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第八話

 冬を目前に控えた昼下がり。

 私はセモア大森林近くの食堂で、民とたむろしながらお喋りを楽しんでいた。


「いやあ、領地内の汚染もすっかりなくなったな!」

「治世も安定しているし、カルロス様とライザ様には感謝しかないねぇ」

「先代のジーナ様も凄いお力だったが……まさか本当にライザ様おひとりでやってしまうなんて」

「私は当然のことをしているだけです。全てはカルロス様のお心のおかげですよ」


 暖かいお茶をフーフーと吹きながら飲みつつ、会話は弾む。

 もうこの領地で浄化するべき場所はほとんどなくなった。

 あとは春までにむけて、穢れが流入しないよう結界を張り続ければいい。あとは引き継いだ聖女がやってくれるだろう。


「汗水垂らして働く毎日っていいですね! 心が洗われます!」


 私が背筋を伸ばしながらそう言うと、彼らは顔を見合せて首をすくめる。


「ライザ様って、たまに労働者階級のような発言をするんだから、不思議な人だよ」

「俺たちの言葉に釣られてしまってないかい? 大丈夫かい?」


 不安そうな彼らに向かって首を振る。


「あはは! 大丈夫です、私は元々からこんな感じですから!」


 私が至って平凡であることは、親しみやすさがあって好評みたいだ。

 私としても、ひれ伏されるよりずっといい。


 ただ最近……


「ところで、ライザ様。カルロス様とはどうなっているんだい?」


 こう聞かれることが増えた。

 街を歩けば一日に三回は聞かれる。


 私ももうすっかりノヴァ公爵領の顔。

 しかも聖女、とあれば婚姻の話がどうなってるのか民の興味が増すのは自然だ。


「ですから、私はまだ審議中の身なんですってば」


 あまりみんな納得した顔をしない。

 初めから別に誤魔化し通せてるとは思っていなかったけれど、最近更に通用しなくなってきてしまった。


「ライザ様は最初、ヴァレンタイン家に嫁ぐに相応しい聖女であるかどうか、ってのを判断したかったんだろう?」

「ええ、そうですよ」

「じゃあ、それは充分じゃないか。これで相応しくないってなら、それはちょっと自分を卑下しすぎだよ」


 うっ、と言葉に詰まる。

 ああ、どうしよう、どう乗り切ろう。いっそのこと、もう婚約は受けたことにしておいて、破棄されるまでのストーリーを進めてしまう? 


 そう考えていた私に助け舟を出したのは、そばにいた一人の老婆だった。


「まあまあ、そう騒ぎなさんな」


 ずっと黙っていた老婆が口を開いたので、周囲は素直に静まる。


「乙女心ってのは複雑じゃよ。条件は満たしていても、最後のピースが嵌らんと結婚には前向きになれん」

「最後のピース?」

「恋愛じゃよ! お互いを愛している。そこに家柄も義務も関係ない。ただ、すべてを取り払った裸のままの心を愛し合っている。……そう思えぬ男と婚約なんて、したくもなかろう」


 老婆は、「わしが若い時はじい様とそれはそれは……」なんて喋りながらどこかへ行ってしまった。


 みんなの視線が再び私に戻る。


「もしかして、カルロス様を好きじゃないのかい?」

「どう……なんでしょうね」

「あたしたちから見れば、ラブラブに見えるけどねぇ……」


 カルロス様が好きか嫌いかで言えば、好きだ。

 普段の落ち着いた表情も、ムスッと不機嫌な表情も、クスクスと笑っている表情も、どれもが目を引く。


 一緒にいて楽しいし、頼りになる。たまにカルロス様が仕事で家に帰らない時は、寂しいなと思う日もある。


 でもそれが、長らく一緒にいた情によるものなのか、したこともない恋愛によるものなのか。

 私には判別がつかなかった。


 それに……契約がある以上、それを判別しようとしてはいけはいような気もしてる。してしまったら、なんだか自分が傷ついてしまいそうな気がした。


 でも最近聞かれすぎて、意識するなというほうが無理だ。


「恋って……どう判断するんですか」

「そりゃあ、独占欲さ!」

「いいや、相手を思いやる心だよ。守りたいと思い合ってこその恋人だ!」

「嫉妬とかは気づくきっかけなんじゃないかね?」


 口々に意見が出てきたが、結局最後は一声に纏まった。


「とにかく、この男に選ばれるのは私がいい。そう思えた時には、もうとっくに恋してるし、この人に守られて幸せだ。この人を守っていきたい。そう思えた時はとっくに相手を愛してる」


