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平民聖女は愛されたい  作者: 志波咲良


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第七話

 浄化の手順はいつも通り。

 発生源を確認して、範囲を計測。そしてそれ以上の広がりを防ぐ結界を張ってから浄化作業に移る。


 今日訪れているのは、二階建ての民家だ。

 一般家庭の床下で、シロアリのように穢れが巣食っていた時は悲鳴をあげた。


「うん、ここの浄化は明日には終わりそう」


 領地は穢れの発生頻度こそ少ないが、セモア大森林に近いからか、濃い。なので、完全に浄化できるまで日数がかかった。

 まるでしつこい油汚れ。


「大丈夫ですよ。生活や人体への影響はないです。心配でしたら、皆さんのお体も浄化しちゃいましょう!」


 私の作業を心配そうに見守っていた領民に声をかけると、彼らは顔を見合せてホッと息を吐く。


 二年間放置された土地で、まだ人が住める環境を保てているのは凄い。

 全ては、カルロス様や先代のヴァレンタイン家の方々の功績だろう。


「ありがとうございます……ありがとうございます、聖女様……」


 手を合わせて祈る彼らの姿に照れ笑いをしていると、私の後ろに人影が立つ。


「カルロス様!」


 振り返り見上げると、そこには少し緊張した面持ちのカルロス様がいた。

 比較的動きやすい格好で、片手には帳簿を持っている。


 太陽に照らされる銀髪はキラキラと輝き、無表情とはいえ、どの角度から見ても美しい。


 現れたカルロス様に、領民も緊張の色を浮かべる。


「か、カルロス・ヴァレンタイン様……ですよね?」

「ああ、そうだ。……何か?」

「あ、いいえ!! その、噂と全然違うので驚いてしまって……!」


 なんともぎこちないやり取りだ。

 私はやれやれ、と首をすくめてアシストを送る。


「実は、ここの汚染が気になるから見に行きたいって言ったのはカルロス様なんですよ!」


 領民は目を丸くする。

 嘘じゃない。この土地での汚染状況はカルロス様が全て把握していた。

 だから私は、立ち止まることなく現場を見て回れているんだ。


「そう、だったんですか……」

「はい! カルロス様はいつだって皆さんのことを見守っているんですよ。カルロス様のおかげで、私も浄化の優先度が分かって助かっているんです!」


 領民は「おお!」と感嘆の声を上げ、カルロス様に向かって頭を下げる。


「我々のような平民農民をお気遣いいただき、ありがとうございます……!」

「……領主として当然のことをしたまでだ。その……他に困っていることがあれば聞く」

「そ、それでは……あの、実は……」


 もうここまでくれば、私が手出ししなくてもいい。

 カルロス様と領民は、ぎこちないながらも会話を弾ませ始めた。

 身振り手振りを交えて一生懸命に領地内での生活を語る領民の声を、カルロス様は真剣に記録を取っている。


 そうすれば自然と人だかりは増えていくし、生まれたコミュニケーションは絶えず繋がっていく。


「カルロス様って……実はお優しい方?」

「ああ。酒場で他の人たちが噂話をしていたのは聞いたけど、本当だったとは……」

「普通こんなに民を気遣ってくれる領主様いないわよ」

「いいや、ヴァレンタイン家はいつだって私たちのことを見てくれていたんだ。流石はヴァレンタイン家の御当主様であられる」

「醜悪なんて嘘じゃない。なんてかっこいいお人!」


 コソコソと話すみんなの声が耳に届いて、私はなぜか自分が誇らしい気持ちになった。


 人の群れから外れて待っていれば、会話がひと段落したのかカルロス様が戻ってきた。


「じゃあ、次の場所行きましょうか!」


 私がそういうと、カルロス様は心配そうな顔をした。


「ライザ。働きすぎだ。今日はもう三件も回っている」

「でも、まだ待っている人がいますよ」

「そういって、ここ一ヶ月働き詰めじゃないか。休め」


 一ヶ月。

 ああ、言われてみれば一ヶ月朝から晩まで休みなしで働いていたな。


 浄化作業は少なからず体力と精神を消耗する。カルロス様の気遣いは嬉しいが、私は首を振った。


「いいえ。休みたくないです」


 疲れていないといえば嘘になる。

 けど、体がどうしようもなく働きたがっているんだ。


 二ヶ月間、屋敷でのんびりと過ごし、十分休養は取れた。


「働くのが、今は楽しくて仕方がないです」


 私は聖女で。

 それでいて、聖女の仕事が好きだ。

 のんびりお稽古生活も良かったけれど、やっぱり働くことが好きだ。


 あの日以来なくしてしまっていた自分を動かす原動力が、今再び戻ってきている。


「お願いです、カルロス様。どうか私に家で大人しくしろだなんて言わないでください」

「言うもんか。ライザの気が済むまで、好きなだけ好きなことをすればいい」


