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平民聖女は愛されたい  作者: 志波咲良


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第十八話

 暗くて一瞬分からなかったが、確かにルーディ王子だ。こんな時間だと言うのに、服装は普段着のまま。周りを見る限り、付き人がいる様子もなかった。


「お前は……カルロスの」


 向こうも私の登場に驚いたようで、目を丸くしている。


「もしかして、こんな時間まで城の外に行かれてたんですか?」

「……今部屋に戻ってもウィルから怒られるだけだから、ウィルが寝るまでここにいたんだ」

「きっとウィルさんも凄く探されているんじゃ……」


 私がそう言うと、ルーディ王子は目を伏せてしまった。


 ああ、そうか。きっとルーディ王子も自分が良くないことをしていると分かっているんだ。


 私は責めるような問いかけをするのはやめて、椅子に座っているルーディ王子の視線と合うように目の前にしゃがむ。


「今日はどんな大冒険をされてきたんですか?」


 私の問いかけに、ルーディ王子の表情がパッと明るくなった。


「今日は王都の南にある一番街の裏路地に行ってきたんだ!」

「まあ、あんな遠くまで!」

「でも僕は一人で行けた! 全然怖くなかった!」


 ルーディ王子の口からは、次々に今日の出来事が語られた。意外にも、話のほとんどが街の様子についてだった。

 てっきり戦いや魔法、魔物の話をするかと思った私は、途中から王子の隣に座り直して、本格的に話に聞き入る。


「王都は、北側より南側の方が貧困区域が多いんだよ!」

「博識ですね。その通りです」

「ライザも知っているの?」

「ええ。私は仕事で王都中を走り回っていましたから、結構詳しいですよ」

「じゃあ、東側の川沿いが雨季に氾濫しやすいことは?」

「もちろん知っています。毎年の恒例行事みたいなものです」


 何度かそうやってやり取りを交わしつつ、ルーディ王子の気が済むまで話を聞き続ける。

 やっと話が一区切りしたころには、時計の長針が一周していた。


「ルーディ王子は、王都の様子を知ってどうされたいんですか?」

「もちろん、良くしていきたい! 父上の手が届かないところを僕が支えられるように!」

「きっとルーディ王子は、将来素晴らしい国王陛下になられるんでしょうね」


 心からの励ましだったが、ルーディ王子の表情が途端に陰る。

 膝の上に広げた両手を見つめるルーディ王子の横顔は、酷く寂しげだ。


「……僕は、国王なんかなりたくない」


 か細い声は、彼の不安をそのままに体現していた。


「僕は弱い。父上のような銀髪も神様から貰えなかった。こんな僕が戴冠なんかしたら……きっと王室の恥さらしになる」

「そんな……恥さらしだなんて! 誰もルーディ王子のことを恥だなんて思っていません!」


 私は慌ててルーディ王子の前に両膝をつき、その小さな手を握る。


「王子として強い魔法使いになりたいんじゃないんですか? そのために私をお呼びになられたんでしょう……?」


 国王陛下から聞いた事情のままに尋ねるが、ルーディ王子は首を横に振る。


「違う。僕は国王になりたくて強い魔法使いになりたいんじゃない」

「じゃあなぜ……」


 ルーディ王子は軽く唇を噛むと、肩を震わせ、小さな声で語り出した。


「……僕のせいで、国民から父上が悪く言われている」

「え?」

「父上は僕の存在を隠すために、王室ごと国民から距離を取られた。僕が生まれてから十年。民と王室との在り方は変わってしまったと、新聞に書いてあった」


 私は元々ゴシップに興味がなかったのと、聖女としての仕事に追わる毎日のせいで、新聞紙に目を通す暇すらなかった。

 だからルーディ王子が語る世論は初耳だ。


 ルーディ王子は胸もとのポケットから新聞の切れ端を取り出し、私に差し出す。


 目を通した記事に書かれていたことは、あまりにも生々しい世間の声だった。


 ──国王陛下は、最低限の式典や凱旋に顔を出すが、民に微笑みかけることはない。王室の様子は閉ざされ、王子殿下の姿すら一度も見えぬまま。国を上げて祝うはずの立太の儀も、ラサリム城でひっそりと行われた。

