1-5 オタク解放戦線に加入させられました
「なるほどね。あんたの違和感の正体はこういうこと」
さっきまで同じように驚いていた鷺ノ宮さんですが、なにやら得心がいったようで、いつもの余裕ある表情に戻っていました。
「違和感って……。鷺ノ宮さんから好かれてないことは分かっていたけど」
「好き嫌いの問題じゃない。周りに合わせるのに必死で、全然楽しめてなさそうだったから同情してただけ」
鷺ノ宮さんから感じた視線は、気のせいではなかったみたいです。
周りから見るとそんなに滑稽に見えるのでしょうか。
……けど仕方ないじゃないですか。
ありのままの自分を受け入れてもらえる自信がないから、多くの人に好かれる自分を演出する。それは……悪いことなんでしょうか。
「鷺ノ宮さんからしたら、今日までの俺はさぞ滑稽だったんだろうね」
「別に……あんたがオタクだって言うなら、結構頑張ってたんじゃない?」
ここまでの努力を、全否定されなかったのが救いでした。今日までの自分の生き方に、まったく疑問がなかったわけではありませんから。
こうやって、同じ隠れオタクに認めてもらうのは悪くない————隠れオタク?
「いや、そんなことはどうでもよくて! 鷺ノ宮さんってオタクだったの!?」
「そんなに意外?」
「意外でしょ!」
だって、鷺ノ宮さんですよ?
改めて彼女の外見を描写すると、『スカート短い』『金髪』『巻き髪』『くっきり化粧』『貧乳(直接言ったら殺されそう)』になるガチガチのギャルですよ?
そんなギャルである彼女が、オタクだなんて信じられません。
そこはエグ○イルとか、湘南○風が大好きで、地元サイコーって感じのマイルドヤンキーみたいな人じゃなきゃ駄目でしょ(超偏見)!
「な、なに!? おかしい!?」
「いやだって、そんなの俺の知ってる鷺ノ宮さんじゃないよ!」
「江古田があたしの何を知ってんの!?」
「鷺ノ宮さんは学校の校舎裏でタバコを吸って、土日は渋谷のクラブでノリノリに踊って、若いベンチャー社長とかにプレゼントをもらってるんじゃないの!?」
「なにその誤解と偏見にまみれたあたし像! 違うから!」
鷺ノ宮さんは、顔を赤くしながら必死に否定します。クラスでは、絶対に見ることのできない表情なのでつい見入ってしまいます。
「……じゃあ、なんでギャルの格好してるの?」
「あんたと同じ擬態よ」
「なるほど」
アプローチの仕方は俺とは真逆です。
しかし、オタクであることを隠すためのカモフラージュという点では一致しています。
俺が必死にリア充を演出しようとしている一方で、鷺ノ宮さんは強烈な印象で周囲との距離感をうまく調整していたみたいです。
「おい、そこの二人。そろそろ集会を始めてもいいか?」
『すみません!』
すっかり他のお三方の存在を忘れていました。
俺と鷺ノ宮さんは他の三人に頭を下げて、樋口先輩が話し出すのを待ちます。
「さて、今日集まってもらったのは、見ての通り新人が加入したからだ」
樋口先輩は顎をクイッとあげる動作で、その場に立ち上がるよう促します。
まだ名前の知らない二人の会員(?)の視線が、俺に集まりました。
「コイツの名前はピカ○ュウ」
「そんなキラキラネームじゃないですから!」
「じゃあ、ミッ○ーマウス」
「あの、著作権的にヤバいやつばかりなんで、色んな意味でやめてもらえます!?」
「おち○ちん」
「それはもうコンプライアンス的にダメですからね!? というか仮にそうだとしたら、子供にそんな名前をつける俺の親が一番やばいですよ!」
「……まぁ、こんな感じでツッコミがだるい奴だ。仲良くしてやってくれ」
「誰のせいだと思ってるんですか!?」
こっちだって好んでツッコミをしている訳ではありません。目の前の先輩がただただ頭がおかしいので、そうせざるを得ないのです。
「あ、ちなみに江古田俊介って言います。二年です。よろしくお願いします」
まともに紹介してもらえないので、自分から名乗ります。
男子生徒、女子生徒の二人が笑顔で「よろしくお願いします」と返してくれました。
鷺ノ宮さんは、ギリギリ聞こえるような声で「……よろしく」と呟きます。
「じゃあ、次はお前らの方からも自己紹介してくれ」
樋口先輩に促されたメンバーたちは顔を見合わせていましたが、「じゃあ自分が……」というアイコンタクトを経て、男子生徒がゆっくりと立ち上がりました。
「それでは僭越ながら、私から自己紹介させて頂きます」
とても穏やかな口調と丁寧な言葉遣いでした。
そして嫌悪感を与えない爽やかな表情とともに、丁寧なお辞儀をしてくれました。
少女漫画に出てくる王子様みたいな風貌に、この謙虚で礼儀正しい態度も相まって、まるで遠くの世界の人物のように思えます。
このオタク解放戦線に所属しているということは、この人もオタクなんでしょうけど、どう見てもオタクには見えません。
「はじめまして、私は椿恭平と申します。当校の二学年です。江古田くんも同学年ということですので、仲良くして頂けたら幸いです」
もしかしたら、自己紹介の中でボロが出るかと思いましたが、それは杞憂でした。
