1-2 オタク解放戦線に加入させられました
当然のようにHRに遅刻し、担任の先生から「今日はセーフにしてやるから、次から気をつけろよ」という言葉を頂きました。
それからボーッと授業を受けていたら、一限目、二限目、三限目、四限目とあっという間に終わってしまいます。光陰矢の如しですね(?)。
もしかしたら一〇分休みを利用して、生徒会長が来るんじゃないかと、怯えていましたがそんなこともありませんでした。
そしてようやく、クラスみんなが待ち望んでいた昼休みに突入したわけです。
教室は生徒たちの喧噪で大変賑わっています。
先程までは、生徒会長の影に怯えていたわけですが、現行犯での捕縛を避けた時点で問題がないことに気がつきました。証拠はカバンに残ってないわけですから。
ですので、安心して友人たちとのランチタイムに興じようと思います。
教室内ではすでに仲の良い者同士が席をくっつけ、楽しそうに会話をしていました。
所謂、グループってやつですね。
ちょっと地味なグループとか、良くも悪くも普通なグループとか、イケイケなリア充グループとか……色々なグループが教室のあちこちに点在しています。
そんな俺自身も、やはりグループというものに属しています。しかも——客観的に判断すると、イケイケなリア充グループに該当するグループにです。
「俊介。早く来いよー」
オタクであることを隠して所属しているリア充グループ、そのリーダー的な存在、天沢遼が席に着くように促してきます。
「ごめんごめん、お待たせ」
遼の席を起点に、四つの机を向かい合わせにくっつけて出来上がるのが、俺が所属するグループのテリトリーです。
メンバーは彼女もちイケメン天沢遼。バスケ部のエースでモテモテな河内広大。成績優秀で生徒会副会長の滝沢新一。そして隠れオタクかつキョロ充の俺です。
「俊介は朝から眠そうだけど、徹夜でもしたのか?」
席に着くと、心配そうに広大が尋ねてきます。
こうナチュラルに、人の変化に気がつくところがモテる要因です。
「いやー、面白い海外ドラマ見てたら気がついたら朝で」
はい、ここで隠れオタクの技が出ましたよ。
素直に「アニメ見てた!」なんて言ったら人生終了なので、海外ドラマ好きという設定でうまく乗り切っています。
嘘つくとき、事実と違いすぎると矛盾が生じるので、ドラマという映像で見る媒体という共通項でうまくカモフラージュしています。
「俊介は本当に海外ドラマ好きだよなー。俺も部活引退したらなんか見ようかな。そん時はオススメ教えてくれよ」
「オッケー」
なんて気さくに返事していますが、実際に見たことある作品は一つもありません。
そろそろ本当に、一つ二つは見ておいたほうがいいかもです。
「俊介も土日家にこもってないで、女の子とデートくらいしなよー」
「ちぇー、この彼女持ちめ! そう思うなら俺に分けてよ!」
彼女がいない俺のことを、彼女持ちイケメンの遼がからかいます。
……彼女はいなくても、嫁の一人や二人はいます(二次元ですが)。
「さくらは俺の彼女だからだめだぞー」
さくらというのは、クラスメイトの相内さくらさんのことです。
遼と相内さんはいわゆる幼馴染というやつで、中学生の時に遼から告白して、付き合いだしたそうです。今年で三年目になる熟年カップルです。
幼馴染の彼女とか、「それなんてギャルゲー?」って感じですよね。
「くぅ、彼女持ちが羨ましい!」
「彼女いるってのも結構大変なんだぞー? お金も時間もかかるし、喧嘩とかも結構多いからねー」
「なるほど! じゃあ、彼女なんていなくても……」
「だけど、一緒にいるとすごく満たされるけどねー」
「ぴえーん、やっぱり俺も彼女がほすぃーよ!」
遼の話を聞いていると、つい三次元の彼女が欲しくなってしまいます。
「彼女がいることだけが、高校生活の楽しみという訳じゃないだろう」
俺と遼が彼女話で盛り上がっていると、新一が建設的な意見をくれました。
さすがは生徒会の副会長であり、学年二位の頭脳の持ち主です。
新一以上にメガネが似合う知的な男子を、俺は知りません。
「確かに! 新一の言う通りだ!」
「いやでも……俊介と違って新一はモテるからな。新一は彼女を作る・作らないの二択の上で彼女を作らないんだろうけど、俊介には選択肢ないからな」
「くそ、このモテ男! 裏切り者め!」
「いや、僕に言われても」
イケイケグループにも、グループ内格差があるわけです。
遼には彼女がいますし、広大と新一は彼女がいなくてもかなりモテます。
