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第六話

 ノヴァ公爵領の在り方を聞けば、聖女が生まれないという話は納得がいった。


「そっか。"抗体"ができないんですね」


 私の回答にカルロス様は頷く。


 私たち聖女は、魔物の力と相反する力を持っている。魔力を持たず魔法を使えない代わりに、その力は"聖力"と呼ばれる。


 聖力器官を持って生まれる条件は、女子であること……そして母親がある程度、魔物の力に触れていること。


 いわば、ワクチン接種による抗原抗体反応の産物だと思ってもらって構わない。


 アムフルト王国は魔物がよく現れるし、生活圏内に瘴気もよく溜まる。

 健康に害のない微量な瘴気を蓄積した人間から生まれた子供は、聖力を持つ。


 だから、アムフルト王国では聖女が沢山生まれる。


 しかし、ノヴァ公爵領は違う。

 魔物は寄り付かず、瘴気も微妙で、今までは歴代のヴァレンタイン家の正妻が浄化を担ってきた。少なくとも生活区域への汚染は免れていたはずだ。


 ここの人達はみんな、魔物への耐性を全くもっていない。


 カルロス様は、領地の方をじっと見つめながら呟く。


「これは、ヴァレンタイン家が奇しくも背負ってしまった業だ。俺たちはこの国を、ここに住まう民を魔物から守りたかった。何百年と先代から受け継がれてきた使命は、結果的に民から自衛の力を奪った」

「そんな言い方……!」

「事実だ。時折、凄まじい恐怖に苛まされる」


 カルロス様は目を伏せ、手網を握る手をじっと見つめる。


「もし、俺が魔力を失うようなことがあったら。跡継ぎが産まれなかったら。産まれた子に魔法の才がなかったら。もしもばかりが頭を巡る日がある。……ヴァレンタイン家の終わりは、すなわちこの土地の終焉だからだ」


 若くして当主となり、稀代の魔法使いであり、常に沈着冷静なお方だと思っていた。

 その裏には、途方もないプレッシャーがあったと知る。


 彼のあらゆる一面は見られたが、今やっとその深淵に触れられた気がした。


「ま、お前には関係のない話だ。しかし知っておく権利はあるだろう」


 話を切り上げ、カルロス様は再び馬を歩かせ始めた。

 私は手を握りしめ、彼の背中に言葉を投げる。


「……カルロス様」

「なんだ」

「すっごく失礼な言葉、言ってもいいですか。すごく無礼ですけど」

「構わん」


 実は、話を半分くらいまで聞いた時から私の結論は決まっていた。

 そしてこの偽りの関係性から生じる不都合を、どうやって解決していくかの方法も思いついていた。


 あとは……私がカルロス様を納得させられるかどうか! 


「私たちがいま直面してる問題は、好感度問題だと思うんです!」

「……は?」


 何を言っているんだ、と言いたげな顔がこちらを振り返る。


「ここの民にとって、聖女って珍しすぎて偶像みたいな扱いを受けるんです。私はまだ一度しか民と話してないのに、カルロス様の好感度を上回ってしまいました!」


 平民聖女がでしゃばり、なんたる失態か。

 貴族様より高い好感度を得ようなんて、親が聞いたら泣いてしまう。


「このまま私が民に認知されつづければ、婚約破棄をしたとき、カルロス様の好感度は地の底に落ちます! いまでこそ、雀の涙程度の好感度なのに!」

「……反論はない」


 けど、カルロス様はそれでいいと言った。

 私が好きに動き続けて生じる不都合は、全部背負っていくと。


 私はそんな自己犠牲、とっても嫌! 


 カルロス様が「俺が悪者になればいいや」という精神丸出しなのが、モヤモヤの正体だ。

 私を気にしてそう言っているのだろうが、まあいいかと思えるほど私は図々しくない。


 それに……


「私は民の記憶を勝手に改変することは望みませんし、かといって聖女としての働きをやめるつもりもありません」


 だって、知ってしまった。見てしまった。

 目の前に不安そうな人がいて、怖いと身を寄せあっている人がいる。

 私は、そんな人たちを守るための力を神様から貰った聖女なのだ。


 見て見ぬふりなんて絶対に出来ないし、したくない。


「この土地の現状を哀れんでそう言っているのなら、気にする必要はないと伝えよう」

「いいえ。私たちが結婚しない結末は変わりません。が、今は契約上婚約者です。聖女として働くことは、婚約者……ひいては、未来の正妻としての公務でもありますよね」

「それは、そうだが……」


 おお! いける! カルロス様を納得させられそう! 