 みんなの意見が綺麗に一致するものだから、私は思わず笑ってしまった。


「そういうのを実感できるような出来事が起こればいいんだけどねぇ」

「カルロス様も、もっとこうガッとライザ様を抱き寄せればいいのに!」

「はあ! なんて焦れったい二人だ!何が原因で、そうお互い素直になりたがらないってんだ!」


 盛り上がる周囲に愛想笑いを返す。

 でもいい話は沢山聞けた。もう一度カルロス様について考えてみよう、そう思って頭の中に彼の姿を思い浮かべた時だった。


「大変だ!!」


 一人の領民が食堂の中へ駆け込んできた。

 浮ついた空気は一瞬でなくなり、全員の意識が食堂の入口へと向く。


「アムフルト王国の遠征軍が帰ってきた!」

「おお! それはめでたい。一年ぶりの帰還じゃないか! なにが大変なんだよ」

「セモア大森林の中で魔物に絡まれてる! 兵士は疲弊して戦えなくて、今全力で逃げてる所だってよ!」


 場が一気にザワついた。


「セモア大森林は走り回れば回るだけ魔物を刺激するだけだぞ」

「そんなもん、遠征軍だって分かってる! けど、逃げなきゃ死ぬだけだ!」

「逃げるって、どこに。森の中に安全な場所なんて……」

「ここにだよ! ノヴァ公爵領にだ! どうしよう、アイツら、もしかしたら領地の中にまで魔物を連れてきてしまうかもしんねぇぞ!!」


 私は椅子から立ち上がり指示を出す。


「誰かカルロス様に伝達を!」


 それだけを伝え、食堂の外へ向かう。そんな私に静止の声がかかった。


「ライザ様、どこに行くんだ! 危険だ! 早くお屋敷に……」

「傷ついている人がいるかもしれないでしょう! 私は前線に向かいます!」


 私がそういうと、皆は顔を見合わせた。


「……俺達も行くぞ。ライザ様を一人にはさせられねぇ」


 ここにいる人たちは魔物と会ったことないひとばかりなのに。怖いはずなのに。


 着いてこなくていいだとか、危険だとか。そういった議論を交わす余地はなかった。



 ◾︎◾︎


 セモア大森林の入口から一キロほど入った森の中。

 私は木陰で座り込んでいる人々を発見した。


「大丈夫ですか!」


 負傷兵ばかりだ。傷つき、倒れ込んでいる。

 あまりの酷い惨状に、私の後ろから付いてきていた領民たちも口を覆う。


「なんて有様だ……」

「負傷者を出来るだけ一箇所に集めてください! 全員まとめて治療します!」


 ぱっと見る限り、怪我自体はそこまで深くない。ただ、傷口から瘴気が入り込んでいて意識の混濁を起こしている。

 このままでは、全身が瘴気で蝕まれ死んでしまうだろう。


「遠征軍には爵位持ちの聖女がいるはずなのに……どうして……!」


 分からないことを今考えても仕方がない。

 私はすぐさま治療を開始する。

 素早い大型の結界を展開し、祈りを捧げる。途端に、眩い光が負傷者を包み込み浄化が始まった。


「いつみても……なんて速度だ」

「みろよ。兵士の傷がみるみる塞がってる」


 そんな誰かの声が聞こえたが、いつものよう照れ笑いをしている余裕はなかった。


 光が収まり、浄化は完了。


「よし! あとは領地の中に運びましょう。これ以上滞在すると魔物が寄ってくる可能性があります!」


 私の号令に従い、民たちが負傷兵を背負って帰路を目指す。

 そうやって作業を続けていると、負傷兵の一人が目を覚ました。


 顔が青ざめ、手が震えている。


「もう大丈夫ですよ」


 声をかけても、顔色は変わらない。口元が動いているので、耳を近づけてみた。


「お、俺たちは……前線兵じゃない……」

「え?」

「ま、魔物の群れが……もう近くに……団長たちが、抑えている……が、保たない……聖女の結界が効かないほど……強い、魔物の、群れ……」


 ここは前線じゃない? 

 いや、変だとは思っていた。

 ここにいたのは負傷者ばかりで、指揮官と思える人もいなかった。


 戦えそうな人がいないのに、まだ生きているのも変だった。

 彼ら負傷者を守るために前線を食いとどめている人達がいるなら納得だ。


「王都に……王都に伝令を……救援を……」


 彼はそこで意識を失ってしまった。


 私たちはこの場所にどれだけ留まっていた? 

 前線がまだ均衡を保っているという保証は? 

 遠征軍に帯同する聖女の力が及ばないほどの魔物の群れ? 


 頭の中の思考回路が繋がった瞬間、私は領民に向かって叫ぶ。


「逃げて!!!!」


 叫んだのと、森の奥から魔物の雄叫びが聞こえたのは同時だった。


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