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【1作目】隠れオタクを探せ!   作者: あぱ山あぱ太郎
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1-1 オタク解放戦線に加入させられました

「やばい、遅刻する!」


 俺、江古田俊介は閑散とした通学路を走っていました。

 もう一○分早ければこの通学路も緑生高校の生徒で賑わっていますが、あと五分で始業のチャイムが鳴ってしまう今現在においては、生徒の姿は見当たりません。

 遅刻を免れるには、とにかく走るかしかありませんでした。

 しかし、寝不足の体で通学路を全力ダッシュするというのは非常に疲れます。

 今日俺が遅刻したのは、他ならないこの寝不足に原因があるのです。

 トータルで三○分くらいしか寝ていません。

 それは今日が試験で勉強してたとか、朝まで彼女が寝かせてくれなかったとか、そんな理由ではありません(後者だったら役得ですが)。

 アニメを見ていたのです。それも二クール全二四話の名作アニメです。

 当初の予定では、土日両方を使って見終えるつもりでした。

 しかしながら、土曜日を秋葉原での買い物に費やしてしまったので、スケジュールがここまでズレてしまったのです。

 つまりですね。今日が学校だというのに、日曜日の深夜から月曜日の朝まで、アニメを見てしまいました。

 寝ないでそのまま学校に行けば、遅刻しないで済むと高を括っていたのですが、気を抜いた瞬間に眠りこけてしまったのです。

 その結果、こうして通学路を全力ダッシュすることになっています。

 でも後悔はないです。そのアニメは最高でしたから。というか、高校二年生になったというのに大号泣していました。

 絵柄が古いという理由で敬遠していた自分を殴りたいです。


 この状況から容易に推し量ることが出来るとは思いますが、俺はオタクです。

 オタク。自分の好きな特定分野に傾倒してしまった人物への呼称。この言葉は、現代日本において、概ねマイナスな意味で解釈されています。

 近年、アニメ文化が海外で評価されたり、アニメーション映画が空前の大ヒットを記録したり、国がクールジャパンなんてものを推し進めていたりと、オタクに対しての風当たりは弱まりつつあります。

