1-4 オタク解放戦線に加入させられました
放課後。
帰りのHRが終わってから、遼、広大、新一と駄弁っていました。
「あー、そういえば俊介。例の男女混合で遊びに行くって話だけどさー。今週の日曜って話になったからなー」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、遼は決定事項だけを報告します。
樋口先輩と話していた間に、全てが決まってしまったようでした。
「くっ、ちょうどバイトが入ってないのが悔しい!」
「鷺ノ宮さんは来るか微妙だけど、山野辺さんは確定! 俺たちでうまくフォローしてやるから山野辺さんとうまいことやれよー?」
「あれ、いつの間にそういう流れに!?」
「俊介が長い長いトイレしてる間に、俺たちで決めた」
そう広大が説明してくれたわけですが、もちろん納得はいきません。
「え、俺の意思は!?」
「ほら俊介は彼女が欲しかったんだろ? なら去年から接点があって、俊介が普通に話せてる山野辺がちょうどいいかと思ってな」
「確かに山野辺さんとは、結構話せるけど……」
まずいことになりました。
彼女がほしいというのはあくまでポーズというか、その場のノリというか……本気で彼女がほしいかといったら、別にそんなことはないです。
オタクというのは、結構お金がかかるのです。それに加えて、一人暮らしをしているので、家賃や光熱費、それに食費もかかっています。
その残りを全てオタク趣味に費やすことで、なんとか生活できている訳です。
もし彼女ができたら、貴重なオタク資金がデート代に消えてしまいます。
それだというのに、こんなお膳立てをされてしまったら……。
「だろ? なら問題はないんじゃないか?」
「いや、でもほらさ。向こうの気持ちもあるし!」
「そんな俊介に朗報。さくらに聞いた話だと、脈なしって訳じゃなさそうだぞー」
遼は得意気に言いますが、あまり知りたい情報ではありませんでした。
まずいまずい、俺のオタクライフが……。
今月はどうしても買いたい恋愛シミュレーションゲームがあるんです!
見たいアニメも星の数だってあるんです!
「なんだか、江古田は彼女が欲しくないみたいだが?」
「い、いやそんなことはないよ!」
新一の鋭い指摘に冷や汗が出ます。
「そうか、それならいいんだが。さて、僕はそろそろ生徒会があるから行くぞ」
新一はそそくさと荷物をまとめると、俺たちに背を向け歩き出しました。
その背中に、三人揃って「また明日」と声をかけます。
新一は振り向かずに右手をあげると、スライドドアを開けて教室を出ていきました。
「さて、じゃあ俺も部活行くわ」
新一に続くように、広大も荷物をまとめて教室を後にしました。
「んじゃ、俺たちも帰るかー?」
二人がいなくなってしまったので、遼が帰宅を促しました。
俺は歩きで遼は自転車なのですが、いつも途中まで一緒に帰ります。
しかし今日は……一緒に帰るわけにはいきません。
樋口先輩から、放課後とある場所に来いとお達しがきているからです。
「ちょっと今日は部活の見学することになっててさ」
「あれ。俊介ってバイトあるから、部活してる余裕がないんじゃなかったけー?」
「いやーそれがさ。三年の樋口先輩に無理に勧誘されてて」
樋口先輩の名前を出した瞬間に、遼は「あー」と納得したような声を出します。
やはりあの先輩……緑生高校の誰もが知る有名人みたいです。
「樋口先輩ってあのロン毛で髪が緑の人だよなー? あちゃー。俊介も厄介な人に目をつけられたなー」
「だから、とりあえず見学するだけして様子見る予定」
「その方がいいなー。なんか困ったことがあれば言えよー?」
心配してくれる遼に対して嘘をつくのは忍びないですが、これもオタクであることを隠すためです。
正直に、「オタク解放戦線に入った」なんて言えませんから。
「ありがとう。それじゃあ、また明日」
「うぃー、気をつけてなー」
遼と別れると、俺は指定された多目的室に向かって歩き出します。
緑生高校の敷地には主に三つの建物があります。
各学年の教室がある校舎。式典が行われたり、体育や部活動で使われる体育館。
そしてコンピューター室、音楽室、美術室といった、基礎科目以外の授業で使用される教室がある別棟。
多目的室があるのは、校舎から渡り廊下で繋がる別棟です。
情報、美術、家庭科の授業以外で滅多に利用することがないので、場所はうろ覚えです。そのため一部屋一部屋シラミ潰しに探すほかに手段がありません。
「(思いのほか歩かされた)」
そしてようやく、別棟二階の突き当たりに多目的室を発見しました。
とりあえず中に入ればいいのでしょうか……?
