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第九話

 人が通れるように開拓された道の先から、何人もの人が逃げてくる。

 その向こうには、数え切れないほどの魔物がいた。


 土埃を巻き上げながら、必死な形相で逃げてくる人たちは、前線で戦っていた遠征軍だろう。


 団長と思われる人物が、私たちを見た瞬間目を丸くした。


「な……なぜ民間人が!」


 怪我をしながらも走る彼らの背中には、負傷者が背負われていた。その中には数人の聖女もいて、みんな気を失っている。


 このまま私たち全員が魔物から逃げれば、行く先はノヴァ公爵領。

 何百年と魔物の目から姿を隠していた領地に侵入を許してしまう。


 いや。そもそもあの軍勢が魔物から逃げ切れる確証はあるのかな? 

 遠征軍との距離は百メートルもない。ノヴァ公爵領までは一キロ近くある。


 無理だ。あまりにも絶望的。


 このまま領民も巻き込んで魔物の犠牲になる? 

 仮に逃げたとして、魔物がノヴァ公爵領を見つけてしまうきっかけを与える? 


 ……どっちも嫌。


 私を手伝おうとしてついてきてくれた皆を犠牲にするのも、

 遠征軍を見捨てるのも、

 ノヴァ公爵領を危険に晒すのも……全部嫌。


「だったら……ここで止めるしかないんじゃないの……!」


 私は正面から逃げてくる遠征軍に向かって駆け出す。


「ライザ様! 何を!」


 領民から悲鳴のような声が上がった。

 私が走って向かって来るものだから、遠征軍も明らかに動揺している。


 私はそのまま遠征軍とすれ違い……魔物の群れの前に出た。


「嬢ちゃん! 危ない!! 下がりなさい!」

「今下がったら……カルロス様が大切にしてきたものが全部壊れてしまう!」


 通じるか通じないか。そんな難しい計算はやめた。

 魔物が襲いかかる直前、私は結界を展開する。


「聖結界!!」


 本来は、魔物が発生した際にその場に留めておく檻のような役目を果たす結界だ。

 使い方によっては、一時的に進行を食い止める壁になる。


 私の結界にぶつかった魔物は、弾かれ、進行が止まる。


「な……この数の魔物を……聖結界一枚で止めるなど……!」


 信じられないといいたげな団長の声が聞こえる。ただ安心は出来なかった。


 魔物が結界に突進や攻撃を繰り返す。目に見えて結界にヒビが入っていった。


 私は首だけ振り返り、遠征軍に指示を出す。


「数分なら保ちます! その間に、みんなを連れて逃げてください!」

「君は!」

「私がいないと結界が保てません! 私のことはいいので、皆を!」


 みんな私を見捨てるかどうか、迷っているみたいだ。

 一秒迷っている間に、魔物による結界の破壊がどんどん進む。

 焦りが私の語気を強める。


「早く!!」


 ああ、もう結界が保たない。

 万事休す。


 目をつぶりかけた時だった。


「遅くなってすまない」


 どこから一瞬で現れたの? と問いたくなる。

 私の真横には、カルロス様が立っていた。


「よく耐えたな、ライザ」


 カルロス様はいつも通りの無表情だったけれど、そっと私の頭を撫でる。

 それだけで、安心感に包まれ涙が溢れてきた。


 カルロス様は私から目を外し、魔物の方を見る。


「随分と集めてきたものだ」


 カルロス様が一歩足を進める。結界を隔てた先の魔物の群れを見上げ、「ふむ」と少し考えるような仕草をみせた。


「カルロス様! もう結界が壊れてしまいます! 下がってください!」

「……いや、どうせ壊すからいい」


 なんて? と聞き返す間はなかった。

 カルロス様が右足を軽くあげる。そして、つま先で地面をコツンと叩いた。


逆土(ルーセス)


 カルロス様の足元を起点に、土が盛り上がり地面が形を変える。

 せりあがった土の高さは、木と遜色なかった。

 形状は、まるで針だ。

 大地が無数の土の針へと変貌し、一直線に魔物の群れへと襲いかかる。ついでに私の結界も粉々に砕かれてしまった。


 真下から串刺しになった魔物は、一瞬にして沈黙。暫くしてサラサラと灰になって消えてしまった。


「土属性の魔法を使ったのは久々だが……上手くいったな」


 何が起こったの? 

 何をしたの? 

 まだカルロス様が現れて一分も経ってないはずなんだけれど……半分以上の魔物が消滅した? 


 私の頭の中が混乱で満たされる。

 驚いたのは私だけじゃなかったようで、遠征軍の団長も大声を上げた。


「今の魔法は最上級魔法……! それを詠唱なしで行うなど……騎士団にもそのような人材はいない! あなたは一体!!」

「ノヴァ公爵カルロス・ヴァレンタインだ。安心しろ。魔物の群れに負けない程度には魔法に自信がある」


 …………

 ……

 ……


 急ごしらえで作った野営地にて、私たちは遠征軍が再出発する準備を手伝っていた。

 怪我をした人たちは全員動けるようになったし、物資は領民たちが提供してくれた。


 魔物の脅威が去ったので、みんな先程とは打って変わって和やかだ。


 結局あの後、カルロス様ひとりで本当に魔物の群れを消し去ってしまった。

 三回瞬きしている間に戦闘が終わってしまうくらい、あっという間だった。


 カルロス様と遠征軍の団長は、長い時間会話を交わしている。戦闘終わってからというもの、忙しくてカルロス様とはすれ違ってばかりだった。


 何を話しているんだろ? と気になってテントの裏から聞き耳を立てる。


「稀代の魔術師とも呼ばれるカルロス様とお会い出来るなんて……光栄です」

「これからは王都ではなく公爵領に救援要請を飛ばしてくれて構わない」

「有り難きお言葉。それと……ひとつお聞きしたいことが」

「なんだ」

「ライザ殿、でしたかな。彼女の力は我々も見たことないくらいに強い。もしかしたら……大聖女の器たる人物かもしれませんぞ! 国王陛下に上申なさっては?」

「……考えておく」


 大聖女だなんて! 