男子生徒……椿くんは見た目も中身も素晴らしいです。
この人、本当にオタクなんでしょうか。
「ところで江古田くん。江古田くんはどんな作品が好きですか?」
「えー、俺は結構食わず嫌いしないタイプというか……少年漫画、ラノベ、アニメ、あとはギャルゲーとか幅広く好きだよ」
見た目では判別不能ですが、椿くんもオタクであることに間違いなさそうです。
「守備範囲が広いということなら、私とも趣味が合うかもしれませんね! 私も小、中学生くらいの少女が出てくる母体なら、それが漫画でも、ライトノベルでも、アニメでも何でも大丈夫です」
「そうなんだ! …………ん?」
何だか気になるフレーズがあったような気がします。
いえ、でも……別にこれといって深い意味はないのかもしれません。
「小、中学生の女の子が出る作品が好きなの?」
「あはは。意外かも知れませんが、私はロリータコンプレックスなんです」
「本当に意外だね!?」
「安心してください。私は二次元におけるロリキャラクターが好きなだけであって、現実の少女に興味があるわけではないのです」
「それならまぁ……?」
一応、現実と二次元の区別をしているということです。
現実世界におけるロリコンは、下手したら逮捕される危険性も孕んでいる訳であって、ちょっと冗談では済まされません。
「ちなみに、将来の夢は小学校の先生です」
「全然、安心できないけど!? ちゃんと区別できてる!?」
「もちろん、小学生女児と中学生少女の違いはすぐに判りますよ」
「そういうことじゃないよ!」
最初の好印象から一転して、一気に危険人物認定です。
「江古田君。本当に心配しないでください。法に背くようなことはしません」
「それなら、いいけど……」
「私が政治家になって、法律そのものを変えてみせます!」
「そんな公約じゃ絶対に当選しないよ!」
「なんですって……こんな世の中間違っています!」
「間違っているのは椿くんの方だよ!?」
爽やかなイケメンという最初の印象が、音を立てて崩れていきます。神は二物を与えない————なんて言うのはよく言ったものだと思いました。
「あのさ……本気で法律だけは守ってね?」
「それはつまり、合法ロリに手を出せということですか?」
「もう、そういうことでいいよ!」
問題の根本的な解決にはならないが、犯罪にならないだけマシです。
俺が同じ組織にいる間だけでも、彼が道を踏み外さないように見守ろうと思います。
「じゃあ、次は僕かな」
椿くんの自己紹介が終わると、その隣に座っていた女子生徒が立ち上がります。
女子なのに一人称が僕なんだ……ということに少し疑問を覚えつつ、女子生徒の姿をまじまじと見ました。
黒髪ショートボブにどこか幼く愛嬌のある顔立ち。
小悪魔的な笑顔が実に可愛らしいです。
服装はよく生徒たちが着ているなんちゃって制服ではなく私服でした。
緑生高校では、私服となんちゃって制服の比率はだいたい半々くらいです。
この空間に限定すると、鷺ノ宮さんと椿くんがブレザー型のなんちゃって制服。俺と樋口先輩は私服。
クラスだと遼や広大が私服。新一、相内さん、山野辺さんはなんちゃって制服です。
傾向としては、女子の方が制服を着ている割合が高いのですね。
しかし、目の前の子は珍しく私服でした。
オーバーサイズの白パーカーにデニムのショートパンツ。下に何も履いてないように見える男心をくすぐるコーディネートです。ジロジロ見るのはマナー違反だと分かっているのに、白く細い足につい目が入ってしまいます。
「梶本はるかって言います! 学年は一年ですので、ここでは一番の後輩ってことになります。よろしくお願いします……それと個人的なことにはなりますが、俊介先輩の見た目が結構タイプです!」
「ファッ!?」
あまりの驚きに、素っ頓狂な声を出してしまいました。
俺は生まれてこの方、女性にモテたという経験が一度もありません。
もちろん好意を向けられたという経験もなく、こんなにストレートに気持ちを表現されたのも始めてのことでした。
「その反応も可愛いですねー」
「いやあの、ほら、まだ出会って間もないし? その、なんというか、もうちょっとお互いのことを知るってのも大事なんじゃないかな? うん」
もう頭が混乱していて、自分でも何を言っているのかわかりません。
完全にコミュ障インキャです。
「ちなみに江古田くん」
「な、なに椿くん?」
慌てふためいて前後不覚になっていると、椿くんが声をかけてきます。
「梶本さんは、こう見えて男の子なんですよ」
「あはは、椿くんも冗談とかいうんだ」
ロリコンだけど根は真面目(?)という印象があったので驚きました。
「江古田くん。信じられないかもしれませんが、本当のことなんです」
「……って椿くんが言ってるけど、冗談だよね、梶本さん?」
椿くんの目がとても真剣だったので、一応、本人に確認してみることにします。
「もぉー、椿先輩バラすの早すぎですよ。そうなんですよー、俊介先輩。僕、一応生物学上は男ということになっているんです!」
梶本さんが男?
