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平民聖女は愛されたい  作者: 志波咲良


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第五話

 カルロス様は両手で口と鼻を覆い隠しながら、険しい顔でしばらく考え続ける。

 暫くして、カルロス様はボソッと囁いた。


「……消すか。魔法で記憶を」

「ひぇ!」


 割と野蛮な一面も! 

 なんて思ったのもつかの間で、カルロス様が鼻で笑う音が聞こえた。


「冗談だ」


 この人、冗談とか言うんだ。と内心思いつつ、ホッと胸を撫で下ろす。

 そして気づいた。カルロス様の掌の間から見える頬が、わずかにつり上がっている気がする。


「……その手、もしかして笑ってるのを隠してるんですか?」

「いいや」

「じゃあ、どけてくださいよ。目元だけ怖い顔しても誤魔化せないですよ」

「断る。それよりもライザ」


 ああ、また会話の主導権を取られてしまった。

 私は諦めてうなだれ、力なく返事する。


「はい……」

「なにも気にする必要はない。婚約者として振舞ってくれと頼んだのはこちらだ。好きに過ごせ」

「け、けど……民の勘違いを呼べば呼ぶほど、カルロス様の評判が……」

「そういうことも含めて、面倒ごとは俺に全部押し付ければいい」


 そういう問題じゃない気がするけど……。

 なんだか上手く丸め込まれてしまった。


 なんだかモヤモヤするなあ。

 お互いがお互いに気を使っているのは分かるのだけど、それが結局悪い結果を生みそうな気がする。


 私が黙り込んでいると、カルロス様は小さく息を吐く。そしておもむろに立ち上がると、私の前に立つ。


「さっきは冗談だと言ったが、半分は本気だ」

「……今日私の行いを見てしまった人の記憶を消してしまえば……確かに元通りですね」

「ああ。建前上俺の婚約者でいてもらう必要はあるが、別に周知させる必要はないんだ。事が大きくなるのを気に病むのなら、魔法で解決した方が早い」


 ライザ、と名前を呼ばれて顔を上げる。


「お前が自分で選んでいい」


 どうせ私は一年でこの土地を去る。

 好きに思うがままに過ごし、起こり得る不都合は全てカルロス様に押し付ける。

 その結果ヴァレンタイン家の評判がどうなろうと、去る私には関係のないことだ。


 それとも、魔法で記憶を消してしまう。

 街に不必要に出るのをやめて、屋敷の敷地内だけで一年経つのを待つ。

 不透明で不確かな婚約者としての存在だけを匂わせつつ、時が来たら本当の婚約者と入れ替わる。顔も見た事ないのだから、入れ替わってたとしても領民は不思議に思いやしない。


 どっちが正しいのかな。

 他の人だったらどっちを選ぶんだろう。


 本当にこの二つしか選択肢がないのかな? 


「……ノヴァ公爵領のことを。ヴァレンタイン家のことをもっとよく知ってから決めたいです」


 おかしいな。ただ少しの間婚約者のフリをすれば良かっただけなのに。

 私の心はこんなにも、もっとちゃんと今過ごす場所のことをちゃんと知りたいと思っている。


 私の答えに、カルロス様は小さく頷いた。


「ライザには見せよう。ノヴァ公爵領の本当の姿を」

「本当の姿……?」



 ◾︎◾︎


 時計がぐるりと回って、次の日の朝。

 私はカルロス様と共に馬小屋にいた。


「これに乗って出かけるんですか……」

「馬には乗れるようになったんだろう?」

「そうですけど……」


 私の目の前には、どうみても血統のいい馬が二頭。一頭にはすでにカルロス様が跨っている。


 カルロス様が日が昇っているうちに出かけるなんて珍しい。昨日言っていた公爵領の本当の姿とは、昼間にしか見れないのだろうか? 