 ──国王陛下は民を愛することをやめたのか。民の募る不安が王室に届くことは、今日もない。


「そんな……あんなにお優しい方なのに!」

「僕が弱い魔法使いに生まれてしまったから、王室の在り方まで変えてしまった。素晴らしい国王である父上の名に傷をつけてしまっている」

「ルーディ王子のせいじゃ……」

「違う。僕のせいだ」


 ルーディ王子が顔を上げる。そこには、先程まで声を震わせていた王子の姿はなかった。

 まっすぐと、決意だけを秘めた瞳と目が合う。


「僕は、僕が嫌いだ。だから僕は、父上のために強い魔法使いになりたい」


 国王陛下は王子を守ろうと

 王子は国王陛下を守ろうと


 こんなにも悲しい想いのすれ違いがあるのかと、私は言葉を失った。


「お願いだ、ライザ。僕にかかった呪いを解いて」


 呪いはない……なんて、とても言えなかった。

 こんなにも真剣に悩む王子の前で誤魔化す言葉を伝えるのはあまりにも不誠実に思えた。かといって、正解の道筋が見当たらない。


 ぐるぐると、頭の中で思考を回し続ける。


「……解呪はもう少し時間をください。今の私では難しいです」

「今は?」

「はい。今私は、大聖女になるための訓練をしているんです」

「……そうだったのか」


 残念そうな顔をするルーディ王子をみて、私は「でも」と続けた。


「私は、今ルーディ王子が置かれている状況が絶望的だとは思いません」


 口が自然と動く。捻って考えて出てきたというより、自然と思い浮かんだ言葉を伝える。


「誓いと節制……って、ご存知ですか?」


 この二週間、私が毎日向き合ってきたことだ。

 ルーディ王子は首を傾げたので、私はそのまま話を続ける。


「なりたいものの為に、もっとも必要なものを捨てるんです。そうしなければ、渇望は得られない」

「それは……僕に例えるとどうなるの?」

「強い魔法使いになるために、魔法を捨てるんです。そして何のために願いを叶えたいのか、考え続けて考え続けて……そうした先で、ようやく必要なものが得られるんです」

「魔法使いになりたいのに、魔法を捨てたら意味がないじゃないか!」


 王子の言うことはもっともだ。

 私も初めはそう思っていた。


「私が思うに……節制とは覚悟なんじゃないかと思います」


 捨てる覚悟のない者に得られる物はない。

 自分が立てる誓いに対して、どれだけの覚悟を持っているかの証明なのではないだろうか。


 本当に大事なのは、その先。


「何のために誓いが必要なのか。自分の心と対話し、精神の鍛錬を続け……願いの本質を見抜く。そうして初めて、誓いが叶えられるのではないでしょうか」

「ライザは難しい話をするんだな」

「すみません。でも、私がこの話をルーディ王子にしたのは、王子が悲しむ顔を見たくなかったからなんです」


 目を丸くするルーディ王子に微笑む。


「現状を嘆くのは簡単です。自分が不幸だと責めるのは簡単です。……けど、せっかくならなんだって楽しめた方がラッキーじゃないですか?」

「楽しむ……」

「王子は今、魔法が思うように使えません。でも、それは今よりもっと強くなるための神様からの試練。勝つも負けるも自分次第。どうです? ワクワクしませんか?」


 ルーディ王子は大きく息を吸い込む。言葉はなくとも、輝きを取り戻した大きな瞳と上がった頬が、彼の好奇心を表した。


「強い魔法使いになるためには。なんのためになるのか。ぜひ、明日から自分の心と戦ってみてください」


 私の助言は功を奏したようで、ルーディ王子は元気よく立ち上がった。


「ありがとう。いままで全然上手くいかなかったんだ。でも、明日からはもっと違う挑戦ができるような気がする」

「お役に立てたなら何よりです」


 ああ、良かった。この出来事を早くカルロス様にも報告したいな。

 そう思いながら立ち上がると、ルーディ王子が私に向かって手招きをする。

 どうやら、耳を貸してほしいみたいだ。


 ルーディ王子は精一杯背を伸ばして、私の耳に両手をあて、囁く。


「……また、ライザとお話してもいい?」


 横目に表情を見ると、頬がほんのりと赤い。私の視線に気づいたルーディ王子は頬を膨らませる。


「じょ、女性を会話に誘うのは初めてなんだ!」


 これには、流石に笑いがこぼれてしまった。

 戦いと聞けばすぐ前を向くところも、誘い文句を考えるところも。

 小さくても男の子なんだな、と微笑ましさで胸がいっぱいになる。


 私は「可愛い」の言葉を必死に飲み込んで、頷きを返した。


「ぜひ、いつでも」

「ほんと!?」

「ええ」


 私の返事にルーディ王子は目を細め、嬉しそうに中庭を去っていく。


「癒されたなぁ……」


 終わりよければすべてよし。ルーディ王子の無邪気さのおかげで、「これで良かったのかな」と悩まずに済みそうだ。

 あんなに寝れずにいたのに、一人になるや否や欠伸が襲ってくる。


「カルロス様にも、ルーディ王子の自信が戻るよう協力して欲しいなぁ」


 明日話して、頼んでみよう。

 久々となるカルロス様との再会に心躍らせながら、私はベッドへと戻ることにした。


 ◾︎◾︎


 次の日、王城に訪れたカルロス様の予定をシルフィが聞いてきてくれた。


「午後から空いているそうですよ! お城の正門で待ち合わせようと伝言を預かってます!」


 いつにも増して気合いの入ったシルフィが身支度を整えてくれる。

 それもそのはず。これをデートと呼ぶのなら、カルロス様と……初デートかもしれない! 


「王都は公爵領より人が多い……! わ、私がリードしなきゃ……!」

「いえ、流石にカルロス様はそこまで甲斐性なしじゃありませんよ」

「……確かに!」


 準備が終わる頃には、私の方がシルフィより緊張してしまってた。

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