 カルロスは優しく微笑む。


 カルロス様の笑顔が、給料以上のご褒美に思えてる……なんて、言ったら怒られそうなので黙っておく。


 …………

 ……

 ……


 そうして、カルロス様と共に働き続けること実に三ヶ月。

 私がノヴァ公爵領にきて、半年が過ぎようとしていた。


 カルロス様の領地内での評判はうなぎ登り。今や、知らない人はいなくなった。

 彼自身の人見知りも、随分と和らいだ気がする。険しそうな顔が次第にほぐれ、民と話す時も笑顔を見せるようになった。


 ついでに、私の評判も領土内に広がる。なにやら「千年に一度の大聖女様」だとか。

 いえいえ、普通に仕事してるだけですけど。滅多に聖女をみないせいで、大袈裟なんだから。


 カルロス様あってこその聖女、との刷り込みはぬかりなく進んでいる。


 作戦、案外上手くいっているかも……? なんて、分かるのは半年後だ。


 半年先のことを今から考えても仕方がなくて。そんなことよりも、私は今日もカルロス様に怒られる。


「ライザ! 下水道には入るなと言ったはずだ!」

「だってここ綺麗にしなきゃ、何も変わりませんよ」

「服が汚れるだろう!」

「服の汚れなんか気にしてちゃ、民を守れませんよ」

「あ! こら!」


 私はカルロス様の隙を見計らってダッシュで下水道の中に入る。


 先日は廃墟に一人で入っていくなと怒られた。初めは私の仕事を見守っているだけだったカルロス様も、慣れてきたのだろう。次第に小姑のように「危険だ」「自分の衛生を気にしろ」と難癖をつけてくる。


 まったく、泥の中を這いながら浄化してこそ平民聖女ですよ! 


「……でも不思議。暖かい」


 下水道の中で一人、私は胸に手を当てる。


 こうしてカルロス様と仕事をしていると、いつの間にか距離が縮まったと思う。


 時に頼りあい、支え合いながら。

 時に意見をぶつけ合いながら。

 時に何も言わずに見守りながら。


 移ろいゆく関係性と深まる信頼は、お互い確認せずとも自覚していると思う。


「……なんて、自惚れるのもここまで。さ、仕事仕事!」


 思考を切りかえ、仕事に専念する。

 下水道の片隅、一週間かけて取っていた穢れが浄化された。


「やった! カルロス様! 取れました!!」


 臭い下水道の中、私は来た道を逆走しながら報告の声を上げる。


 ハシゴのかかる頭上には、呆れたような顔のカルロス様がいた。

 笑顔で手を振る私を見て、カルロス様は諦めて破顔する。


「ははっ。全くお前は……じゃじゃ馬娘だな」


 声を上げて笑うカルロス様の笑顔は、まるで少年のようだった。

 思わず見とれる。


 かっこいいなぁ。

 ずっと笑ってくれたらいいのに。私が頑張れば、もっと笑ってくれるかな? 


 ハシゴを登り終えた私に、カルロス様と共に待っていた領民たちが駆け寄ってきた。


「ライザ様! さすがです!」

「こんな重い穢れをたった一週間で取ってしまうなんて!」

「カルロス様のご支援も素晴らしい! 古くなった家屋の修繕事業を始めてくださった!」


 いえいえ、そうでもないですよ。なんて照れ笑いしつつ、カルロス様のそばに寄る。


「怪我はないか?」

「はい、大丈夫です」

「そうか。民が言う通り、本当に浄化が早くなったな」

「そうですかね? こんな濃い瘴気ばかり相手にしてるので、もしかしたら聖力があがったのかもしれませんね」


 大聖女と呼ばれるには程遠いが、昔よりは強い聖女になったと思う。


 もしかしたら、爵位持ち聖女のように騎士団と仕事しても遜色ないのでは……と、そこまで考えて思考が止まった。


 ゆっくりと、カルロス様の横顔をみる。


 今私は、雇われ平民聖女でもなく騎士団お抱えの聖女でもない。


 私……この人の為に働いているんだなぁ。


 不思議だ。

 民のために働くのは誇らしい。

 でも、カルロス様の為に働くのは──心が落ち着く。


 でも、同時に実感する。

 この関係は、あと半年。


「……カルロス様」

「なんだ」

「カルロス様の元に嫁ぐ聖女は、ずっと聖女の仕事をしてられるんですよね」

「そうだが? それがどうした」

「……いえ」


 来年の今頃には、カルロス様と共に仕事をするのは別の人。

 嫁いできて、領民にも歓迎され、愛されて……。


「どうした。具合が悪いのか?」

「いいえ、なんでもありません。さあ、次の現場に行きましょう!」


 私は何かを振り切るように大袈裟に声を上げて歩き出す。


「ライザ」


 呼ばれて振り返る。


「俺はお前を誇りに思っている」


 嬉しい、嬉しい、嬉しい。


「……ありがとうございます!」


 なのにどうして、胸が痛むのだろう。

 精一杯に浮かべた笑顔が変じゃないか、自分では分からなかった。


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