。
樋口先輩、椿くん、はるかちゃん、鷺ノ宮さんの四人に、俺を加えた。計五人のメンバーです。
「新入りも入ったことだし、戦線の輝かしい戦果について報告しようじゃないか」
「それでは私の方から、現在進行中の作戦についての経過を報告させて頂きます」
樋口先輩の発言に呼応して、一枚の用紙を持った椿くんが立ち上がります。戦線の活動に関連する何らかの資料みたいです。
ここに来るまでは不信感でいっぱいでしたが、樋口先輩と椿くんの本格的なやりとりに、少しワクワクしてしまっている自分がいます。暗躍する裏組織、秘密の会合、隠密な作戦……これらに心踊ってしまうのも仕方がありません。
「まず、『緑生高校オタク化計画』の進捗から報告します」
「ごくり」
初っ端から壮大な計画だったため、思わず唾を飲み込んでしまいます。
俺は気がつくことが出来なかったのですが、秘密裏に生徒をオタク化する計画が動き出していたみたいです。
しかし、どんな手を使って生徒をオタクにするのでしょうか。
「前々回の会議で決定した『単純接触効果を活用したオタク化促進』の方針に基づき、梶本さんが活動を行なってくれましたので、梶本さんから報告をお願いします」
単純接触効果を活用したオタク化促進!?
確か、単純接触効果というのは、心理学のテクニックだったと思います。
ちょうど、遼からそんなテクニックを教わったのを思い出しました。
対象に繰り返し接することで、好感度が向上するというものです。
遼曰く、好きな子ができたら話す機会や遊ぶ機会を増やして、とにかくアタックすればこの効果を得られるとのことでした。
まさかこんな高度な心理テクニックを活用しているなんて……。
樋口先輩の印象のせいで、ただの色物集団だと思っていた自分を殴りたいです。
「はーい、言われた通りにしましたよ! スカートとニーハイを履いて、絶対領域を見せつけてきました! いつもよりちょっと視線を感じた気がします!」
「(…………ん?)」
俺の聞き間違いでしょうか。
「思ったより効果が出てないようだが。梶本、きちんと黄金比は守ったのか? 絶対領域には裏付けされた黄金比があるんだぞ」
「もちろんですよ!
スカート 対 絶対領域 対 ニーソ = 4 対 1 対 2.5
になるようにちゃんと調整しましたよ!」
「完璧だ! どうして緑生の男子は反応しないんだ!?」
「だから私は、青と白の縞パンを履くように提言したのです!」
「椿先輩は何かと縞パン推しますよね!」
「梶本さん、縞パンはロリコンの夢なんです」
「椿は分かってないな。パンツは白だ。もっと言えば、黒ストッキングから薄っすら見える白パンツこそ至高だ」
「先輩方……根本的な問題として、パンツを人前で見せるのは難しいですよ!」
「風だ。パンチラは風でなんとかなる」
「樋口先輩、私は同意しかねます。パンチラは体育座りの時に、少し見えてしまうのが王道でしょう!」
「あのーちょっといいですか」
「……む、なんだ江古田」
ちょっと理解が追いつかないので、一度状況の確認をしたいと思います。
「そのー、緑生高校オタク化計画ってのはどうなってるんですか?」
「今、話しているじゃないか」
「えーじゃあ、単純接触効果を活用したオタク化促進ってのは?」
「梶本がニーハイを履いて絶対領域を見せつける——————これを数日間、繰り返すことによって、オタク文化への好感度を向上させるという作戦だ」
「遠回りすぎませんか!?」
前言撤回です。
オタク解放戦線はただのおふざけ集団でした。
『緑生高校オタク化計画』とか、』単純接触効果を活用したオタク化促進』とかいうワードに対して、ワクワク感を覚えてしまった数分前の自分が恥ずかしいです。
「なんだ、江古田も絶対領域に反対なのか」
「反対とかそういう問題ではなくて……」
俺が言いたいのは手法が間接的すぎるというか……、いくらなんでも迂遠すぎないかということです。
「これなら『鷺ノ宮を金髪ツインテールにする』の方がよかったんじゃないか?」
「絶対に嫌です」
鷺ノ宮さんは、恐ろしいくらい真顔で拒絶していました。
はい、確かにボツになってよかったと思います。もし、金髪ツインテールの鷺ノ宮さんが、クラスに入ってきていたら度肝を抜かれていました。
「あの、参考までに他にはどんな活動を?」
「それでは報告を続けますね」
気になって確認すると、椿くんがまた資料に目を通しました。
「次に『緑生高校ネコ耳化計画』です」
「もう名前からして馬鹿らしいけど!? 一体何をしたの?」
「樋口先輩が飼っている猫を学校に放ちました」
「…………えーと、計画の最終目標は?」
「緑生の女子生徒全員が、ネコ耳を装着することです」
「無理だよ! 目標に対して、手段があさっての方向を向きすぎてるよ!」
そもそも、例えどんな手段を使ったとしても、この目標を達成することは不可能だったと思います。本気で実現しようとなったら、催眠、洗脳、脅迫といった非合法な手段しか思いつきません。
「あ、俊介先輩。ちなみに僕のネコ耳姿見たいですか?」
「それは是非」
「うわ……」
鷺ノ宮さんにはドン引きされましたが、誘惑には勝てませんでした。
「活動はこれだけではなく、『緑生高校ブルマ化計画』も並行して活動中です」
「…………」
「他にも『人類補完計画』とか―――」
「もう完全にふざけてるよね!?」
はるかちゃんにニーソックス履かせるとか、学校に猫を放してみるとか、他にも名前がふざけた計画ばかりで、本気でオタクをなんとかしようっていう気概を感じません。
「別に、ふざけていたわけではない」
樋口先輩が、いつもより低い声で俺の言葉を否定しました。
「考えてみろ。江古田が入るまでメンバーはたったの四人だけ。十分な策もない。そんな状態で、強大な生徒会に対して攻撃を仕掛けるのは無謀だ」
「そ、そうですね……」
「だから小さなことからコツコツと、大きな目標に向けて少しずつ少しずつ布石を打ってきたわけだ」
「樋口先輩がそこまで考えているなんて……」
作戦名やその内容といった表面的な部分だけをみて、組織全体を批判してしまったのは大きな間違いでした。
何十年も歴史のある生徒会。
長い時を経て培われたオタクを排斥する風潮。
——これらを打破することは、一朝一夕では成し得ないです。
「ふん、ようやく理解したか」
「すみませんでした。つまり……ネコ耳化計画、ブルマ化計画なんていう一見ふざけた計画にも、何か意味があったというわけですよね?」
「いやない。それはワイの趣味だ」
「結局ないんですか! ちょっと反省しちゃったじゃないですか!」
こんなふざけた先輩の言葉で、反省してまったことが悔やまれて仕方ありません。
「いや、江古田には反省してもらわないと困るぞ。なんたって今朝の一件のせいで、生徒会との本格的な戦争が始まってしまったんだからな」