いやいや、そんな訳ない……改めて梶本さんを見つめます。
可愛いらしい顔、女の子っぽい服装、もっと言えば声だって女性特有の高さです。
「俊介先輩、そんなに見つめないでくださいー。恥ずかしいじゃないですか!」
「いやいや、まさかね。そんなわけがない。鷺ノ宮さん、梶本さんと椿くん二人が嘘ついてるんだよね?」
どうやっても信じられないので、隣に座っている鷺ノ宮さんに確認します。
「……あたしも最初、驚いた」
「——————梶本さんって本当に男なの!?」
鷺ノ宮さんも男であることを否定しなかったので、事実だと認めざるを得なくなりました。しかし未だに信じがたいことではあります。
「だからそう言ってるじゃないですかー。あ、そんなことはどうでもいいんですけど、僕のことは梶本じゃなくて、はるかって呼んでください!」
「あ。うん。じゃあ呼び捨てはあれだから、はるかちゃんで…………………………いやいや、そんなにどうでもいいことじゃないと思うよ!?」
梶本さん——あ、はるかちゃんか……。が、あまりにも自然に流すので、つい普通の会話に戻ってしまいました。
「性別なんてどうでもいいじゃないですか。それで俊介先輩……。僕と、お付き合いしてくれませんか……?」
はるかちゃんは少し頬を染め、相変わらず悪戯っ子の笑顔を浮かべています。
うん、可愛い。
そうだ、こんなに可愛い子が女の子のはずがない。
こんな子と付き合えたら幸せなんだろうなぁ————
「確かに、はるかちゃんは可愛いけど性別の壁は!」
一瞬、はるかちゃんの告白に思考をかき乱されましたが、なんとか持ち直すことができました。
危ない危ない……もう少しでOKしてしまいそうでした。
「二人の愛で、一緒に乗り越えましょ?」
……もうはるかちゃんルートでいいんじゃないかな?
うん、そんな気がしてきた。そうしよう。
これから先、俺とはるかちゃんには数多くの困難が待ち受けていると思う。
偏見、差別、迫害。
きっと心が折れそうになったり、立ち直れなくなることもあるかもしれない。
けど隣には、はるかちゃんがいる。
はるかちゃんが笑ってくれる。
それだけで、どんな困難を乗り越えることができる気がした。
俺ははるかちゃんに笑いかけ、はるかちゃんもそれに笑い返してくれる。
ただ幸せだ。
これだけでいい。
この小さな幸せを守っていこう。
二人は手を繋いで歩き出す。
どんなことがあっても——————この手だけは離さない。
はるかちゃんルート fin
「…………ヤバイヤバイ! 頭の中で完全にハッピーエンドを迎えてたよ!」
「俊介先輩。一緒に幸せになりましょ?」
「ちょ、待って! 仮にはるかちゃんと付き合うとして、今の俺には色々な壁を乗り越えていく覚悟がなくて……それってはるかちゃんにも失礼なことだし、だから……」
「じょ、冗談なのでそんな本気の反応しないでくださいよ! ……揶揄ったつもりが、僕の方が本気になっちゃうところでした」
どうやら、後輩女子……じゃなくて男子に揶揄われていたみたいです。
今だにこんなに可愛い子が男だということに信じられませんが、とりあえずもう納得するしかありませんでした。
樋口先輩をはじめとして、ロリコンの椿くん、男の娘のはるかちゃんと、オタク解放戦線には色物というか、変わり者が勢ぞろいです。
「あたしの自己紹介は別にいいよね?」
はるかちゃんの自己紹介がひと段落したので、鷺ノ宮さんが声をかけてきました。
「そうだね。……今後ともよろしく」
「クラスでは今ままで通りで」
「わかったよ」
鷺ノ宮さんとは顔見知りだった反面、距離感を掴むのがなかなか難しいです。
これから少しずつ打ち解けることができればと思います。
「江古田。ワイの自己紹介はどうする?」
出会った時に自己紹介はしてもらいましたし、この先輩の人柄は少し話しただけ容易に分かります。
その経験から、この人に自己紹介させたらどうなるか察しがつきました。
「遠慮させていただきます」