 しかし、高校生レベルでの話になるとそれも変わってきます。

 天は人の上に人を造らず————なんて福沢先生が仰っていましたが、そんな先生の言葉と裏腹に、学校にはスクールカーストというものが存在しているのです。

 ウェーイ系の人とか、運動部(卓球部を除く)は基本的に上位。

 文化部や帰宅部は真ん中くらい。

 その下に目立たない人、暗い人、そして最下層に存在するのがオタクです。

 そうです。俺、江古田俊介はそんなオタクをやっています。

 しかし、有難いことに、そんな俺でもスクールカーストの底辺にいるかというとそんなことはありません。

 江古田俊介はオタクではありますが、隠れオタクなんです。

 オタクということを隠し、ちょっと充実した高校生活を送っています。

 バレてしまったら終わりという意味では、江戸時代に存在した隠れキリシタンと大差はないです。

 隠れオタクにとって、オタクであることを隠すのは絶対的な使命です。

 下手したら、今いるクラスのグループや人間関係にも影響がありますからね。

 しかし、そうした友達にバレたくないという世間一般的な理由だけではなく、もう一つだけ絶対にオタクであることを隠さなければならない理由があります。


「はぁ……なんとか間に合った……!」


 気を紛らわすために、自分の現状についてあれこれ考えながら走っていたところ、ようやく私立緑生高校の校門が見えてきました。


「そこの人ー、もうそろそろ始業のチャイムがなりますよ」


 ようやく校門にたどり着いたところ、出迎えたのは一人の女子生徒でした。

 女子生徒の前には長机が置かれており、側面に貼り付けられた紙には『持ち物検査』と書かれています。


「(げっ、今日は持ち物検査の日だったのか……)」


 俺が通う私立緑生高校では、不定期で持ち物検査が行われます。

 これは教師指導のもとではなく、学生主体で行われている活動で、請け負っているのは生徒会役員です。

 この緑生高校では開校以来、生徒主体の自由な校風をモットーに、今日まで多くの卒業生を輩出していきました。

 その中には政治家、文化人、アーティスト、芸能人、大手企業社長といった数多くの著名人が存在します。

 これは開校以来、一貫して守られているスローガンに起因します。

『世界に羽ばたく緑生』

 要は、緑生高校のみんな、世界で活躍できる人間になろう……ってことですね。

 このスローガンは初代生徒会長が考えたものらしいです。どうやら、初代会長にかなりのカリスマ性があったみたいで、今でもそれは生徒会に受け継がれています。

 俺もこのスローガン自体には賛同しているのです。

 しかし、六十年の時を経てこのスローガンは曲解されるようになりました。

 というのもですね————


「それでは急いで持ち物検査をしましょう。『オタク文化及びそれを信奉する者に対する排斥の原則』に基づき、違反物品がないか確認させて頂きます」


 時の生徒会が、

 『世界に羽ばたく人材には幅広い知識と、高い外交性、健全な肉体が必要である』

 なんてかなり体育会系全開の方針を採用したがために、その方針にそぐわないオタクが弾圧されるようになりました。

 これがオタクであることを、絶対に隠さなければならないもう一つの理由です。

 この学校でオタクということがバレた瞬間、人間関係に問題が生じるだけではなく、生徒会による『更生プログラム』を強制的に受けさせられます。

 オタクから無駄に意識高い系の人間に改造——いえ、改悪されてしまうのです。

 昨年、違反で捕まった生徒がいましたが、その生徒も筋トレとプロテインが大好きなマッチョに生まれ変わっています。

何でも、今度のボディービル選手権に出場予定らしいです。

 一体、どうしたら人間をそこまで変えてしまうんでしょう……。

 そういった背景から、オタクであるということはバレていけない訳です。

 もし、ライトノベルを学校に持ってこようものなら一発でアウト。漫画やゲームにも厳しい審査があり、大衆向けか否かでその扱いが変わってきます。


「ちょっと待ってください……」


 慌てて、肩に掛けていたカバンのファスナーを下げました。

 今日は時間がなかったので、中身が金曜日のままなのですが……え?

 なんとそこには、ア○メイトの袋に包まれた一冊のライトノベルがありました。


「(しまったぁああああ)」


 土曜日、アキバに行ったときに使っていたのがこのカバンでした。

 ライトノベルを買ったときは、あとでカバンから出さなきゃ……なんて考えていたのにすっかり失念していました。

 角度的には、まだ女子生徒には見えていないと思いますが、カバンを机に置いたら人生オワタです。

 まじですか。こんなことで俺の学校生活は終わってしまうんですか。

 ここまで何とかうまくやっていたというのに!

 きっと一ヶ月後には左手にプロテイン、右手にささみ肉を持っていることでしょう。

 グッバイ、俺の青春。


「どうしたのですか、時間がないですよ————って江古田くん?」


 いつまでもカバンを出さないのを不審に思ったのか、女子生徒がこちらを見ました。

 俺も、改めて彼女をまじまじと見ます。

 腰くらいまである長い髪は美しい黒。まるで漆のように艶やかです。髪色とは対照的な白い肌。スタイルも抜群で、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいます。この容貌は多感な男子高校生には目の毒です。

 月並みな言葉ですが、美少女と言っても差し支えないと思います。

 そんな彼女のことを、俺は知っていました。

 それはクラスメイトだからとか、友達だからとか、はたまた元カノだからとかではなく……彼女がこの緑生高校の第六十代生徒会長だからです。

 学年は同じ二年で、名前は恋ヶ窪明音さん……だったと思います。

 しかし、そんな恋ヶ窪さんが、俺のことを知っているのはおかしいです。昨年も今年もクラスは違います。そして帰宅部の俺には、クラス以外での繋がりはありません。

 考えられるのは中学校の知り合いなんてケースですが、実家の静岡を出て上京(正確には埼玉県ですが)してきた身なので、それもありえないです。


「えーと、どこかで会ったことありましたっけ?」

「そ、それは……私は生徒会長ですから! 学校の生徒は全員把握しています!」


 なんだか歯切れの悪い言い方ですが、全生徒の顔と名前が一致するなんて、さすがは生徒会長と言ったところです。


「なるほど。あ、もうチャイムなっちゃうので急ぎますね! それじゃ!」

「待ってください」


 さりげなく逃げようと思っていたのですが、逃走に失敗しました。


「持ち物検査は全生徒に実施しているのです。……何か見られて困るものでも?」

「い、いえ」


 どうやら、年貢の納め時ですね。

 ここまでオタクであることを隠してきましたが、それも今日までみたいです。


「……江古田くん。何が入っていても大丈夫です。私のことを信用して、中身を見せてもらえませんか?」

「それってどういう…………うわっ!」


 恋ヶ窪さんに言葉の真意を確認しようとした————その時。

 足元に謎の球体が投げ込まれました。

 そして次の瞬間、その球体からピンク色の煙が大量に噴出しました。


「な、何ですか! これは!」


 恋ヶ窪さんも慌てふためいていました。

 どうやら投げ込まれたのは煙玉みたいで、時間を追うごとに視界はピンク色の煙で覆い尽くされていきます。

 よく分かりませんが、これはチャンスです。


「本当すみません! もう時間ないので、今日は勘弁してください!」

「ま、待って! 江古田くん!」


 恋ヶ窪さんの静止の声を無視して、下駄箱のある正面玄関まで走りました。

 とにかく助かりました。あのままカバンの中身を見せていたら……。

 俺はア○メイトの袋をゴミ箱の奥深くに押し込んで処分し、買ったライトノベルは下駄箱の体育館シューズ入れの中に隠しました。

 そんな隠蔽工作が終わった頃には、HRの開始を告げるチャイムが鳴ります。

 命拾いはしましたが、どうやら遅刻は確定みたいです。

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