 まあ、ゴチャゴチャ考えず、とにかくカルロス様に従ってみよう。


「よし、行くか」

「護衛は要らないんですか?」

「人数が多すぎる方が危険だし、邪魔だ」


 相変わらず、カルロス様は詳しく説明する気がないようだ。


 カルロス様と共に屋敷を出る。向かう先は街への道とは逆で、国境付近のようだった。


 またカルロス様が近道の魔法でも使っているのだろう。森があっという間に近づいてくる。


 私は馬を止めて慌てて声をかけた。


「カルロス様! それより先はセモア大森林ですよ! 魔物が出ますよ!」

「だから行っているんだろう」


 ノヴァ公爵領は辺境にある。

 不可侵領域であるセモア大森林に直で面しているのだ。


 まだ入口だというのに、薄気味悪い。それに、森の奥からは変な鳴き声が聞こえる。絶対魔物だ。


 カルロス様は安易に森の中に一歩入る。

 私が着いていこうか迷っていると、カルロス様が体ごと振り返った。


「おいで」

「……怖いです。私、この国より外に出たことありません」

「たった一歩だ」

「……でも」


 ふぅっとカルロス様はため息をつく。

 呆れられたと首をすくめると、カルロス様が私に向かって手を伸ばしてきた。


「安心しろ。なにかあれば、俺が必ず守る」


 真剣な表情でそう伝えられ、思わず心臓が小さく跳ねた。

 私は意を決して馬の手綱を操り、セモア大森林の中へと一歩入った。


「何も変わらないだろう」

「……はい」

「接し方さえ間違えなければ、目の前にあるものは、自分が思う以上に怖くはない」


 カルロス様が私の背後を指さす。

 つられて目を向ければ、視界に映った光景に息を飲む。


「これは……」


 私たちは確かに、街の中を抜けてきた。

 確かにノヴァ公爵領は田舎だし、広さの割に人口密度も低めだ。

 それでも、確かに人が住んでいる。


 それがどうだ。

 セモア大森林側から見た公爵領には、何一つ映っていなかった。


 初めてヴァレンタイン家を訪れた時と同じ光景。ただの平原。

 その平原が、領地規模で広がっている。


 建物も人も、何一つ存在しない。


「これは一体……」

「俺の魔法で街ごと隠しているんだ」

「カルロス様一人でですか! 屋敷だけじゃなかったんですか!?」

「あれは二重ロックのようなものだ。本来のノヴァ公爵領の姿はこれだ」


 公爵領がどれくらい規模があると思っている。

 間違っても、一人の魔法で隠せる規模じゃない。


 にわかには信じ難いが、目の前にある答えが全てだ。


「俺は昔から魔法は得意でな」

「得意なんかじゃ収まらないですよ!! 王族じゃないとこんな魔法使い生まれてこな……」

「俺も王族の端くれだが?」

「……そうでした」


 カルロス様はゆったりと国境沿いを歩き始める。右手は公爵領の平原、左手はセモア大森林。建物が見えないと、なんとも不思議な光景だ。

 カルロス様は歩きながら、いつもより少しだけ饒舌にお喋りをしてくれた。


「ライザ。お前は、なぜ魔物が国を襲ってくるか知っているか?」

「知らないです」

「そこに人がいるからだ」

「……ほう」

「人の気配、魂を察知して魔物は襲ってくる。ノヴァ公爵領は、アムフルト帝国にとって重要な緩衝地帯なんだ」


 魔物の習性上、王都を目指すのは仕方がない。

 アムフルト帝国がセモア大森林に面しているのも仕方がない。

 ならば、最悪の事態が起きた時に迎撃の体制を整えるだけの時間確保が必要だ。


 そこで、ヴァレンタイン公爵家は思いついた。

 魔物が人の魂を察知して襲うのならば、人を全て隠してしまえばいい、と。


「結果、セモア大森林と王都の間に広大な空白地帯を作ることができた。そのお陰でアムフルト帝国は魔物に対抗できている」

「ノヴァ公爵領が襲われることはないんですか?」

「ない。隠している以上、魔物は気づかず素通りだ」


 魔物の住む森と隣合わせでありながら、絶対安全。ノヴァ公爵領全体がほのぼのとしている理由が何となくわかった気がした。


「これが……ノヴァ公爵領の本当の姿……」


 中に住まねば感知出来ない、まるで世界から隔離されたような不思議な場所。

 危険の多い世界の中で、唯一無二の安全な土地。


「言ってしまえばただの魔法だが、古くからここの民は"ヴァレンタイン家の加護"と呼ぶ」


 昨日街で聞いた話の一つが理解出来て、ほうっと感心する。

 なんて凄まじい力だろう。たった一人で領地の全てを守っているなんて、敬意を払っても足りないくらいの偉業だ。


 私が呆然と景色を眺めていると、カルロス様は小さな声で呟いた。


「……まあ、このおかげでこの土地では聖女が生まれないんだがな」

「え?」


 振り返って見たカルロス様の表情は、少し困っているようだった。

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