集まりが集まりなので、注意深く周囲を見渡します。
放課後の別棟は、吹奏楽部が奏でる音色が聞こえるくらいで至って平穏でした。
教師や生徒の姿も見当たりません。
安心して扉を開け————ようとしたのですが、鍵が掛かっていて開かないです。
集合場所を間違えた?
いえ、そんなはずは…………一応ノックだけしておきましょう。
「誰だ」
ノックをしてしばらくすると、中から聞き覚えのある声が聞こえました。
「俺です、江古田俊介です」
「知らない名だな。仲間なら合言葉が分かるはず」
「聞いてないですって!」
樋口先輩が、また面倒なことを言い始めました。
合言葉っていうのは事前に決めておくものであって、突然言われて分かるものではありません。
「CLA○NADは……」
「人生」
普通に分かりました。
一応、これでもオタクなんで(ドヤ顔)。
「撃っていいのは……」
「撃たれる覚悟のある奴だけだ」
「ポテチを取り……」
「食べる」
なんとか答えられていますが、ちょっと世代が一つ二つ違うような気がします。
しかし、まぁ面白い作品に賞味期限はありませんからね。
今期アニメを録画して気になったものを視聴する一方で、並行して動画配信サービスで過去の名高い名作も視聴するのがルーティンです。
「まったく……」
「小学生は最高だぜ! ……あのもういい加減入れてもらってもいいですか!?」
これではただのオタク検定と変わりがありません。
「入れ」
鍵が解錠される音が聞こえたので、ドアを開けて中に入ります。
多目的室はクラスがある教室の1・五倍くらいの広さで、空間の真ん中に長机がカタカナの『コ』の字型に配置されました。
扉を開けた樋口先輩は、何も言わずに上座である奥の席に着席します。
教室には、樋口先輩以外に男子生徒が一人、女子生徒が二人いました。
対面側に座っている男子生徒と女子生徒の顔は確認できますが、手前側で背を向け座っている女子生徒の顔は、拝見することができませんでした。
後ろ姿から分かるのは、金髪で、髪を巻いている、派手な人という印象です。
対面側に座っている二人は見知った顔ではなく、アウェー感を覚えます。
「何突っ立てる? 空いてる席に座れ」
樋口先輩が促したのは、後ろ姿しか見えない女子生徒の隣でした。
空いている椅子もそこしかないので、特に疑問なく座ります。
「……え?」
「……は?」
席に座るや否や、隣の女子生徒のお顔を拝見したのですが、なんともそのお顔に見覚えがあるじゃありませんか。
女子生徒の方も、最初は着席した俺を横目で一瞥しただけだったのですが、驚いたように体をこちらに向けて目を大きく見開いています。
『なんで、鷺ノ宮さん(江古田)が?』
後ろ姿から「派手な人だなぁ……」と思っていた人物が、まさかクラスメイトの鷺ノ宮さんだとは思いませんでした。
鷺ノ宮さんだと分かった後だと、言われてみれば鷺ノ宮さんの後ろ姿だと思いますが、入室時点でそれに気がつくのは無理です。だって、あの鷺ノ宮さんが、『オタク解放戦線』の集会にいるとは思わないじゃないですか。