かくいう俺は彼女どころか、告白されたことなんて一度もありません。
しかし仕方ないのです。
俺は、家賃や生活費を除いた全てのアルバイト代をオタクグッズに使います。
当然のようにオシャレにかけるお金がないのです。
本気で彼女を作りたいなら、自分磨きに投資するべきなんでしょうが、そこまでして彼女をほしいとは思ってないのが正直なところです。
「俊介って顔はそんな悪くないのに、どうしてモテないんだろうな」
広大がフォローするような言葉をかけてくれます。この優しさに惚れそうです。
「うーん、積極性? いや、それなら新一がモテる説明がつかないし……」
「江古田は、分かりやすい肩書きがないのが良くないんじゃないか。天沢は学級委員、河内はバスケ部のエース、僕は生徒会副会長って肩書きがある」
遼も新一も真剣に考えてくれているので、とてもいたたまれない気持ちになります。
「分かった! 肩書きがないからには、積極的に声をかけなきゃだね!」
「おぉ、その意気だー。それなら、さくら経由で男女混合で遊びにでも行くかー?」
そう言うと遼は、隣の島——相内さんを中心とした女子のグループが集まっている机に向けて、「今度遊びに行かないか」という旨を伝えていました。
「いいねー、男子は遼、広大、副会長、江古田くん?」
あわわわ……話進むの早くないですか。
俺的には、ちょっとずつ女性慣れしてからのつもりだったのですが。
ほら、俺ってオタクじゃないですか。
当然のように三次元の女性も不得意なわけで……。
「そうそう。広大と新一は、部活と生徒会大丈夫そう?」
「日曜なら一日オフ」
「生徒会は基本平日だけだ。土日は大丈夫だ」
「あれ、俺の事情は聞かないの!?」
「俊介は空いてるだろー」
「暇人だと思われてる!?」
これでも一応、アルバイトを一生懸命頑張っているんですよ?
「こっちは……歩美はもちろんいけるよね? ……江古田くんいるってよ」
「う、うん! 大丈夫! ……それなら部活終わりは嫌だな、汗かいてるし」
相内さんは山野辺さんと何やら小声で話しています。二人は同じ女子バレー部に所属していて仲が良いです。
いやー山野辺さんがメンバーにいると助かります。
歩美こと、山野辺歩美さんとは、一年生のとき同じクラスだったので、女子が苦手な俺でもそこそこ話すことができます。
「ちなみに、咲ちゃんはどう?」
……鷺ノ宮さんも相内さんのグループになるんですね。
鷺ノ宮さんこと、鷺ノ宮咲さん。
脱色した明るい髪を、これでもかというほどクルクルに巻いたヘアースタイル。化粧でバッチリと整えられた眉と目元。今朝会った生徒会長と違って、モデル体系のスレンダー美人です。ええ、もう完全にギャルですね。
彼女はグループに所属している印象がなく、一匹狼みたいな印象がありました。
しかしどうやら、リア充グループに必死にすがりついている俺と違って、彼女の周りにはリア充グループの方から寄ってくるみたいです。
そんな鷺ノ宮さんのことが————俺は少し苦手でした。
自意識過剰だということは分かっているのですが、時折目があうと「そんな生き方窮屈じゃない?」とでも言いたげな、憐れみの視線を感じるのです。
本性が全て見抜かれているようで、恐怖の感情すら覚えてしまいます。
「ん、あたしは……」
鷺ノ宮さんは、少し考えるような仕草をしました。
そして、なぜか俺の方を一瞥しました……え?
「行けたら行こうかな」
「もぉー、それって絶対に来ないやつじゃん!」
気がついたら、鷺ノ宮さんの視線は窓の向こうに注がれていました。
それがあまりに自然だったので、視線を向けられたのが、自分の妄想ではないかと思ってしまいます。
「(俺がいるから遠慮した……?)」
さっきの視線に深い意味はなかったのかもしれません。
そうは言っても、視線を向けられた側としては勘繰ってしまいます。
鷺ノ宮さんとは、二年生になって初めてクラスが一緒になったのですが、初めから形容しがたい違和感、不快感、居心地の悪さがありました。
もちろん、今日までまともに会話をしたこともありません。
例えるなら、一目惚れの逆バージョンみたいなものでしょうか。
「じゃあ、この面子でグループ作るからさー。日程の回答よろしくー」
俺の頭は、鷺ノ宮さんの意味深な行動でいっぱいいっぱいでした。
しかし、そんな俺に構うことなく、遊びの予定は堅実なものへと昇華していきます。
「わり、ちょっとトイレ」
逃げ出すようにその場を離脱しました。