 そんなわけない。だって結界も一時的な効果しかなかったし、カルロス様がいなければあの場にいた人たちはみんな犠牲になっていた。


 たまたま仕事を通じてセモア大森林の瘴気に慣れていただけで、2回同じことができるかと言われたら自信がない。


 でも、すこし褒められているようで嬉しい。やった! 


 なんて喜びを噛み締めていると、団長の口から思いもしない言葉が飛び出した。


「もしかして、カルロス様のご懇意にされている方ですか? そうであれば、ぜひもう一度ご挨拶を……」


 どきんっと心臓が跳ねる。

 私は聞かれ慣れているけれど、カルロス様はなんて答えるんだろう。


 そりゃあ、名義上は婚約者だから……婚約者って答えるのかな? いやいや、カルロス様のことだからばっさりと「仮の婚約者」って言ってしまうかも? 


 どきどきと胸の鼓動が早まる。

 なんでこんなに緊張しているかも分からない。


「……俺にとってライザは」

「団長!! 出発の準備が整いました!」


 いいところで邪魔が入ってしまった。

 ガクッと肩を落とす。聞きたかったような……聞きたくなかったような。


 そのまま話は曖昧に流れ、遠征軍は再び王都を目指して旅立っていった。


 ◾︎◾︎


「はあー! 疲れた!」


 怒涛の一日ももう終わりだ。夜になってようやく屋敷に戻った私は、自室で一人背中を伸ばす。


「私が守ろうとしたのに……結局カルロス様に守られちゃったなぁ」


 カルロス様……かっこよかったなぁ。

 息をするように大魔法を使いこなすし、魔物の軍勢に怯えもしない。

 この人の後ろにいれば、大丈夫だ。無条件にそう思える強さがあった。


 昼間の光景をぼんやりと思い出していると、部屋の扉がノックされる。

 開ければ、カルロス様がいた。


「どうしたんですか? こんな夜更けに」


 また夜の巡回に行くのかな? それなら私もついて行きたいな。

 と思っていて、違和感に気づく。


「……カルロス様、怒ってます?」


 もう一度ちゃんと見上げたカルロス様の顔には、陰りがあった。

 今までも何度も怒られてきたけれど、こんな雰囲気は知らない。


 不安になって眉尻を下げる。


「カルロス様? 私、何かしましたか……?」

「……そうだな。ライザ、もうあんな危険なことはしないと約束してくれ」


 カルロス様は確かに怒っている。しかし、声色は悲しげにも聞こえた。


「お前が聖女としての仕事を最優先にしていることも、誇りにしていることも知っている。民を守ろうとしてくれている姿も嬉しい。……しかし、頼むから自分を大切にしてくれ」

「た、大切にしてますよ!」

「今日、自分はどうなってもいいと思って前線に出たんじゃないのか? そうじゃないとあそこまで前には出られない」


 誤魔化しは効かなかった。言い当てられて、肩を落とす。


「私はただ……」

「ああ、分かっている。だが俺の気持ちも分かってくれ」

「カルロス様の気持ち……?」


 カルロス様の手が私の頬に延び、横髪を触る。


「ライザのことは頼りにしている。けれど、頼りにしたあまりライザが傷ついたり……失うようなことがあれば、俺は後悔してもしきれない。ライザを失う方の損失がどれだけ俺にとって大きいか、考えてくれ」


 あ、そっか……。

 私はあと数ヶ月はカルロス様の婚約者でいなければならない。


 その間に、例えば私が魔物に襲われて死んでしまったら? 

 神託で選ばれた聖女が不在となれば、どんな天罰が下るかもわからない。

 それはヴァレンタイン家にとって大きな損失だ。


「わかりました。気をつけます……」


 カルロス様はまた私の頭を数回撫でて、部屋を出ていった。

 私はベッドに横になり、大きなため息を着く。


 思い出すのは、昼間カルロス様と団長が交わしていた会話だ。


「そうだよね……。カルロス様にとって私はただの仮の存在だし……何を期待してたんだろ」


 天井を見つめ、呆然と考える。


「……契約期間終わったら、何しよっかなぁ……」


 さっぱり、未来が描けなかった。



 ◾︎◾︎


 それから一ヶ月後。すっかり私たちは日常へと戻り、いつも通りの関係性で日々を過ごしていた。

 そんなある日、ヴァレンタイン家に一通の手紙が届いた。


 郵便を受け取った私は、便箋をくるりとひっくり返す。なんだか見たことある封蝋だ。


「カルロス様! お城から郵便ですよ!」


 赤い薔薇の封蝋。王家がつかうものだ。私に呼ばれたカルロス様は、部屋から出てきて手紙を受け取る。

 中を確認するのを見ていると、カルロス様の顔が険しくなった。


「……どうしたんですか?」

「いや。この前の遠征軍救援の功績を称え、王城で褒賞授与式を行うとのことだ」

「おめでとうございます!!」

「夜会も開かれるらしい。俺の社交上の交流を広めるため、爵位がある者なら誰でも参加できるようにするとのことだ」

「いいですね! カルロス様人見知りしなくなったので、問題ありませんね!」


 カルロス様の表情が浮かない。

 首を傾げると、カルロス様がちらりと私を見た。


「……婚約者同伴とのことだ」

「ひぃ!」


 私へのお誘いは絶対来ないと思っていたのに!! 

 私の存在がついに社交界の場に!!

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