第四話
「カルロス様ー! 私は街に行きますけど、どうします?」
「断る」
「ですよね。行ってきます!」
あの日からしばらく経って、私は日中街に出ることが多くなった。カルロス様にも声をかけてみたが、案の定断られる。
まあ、そうでしょうとも。
私たちの関係性の進歩たるや、素晴らしいものである。というか、私がカルロス様を怖いと思わなくなった。話しかけるのが億劫ではなくなったし、彼の仕事手伝えることがあれば手伝いたいと思うようになった。
「気をつけろよ」
「はーい!」
だから私は、不足を補うように、カルロス様が出歩かない日中に街に出る。
猫の件がきっかけで、カルロス様を深く知ることができた。
人見知りが転じて、外回りの公務は夜にしか行わない。領民にあまりにも姿を見せないものだから、「醜悪なのではないか」という噂話に発展したようだ。
貴族とはもっと私腹を肥やしているものかとおもっていたけれど、カルロス様は違う。
民の暮らしが円滑に回るよう多忙に身を沈め、街や民を本当に細かく見ている。
私も、このノヴァ公爵領のことをもっと知りたいと思えるようになった。
「さて。今日も街に異常がないか見て回ろうっと!」
街に出た私は、いつものように大通りを歩く。
見回り、といってもまだ街の地図を覚えるのに精一杯だけど。
この街を歩いていて、気づいたことがある。
「聖女を見かけないなあ……」
すぐ隣はセモア大森林。いつ街に魔物が出てもおかしくないというのに、民から危機感はまるで感じられなかった。
あまりにほのぼのとしすぎていて、魔物のいない国に来てしまったような感覚だ。
私は気になって、近くにいた男性に聞く。
「あの、すみません。聖女さんってどこにいますか?」
「……あんた、何を言ってんだい?」
「え?」
「ノヴァ公爵領に聖女はいないよ。この街から聖女は生まれないんだ」
この国で聖女が生まれない場所がある?
聞いたこともない話に、私は目を丸くした。
「じゃあ、魔物とか不浄がでたらどうしてるんですか!」
「どうするもこうするも……」
男性はうーんっと考え込んだ後、ポンっと手を叩き合わせた。
「見せた方が早いな」
手招きをされて着いていけば、たどり着いたのは用水路だった。
「この街は、昔からヴァレンタイン家の加護によって魔物はこない。嘘じゃない。この街の老人だって、魔物を見たことがないんだぜ」
「ヴァレンタイン家の加護……」
「でも、不浄はある。見てみな」
言われて用水路を観察していると、コンクリートの割れ目から黒いモヤが湧き上がっているのに気づいた。
「これ……!」
間違いなく、魔物の瘴気による汚染だ。
「セモア大森林から流れてきた瘴気だよ。二年前までは全く無かったんだけどなあ。ジーナ様が亡くなってから段々穢れが酷くなっていってる」
「ジーナ様?」
「あんた、何も知らねぇんだな。公爵家先代当主、ヴィクトル・ヴァレンタイン様の奥様で、聖女であらせられたお方だよ」
ジーナ・ヴァレンタイン様。つまるところ、カルロス様のお母様に当たる方だ。
男性によると、ヴァレンタイン家は代々聖女を嫁に取るのが決まりだという。
ヴァレンタイン家の加護と聖女の力を持ってして、この領地から魔物の脅威を遠ざけている。
「ジーナ様は、この領地の浄化を一人で?」
「まさか。王都からの派遣隊が応援によく来てたよ。ジーナ様が亡くなられてからその繋がりもパッタリだけどな」
ほうほう。
爵位持ちの聖女ともなれば、縦の繋がりも横の繋がりも広い。たとえ辺境の地だろうと、救援を出せば手伝ってくれる人も多いと思う。
ノヴァ公爵領で聖女は生まれない。生まれないものは仕方がないので、ヴァレンタイン家は聖女と結婚し続けて、聖女との繋がりを絶やさないようにしていたのだ。
「先代がお二方とも早死してから二年。カルロス様が継いだはいいものの、姿も見たことねぇ。聖女を嫁に取るって話を聞いたが、それっきり音沙汰無しだ。おれたちの生活は本当に大丈夫なのかねぇ……」
領民にとっては不安極まりないだろう。
今まで頼りにしていた聖女がいなくなり、当主も変わった。カルロス様は全然表に出てこないから何しているのか分からないし、嫁の話も進んでない。
このまま土地が汚染され続けていくのを見守るしかないのか、と民は不安なのだ。
聖女である私から見れば、この程度の穢れであればあと五年は放っておいても人間に影響はない。でも、皆はそれを知らないわけだから心配なのは当然だ。
「……うん、背景だとか繋がりだとか難しいことを考えても仕方ないですね!」
私は腰に手を当てて背筋を伸ばす。
公爵領の歴史やヴァレンタイン家の都合なんか、今聞いても考えても全てを把握するのは無理だ。
質問は山のようにでてくるし、そんな話をしていたら日が暮れてしまう。
カルロス様がちゃんと皆のために働いていることも伝えたいけれど、現状の最優先はそれでもない。
「まずは、さっさと浄化してしまいましょう!」
目の前で困っている人がいて、不安そうな人がいるなら助ける。
それが聖女の基本!