 と、調子に乗った私はいよいよ大詰めに入る。


「私は婚約破棄されるその日まで、ここで聖女として、カルロス様の婚約者として働きつづけます! でも、カルロス様の好感度が地の底まで落ちることは避けさせて頂きます!」

「では、俺にどうしろと言いたいんだ」


 私はカルロス様に向かってビシッと指をさす。


「やめましょう、引きこもり生活! 乗り越えましょう、人見知り! その甘い顔といい感じのギャップで、領民を虜にしていきましょう!」

「……はあ?」

「名付けて、聖女よりも領主様大作戦です!」


 元々ヴァレンタイン家は、領民から絶大な信頼が置かれている家だ。

 カルロス様だけが、ちょっと距離のある領主になってしまっている。


 じゃあ、その距離感を取り除いてしまえば領民から愛されることは明白。


 愛されているし、権力もあるし、かっこいい領主様として認知されれば、民は聖女と公爵どっちが大切か分かるはずだ。


 煌びやかで貴族の象徴のような存在であるカルロス様と、ど平民の私。

 きっと領民は「あれ? いくら聖女様とはいえ、釣り合ってない気が……」と思うはず。


 そこで、麗しい爵位持ち聖女様が現れる! 

 領民はあまりのベストカップルに、うっとりするに違いない! 


「前の婚約者も悪くないけど……領主様が選ぶのならこっちの聖女で間違いない! そう民に思わせられたら勝ちですよ!」

「……浅はかな計画だな」


 ため息混じりに叱られ、ギクリと首を竦める。


「俺の性格が民に好かれるという保証はない。聖女の人気が俺より低くなる保証もない。正しい神託で選ばれた聖女が誠実な性格をしているとも限らない。まったく、未確定要素にばかり頼った、夢見がちな計画だ」

「そ、それはその……ちょっと嫌な聖女を演じれば……」

「お前は、俺の自己犠牲は嫌うくせに自分のことはどうでもいいのか」


 トドメを刺され、私はガックリと肩を落とす。


 やっぱり少し無理があったかな。

 そうだよね……。


 猿にだってわかる、無謀すぎる計画だ。人生そんなに上手くいくなら誰も苦労していないだろう。


 別の方法を考えよう。

 そうしょんぼりしていると、カルロス様がクスリと笑う声が聞こえた。


「ありがとう、ライザ」


 いつもよりずっと柔らかい声に驚いて顔を上げる。

 視界に映るカルロス様は……微笑んでいた。


 初めて見る彼の笑顔。どこかぎこちなくて、それでいて慈愛に満ちた顔だ。


 細められた蒼い瞳に吸い込まれそうになる。


「巻き込まれた側だというのに、俺のことや民のことを考えようとしてくれて、感謝する」

「わ、たしは……なにも……」


 返事が上手くできない、というか口が上手く動かない。顔が熱くなるのを感じる。

 ああ、緊張しているんだ。


 そんな急に……そんな優しい顔で私を見るから。私に心許してくれたのかと、勘違いしそうになる。


 違う違う。私は仮の婚約者! 

 お金で雇われている存在! 


「ライザが望むとおりにしよう。それでいい結果になろうとならなかろうと、思い残すことがないようにしよう」

「……いいんですか? ツッコミどころ満載の計画なのに……」

「元々お前との出会い自体がツッコミどころ満載なんだ。今更一個二個増えても誰も文句言わんだろう」


 それに、とカルロス様は言葉を続ける。


「一生懸命なお前の姿を見ていられるのは、楽しい」


 私も、色んなカルロス様の姿を見れるのは楽しいです。との言葉は飲み込んだ。


「雇われ婚約者として、精一杯働かせていただくのは朝飯前です!」


 ――そうして、公爵領を忙しく走り回る日々が始まった。

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