私は用水路に足を突っ込んで穢れが漏れ出ている場所まで近づくと、手を当てて浄化していく。
あれ? 割と時間かかるなあ、なんて思いながら作業をしていると、後ろでドスン、という音が聞こえた。
振り返ると、今さっきまで話していた男性が尻もちをついて、私に指をさしている。
「あ、あんた……」
「え? どうしました?」
「もしかして……聖女様かい?」
「え、はい、そうですけど……」
私の返事に、男性が悲鳴をあげる。
その声につられて、なんだなんだと人が集まってきた。
「ということは……カルロス様の婚約者ってあんたかい!!」
私は、あれ? っと首を傾げる。
私は婚約者の代理で、本当の婚約者じゃない。
でも、これ公言していい内容なのかな?
ヴァレンタイン家の格が落ちたりしない?
カルロス様には、秘密にしておけとも言っていいとも言われていない。
でも常識的に考えたら、領主が神託を間違えました、なんて絶対言っちゃいけない気がする!
でも人に嘘をついたことない!
わずか数秒、頭を全力で回転させた。
私は顔をひきつらせ、精一杯の愛想笑いを返す。
「え、ええ……その……一応、そんな役目も背負わせて頂いてる、ような……そうじゃないような……まだ審議中といいますか……」
「ってことは、カルロス様があんたを認めるか否かって状況なのか! はー、流石醜悪だと噂のお方だ。こんないい子の心を弄んで! なんて領主様だ!」
「違います! 違います! 私がそうしてくれと言ったんです!」
「なんで」
どう答えよう、カルロス様に迷惑かからなさそうなことを言わなきゃ。
カルロス様の評判だけは下げたくない。平民ごときが貴族の名を下げるなんて、あってはならない無礼だ。
「わ、私がヴァレンタイン家の正妻として充分な聖女であれるかどうか! 民のために働ける聖女かどうか! それを自分自身で判断できるまで待って欲しいと言ったのです!」
その場が一気に明るくなり、とんでもない盛り上がりを見せたのは言うまでもない。
もう……あとに戻れないくらいやらかした気がする。
私は浄化が終わり次第真っ先に屋敷に帰ると、カルロス様の自室を尋ねる。
「カルロス様! カルロス様!!」
紅茶を飲みながら猫を触っていたカルロス様は、切羽詰まった私の登場に顔を上げる。
「昼間からなんだ。騒がしい」
「私、街の穢れを浄化してしまいました! つい! 勢いで! いつもの癖で!」
「そうか。助か……は?」
カルロス様は一度下げかけた顔を上げ、私を凝視した。
「どうしましょう! カルロス様の正式な婚約者は私だと思われてしまいました! 精一杯誤魔化したんですよ! でもなんか、すごく応援ムード一色になってしまって!」
あまりにもいっぺんに伝えすぎたせいか、場は静寂に包まれた。
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